第3話


「な、なっ、貴様っ!? 女のクセになんてことを公衆の面前で言うんだっ!?!?」


 思わず怒鳴ると、


「あら、殿下の暗殺を疑われて、冤罪で一族郎党が処刑されてしまうよりはいいかと思いまして。それに、わたくしが場所を変えましょうと言ったのに、やましいことがなにも無ければ、この場で話せる筈だと仰ったのは殿下ではありませんか?」

「っ……そ、それはっ……」


 まさか、リリアラを追い詰める筈が、このような屈辱を味合わされるとはっ!?!?


「疚しいことは一切ありませんので、わたくしの言い分を述べさせて頂きました。殿下が乱れた・・・生活・・を送っていたので、心配しておりました。それで、陛下。わたくしの潔白は証明されたでしょうか?」

「う、うむ」


 淡々と話すリリアラに、気圧されように頷く父上。


「それに、陛下はこのような話を知っておりますでしょうか?」

「な、なんの話だ?」

「性病の中には恐ろしい症状の病があり、一見無症状のように、健康体のように見えながらも、罹患した者の身を少しずつ蝕み、気付いたときには病源菌が頭にまで回り、正常な判断が下せなくなり、狂ったような行動を取るようになる……そんな恐ろしい病があることを」


 そう言って、ちらりと俺を見やるリリアラ。


「殿下は、このような方でしたかしら? このような晴れの衆人環視の場で、婚約者へと婚約破棄を叩き付け、よく調べもしていない事柄で、冤罪を叫ぶ程に愚かな方だったでしょうか? 殿下は、もう既に…………」


 その言葉に、ハッとした顔で俺を見詰める父上。


「ま、まさか、お前……っ!?」

「ち、違います父上っ!? そのようなことはっ、わたしが病気だなんてことはありませんっ!?!? う、嘘を吐くなリリアラ・フォルテっ!!!!」

「信じたくないお気持ちもわかりますが、その病気の一番恐ろしいところは、本人が無自覚の為、床を共にした相手へと病源菌を撒き散らしてしまうことです。無論、通常の接触や空気感染をすることなどはありませんので、この場・・・では・・大丈夫ですが」


 ざわり、と気配が動き、俺の周囲から一斉に人が引いて行った。


「そして、床を共にした相手もまた、病の元を保有してしまうのです。夫婦など、決まった相手としか愛を交わすこともないのでしたら、病を広げてしまう可能性は低いでしょう。けれど、乱れた生活を送り、次々にお相手を変えて夜を過ごすような方は、どんどんとその病を際限無く広げてしまうのです。わたくしは、殿下をお諫めしたのですが、全く聞いてもらえず…………」

「お、お前はそんなこと一言もわたしに言ってなかったじゃないかっ!?」

「お身体にお気を付けください、病気・・には呉々もかかりませんように、生活を調えてください、と。常々そうご忠告させて頂きましたが?」

「そんな言い方で伝わるかっ!?」

「伝わらない、のですか?」


 リリアラが、とても驚いたようにぱちぱちと瞬いた。そして、


「陛下、これは由々しき問題です。まさか、殿下がこれ程に無知だとは思いも寄りませんでした」


 真剣な顔で父上を見据えて言った。


「う、うむ」

「では、直ちに殿下の診察と、殿下と床を共にした方、更にはその方が床を共にした方々……と、追って聞き取り調査と診察とを提言致しますわ。そうでなければ、急速に病が国中に広がってしまうかと。あと、ついでに言っておきます。処女の乙女には病気を治す効力がある、などと言った迷信を信じるような良識の無い、愚か極まりない方がこの場にいらっしゃるとは思いませんが、そのような話には医学的な根拠が微塵も無く、ただただ感染を拡大させるデマであることを政府として公布してくださいませ。性病の一番の感染予防は、禁欲・・ですので。ご自分が病気持ちでないことを確認してから、特定のパートナーだけとお過ごしになることをお勧め致します」

「直ちに執り行おう」

「父上っ!?」

「連れて行け」


 父上はわたしを見ずに命令し、わたしは近衛に引き摺られるように会場から連行された。


「わたしは病気などではありませんっ!? お前もなんとか言ったらどうなんだっ!? リリアラぁっ!!!!」


 喉が痛くなるまで叫んだが、近衛達の力には敵わず、自室へと軟禁されることになった。


 会場を出るまでの間、皆から向けられた嫌悪の混じる視線が、そして近衛達にまでも汚いものを見るような視線を向けられたことがショックだった。


 部屋には外から鍵が掛けられ、閉じ籠められた。三食の食事は出たが、内容は質素な物。世話役は全て男。それも、部屋に滞在するのは僅かな時間のみ。会話さえせず、用を済ませるとそそくさと出て行ってしまう。


 まんじりとしながら数日が過ぎ、部屋に一人の男がやって来た。

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