第226話 銀影の場合 ⑤


 「ちょっとあんた!? 何やってんのよ!」


 「何って?」


 「兵隊さんに手を上げるなんて、何考えてんのよ!」


 「仕方ねえだろ、むこうが先に手を出してきたんだし。」


 「あんた、何か犯罪行為でもしたんじゃないでしょうね?」


 「俺はこの国に来たばかりだぜ、どうやって悪さするんだよ。」


 いきなり兵士に切り掛かられて、俺は対処したが、その事でフィリーがギャアギャアと喚いた。


 「殺しちゃいないから、多分大丈夫なんじゃないか?」


 「そういう問題じゃないわよ! どうすんのよ、これから!」


 フィリーは頭を抱えながらひらひらと飛び回っている。


 「まあ、何か用事があれば向こうから何かしらのアクションがあるんじゃないか?」


 「適当な事言って、私は嫌よ。こんなところで牢屋に入れられるのは。」


 俺とフィリーがやり取りしている傍らで、はなまるが倒れた兵士をごそごそと探っていた。


 「おいはなまる、何してんだ?」


 「くう~ん、わんわん!」


 「なになに? この兵隊さんの持ち物がどうしたってのよ?」


 はなまるとフィリーがなにやら意思疎通していると、はなまるが兵士から一つのアイテムを探り出し、咥えて来た。


 「こいつは、認識票?」


 「わん!」


 はなまるの奴、こいつは怪しいと思っているって訳か。


 「どれどれ。」


 はなまるの咥えている兵士の認識票を拾い見る、どこにでもある普通の奴だと思うが、さて。


 「こいつの名前はホッパー、所属はレダ王国、階級は軍曹、性別、男。」


 ふーむ、至って普通の情報だな、だが。


 「確かに、こいつは怪しいな。」


 「何が怪しいのよ、レダ王国の兵隊さんじゃない。」


 「いや、この認識票、ただの鉄のプレートに文字が彫られているだけだ。」


 「それがどうしたってのよ?」


 確かにおかしいな、これは。


 「俺は元軍属でな、軍隊で使ってる備品の事にはそれなりに知っているんだ。」


 「へえ、あんた軍人さんだったの?」


 「昔はな、それよりもだ、こいつはちょっとばかしおかしな事になってるぞ。」


 「どういう事かしら?」


 兵士の認識票をまじまじと見る、確かに妙だ。


 「軍隊で使ってる認識票ってのは、マジックアイテムでできているんだ。」


 「マジックアイテム?」


 「ああ、身分を証明する物だし、不正が出来ないようにな。冒険者カードと同じって訳だ。」


 「それがどうしたってのよ?」


 「こいつの持っている認識票は一見すると普通の認識票だが、良く見るとただの鉄のプレートに文字が彫ってあるだけの代物だ。」


 「え? つまり、どう言う事?」


 考えられるのは二つ、まず一つは。


 「こいつはレダ王国の兵士じゃないかもって事だな。」


 「兵士じゃないって、じゃあ誰なのよ?」


 そして、もう一つの可能性は。


 「もしくは、こいつはそもそも、兵士じゃないかもって事だな。」


 真っ先に考えられるのは、敵国のスパイ、つまり間者。


 工作員という可能性、ならここで何してんだ? こいつは。


 「こいつは俺達を見て襲ってきた、というより、俺達の会話でリーアベルト王国の名前が出た途端に切り掛かって来たって事だ。」


 「そう言えばそうね、何故かしら?」


 俺の予想が正しければ、恐らくこいつは何処の国にも所属していない。


 「まったく、嫌な予感しかしないな。」


 闇の崇拝者、ダークガードの可能性。


 やだねえ、まったく。何処にでも居るんだよな、そいつ等って。


 戦争の陰で暗躍する謎の組織、闇の崇拝者。


 その護衛であるダークガード。


 事態は思ったほど深刻かもしれんな。


 まあ、俺のただの勘だがな。


 勘ってのは外れる事もある、そう悲観する事も無いかもな。


 「兎に角、こいつを衛兵に突き出そう、そうすれば俺達の身の証は潔白だと言えるかもしれないぜ。」


 「そうね、下手に逃げるよりよっぽどマシだわ。身分偽造で衛兵さんに突き出しましょう。」


 「わんわん。」


 俺はロープを取り出して、兵士の両手足を縛る。


 武器も回収、証拠になるかもしれないからね。


 あとは、この国の警察に任せれば良いと思う。


 問題は、この国が今、戦争状態に巻き込まれている事。


 その事で、意外な繋がりを見せるかもしれないって事だ。


 例えばそう、レダの領内にあるこの町は、ダークガードと繋がっている可能性。


 いや、それは無いだろう。もしそうならこんなあからさまな敵の排除の仕方をしない筈だ。


 もっと慎重に事を運ぶだろう、ダークガードは間抜けではない。


 「ふーむ、考え過ぎか? どうもいかんな。」


 しかし、ことダークガードが相手ならば、油断など出来ようはずも無し。


 奴等はそういう組織なのだ。


 「よし、まずは衛兵にこいつを突き出して、身の証を立てよう。」


 「さんせ~い。」


 「わふ~ん。」


 そして、騒ぎを聞きつけた衛兵がやって来て、事の顛末を話した。


 衛兵さんは納得し、周りの客の証言も相まって俺達はお咎めなしとなった。


 「なるほど、大体解りました。では、この男は我等がしょっ引いて行きます。ご協力に感謝します。」


 「お願いします、それと、俺達の潔白についてですが。」


 「はっはっは、聖リーアベルト王国の名前を出したくらいで襲い掛かる奴は別として、あなた方はこの町に滞在している民間人でしょう? そんな事で一々牢屋に入れたりはしませんよ。それでは自分はこれで。」


 衛兵は敬礼し、去って行った。謎の兵士をしょっ引いて。


 「ふーやれやれ、何とかこの場は凌いだみたいだな。」


 「ホントよ、一時はどうなるかと思っちゃったわ。」


 「わん。」


 「さあ、酒場で腹も満たされたし、ここは一つ最初の目的をこなそうかな。」


 「何よ? 目的って。」


 「わん?」


 「おいおい、俺の目的はここで情報収集する事だったんだが。」


 「あ、そうだったわね、すっかり忘れてたわ。」


 まあ、あの兵士が何者であるかは、衛兵が調べるとして、俺はこの国の事情と、戦争開始の引き金になった事柄を探ってみようかな。


 それと最初の目的、アレ以降のエストールがどうなったか、とか。


 「うーむ、こういう時にドニが居たらな~。」


 そういやあ、情報屋のドニの奴、今頃何処で何やってんのかねえ。






 

 


 




 


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