第176話 ジュリアナ嬢 ③
朝、俺と姐御は冒険者ギルドで待ち合わせをしている。
他の冒険者達が、朝の依頼票を見に続々と集っている。
そんな中で、ゆっくりと朝飯を食べ終わり、今は寛いでいる。
もうしばらくしたら、ジュリアナさんがやって来るだろう。それまで姐御と会話だ。
「ジャズ、バルビロン要塞へはどう行くの?」
「そうですねえ、リースさん達が馬で出陣して行ったので、こちらも馬で行こうかと思っています。」
「そう、解ったわ。馬は一頭銀貨3枚ぐらいだと思うけど、他に出払っていたら歩きね。」
「ジュリアナさんが来たら、直ぐに出発しましょう。」
「ええ、馬屋は外にあるから、そこで馬を借りましょう。」
そんな会話をしていたら、ガーネットとラット君がやって来た。
二人はギルドの依頼票を見た後、何か依頼を受けたらしく、意気揚々とこちらに来た。
「姐御、私達も一緒に行きますよ。」
「要塞までの補給物資運搬の護衛依頼を受けたっす。これで連れってってもらえますよね?」
なんてこった、まさか二人は要塞まで付いて来るつもりか?
「ちょっと二人共、要塞の内部までは連れて行かないわよ。」
姉御が釘を刺して、二人を落ち着かせる。
ガーネットもラット君も、何やら要塞奪還要員として参加しようと画策しているみたいだ。
やれやれ、要塞の外側にある、仮設基地までの護衛依頼だろうが、俺達の行くところまで付いて来ると言い出しかねないな。
「二人共、何度も言うけど、バルビロン要塞は危険な場所なんだってば。俺や姐御は自分の身を守れるから仲間にしたんだよ。ガーネットもラット君も、自分の身を守れるのかい?」
俺が言うと、ガーネットが息巻いて答える。
「遠巻きから参加するだけよ、別に要塞戦に参加しようって訳じゃないから。」
「そうっすよ、俺達自分の事はわきまえてるっすよ。」
「だと良いけど、本当に二人を守れる自信は無いからね。俺だって自分の事で手一杯だと思うから。」
「了解っす。無茶はしないっす。」
「ゴブリンぐらいは相手に出来そうだけど、まあ、ジャズがそう言うなら従うわ。」
「ああ、是非そうしてくれ。」
まったく、血気盛んな若者は行動力があるなあ。ホントに危険だと解ってくれたらいいけど。
と、言う事は、ガーネットとラット君は後から補給物資と共にやって来るという事か。
先に出発したリースさん達は、もう要塞に到着しただろうか?
馬で一日の距離だから、昨日のうちに出陣して、多分もう参戦しているだろう。
すると、「おはようございます!」と言う元気な声が聞こえてきた。
振り向くとそこには、ジュリアナさんが居た。
俺は思わず絶句した、そのコスチュームがとんでもない恰好だったからだ。
他の冒険者達が一斉に振り向き、その目を輝かせて見入っている。注目の的だ。
「ちょっと貴女、なんて恰好をしてくるのよ!」
姉御が吠える。ガーネットはギョッとした表情だ。ラット君は目が釘付け。無理も無い。
その恰好は、間違いなく露出過多なコスチュームで、肌色満載な衣装を着こなしている。
ぱっと見、娼婦だ。
だが、そこに注目してばかりもいられない、腰に提げている武器は二本のスティレット。
刺突ダガーだ、しかも二刀流。ジュリアナさんはデキル人物らしい。
歩いて来るその所作は、スカウト猟兵そのもの。一部の隙も無い。
周りに愛想を振りまきながらも、その視線は他者の行動を逐次観察している。
油断無くここまで来ていた。流石としか言いようがない。ドニの奴、こんな凄いシーフと知り合いとか、どんだけ顔が広いんだよ。
「お待たせしちゃったかしら?」
「いえ、女性は準備に時間が掛かると聞いていましたから、大丈夫ですよ。」
「あら、解っているわね。ジャズ殿。」
俺はいつもより平静を保って会話した。ホントは胸とか脚とか視線がいってしまう。
「よくもまあ、そんな恰好で来れたわね。」
「あら? 女の武器は涙だけじゃないわよ? 身体だって立派な武器になるんだから。」
「はあ~、貴女とは考えが合わないわね。」
姉御は溜息をつき、ジュリアナさんは堂々としている。二人は対極に位置しているのかな?
性格は二人共良さそうだが、馬が合わないという事もあるだろう。
「二人共、仲良くやっていきましょう。いいですね。」
「解ってるわ、子供じゃないんだから。」
「は~い、で、ジャズ殿、これからどういう行動方針で行くの?」
「はい、まず馬屋へ行き、馬を借ります。その後バルビロン要塞へ出発し、仮設基地へ行きます。」
「オッケー、じゃあ早速馬屋へ行きましょう。」
こうして、俺達は王都の外にある馬屋へと向かった。馬で一日の距離だから、早い方がいい。
馬屋で馬を二頭借り、直ぐに出発した。俺は馬に乗れないので、ジュリアナさんと二人乗りする事になった。
街道を東へ進み、馬で駆けて行く。最初は何で姐御の後ろに乗らなかったかと言うと、ジュリアナさんがどうしても自分の後ろに乗せたがったからだった。
俺はどちらでもいいのだが、まあ、フェロモンムンムンなジュリアナさんの方が、いいかなと思ったからだ。俺も大概だな。
馬で駆けている最中に、ジュリアナさんがこんな事を言ってきた。
「腰じゃなくて、もっと上に手を持ってきて。」
「え? もっと上ですか?」
「そう、もっと上。」
俺は、ジュリアナさんの腰に手をまわしていたが、そこから少し上に腕をまわす。
「もっと、上。」
「え? もっと?」
「もっと上。」
更に上に腕をまわす。
「もっと。」
「え?」
「もっと上。」
「………。」
「もっと上よ。」
「あのう、それだとジュリアナさんの胸に手がいってしまいますが。」
「ウフフ、いいのよ、それで。」
それを聞いていた姐御が、隣に馬を寄せて来て、額に筋を浮かべてこちらを睨んでいた。目が座っている。
「ちょっと! 何やってんのよ! ジャズ! 英雄色を好むと言うけど、貴方はそんなんじゃ困るわよ!」
「は、はい。解っていますよ姐御。」
「ウフフ、もっと上、もしくは、もっと下。ウフフ。」
「ジャズ!!!」
「俺は何もしてませんよ。」
まあ、こんな感じで、バルビロン要塞へ向けて進んで行くのであった。
バルビロン要塞――――
要塞内部で、三人の傭兵が戦い続けていた。
一人はロングソードを手に、必死に剣を振っている青年の戦士。マトック。
一人は切れ味の鋭い刀、キルブレードを装備した黒髪の乙女。イズナ。
一人はその見事な身のこなしでモンスターを翻弄している、
三人はそれぞれ、傭兵としてこのバルビロン要塞の戦いに参加していた。
だが、どうにも旗色が悪く、防戦必至の状況だった。
「まあ、俺に任せておきな。お前等を守ってやるからよ。」
「いえ、それには及びません。自分の身は自分で守れます。私にはこの「キルブレード」がありますから。」
「私は別にいいわよ、守ってもらえるならそれで。」
そんな三人だったが、容赦なくモンスターは襲って来る。
通路の奥から、オークの一団がゆっくりと、だが確実に近づいて来ていた。
「マトック! 敵が動いた!」
「わーってる! 見れば解る! おいイズナ! そっちはまだいけるか!」
「不味いですね、こうもモンスターの数が多いのは想定外です。武器が悲鳴を上げています。」
「ちっ、ケイト! そっちは!」
「駄目! 次から次へとモンスターが沸いて来る! どうなってんのよこれ!」
「泣き言を言うな! 兎に角、このままじゃ埒が明かない! ここは一旦脱出だ!」
「あー! もうっ! あともうちょっとで宝物庫だったのに~~!!」
三人の傭兵は決して無謀な戦いをしている訳では無かったのだが、如何せん、圧倒的なモンスターの数に押され、撤退を余儀なくされていた。
マトック青年がモンスターの一体を倒し、道を切り開く。
「よーし! 道が開けた! イズナ! ケイト! 急いで脱出だ!」
三人の傭兵は、バルビロン要塞内部の戦いから脱出を試みて、そして成功した。
数少ない、要塞戦内部の、僅かな生き残りであった。
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