第163話 ギルドランク昇格試験 ⑨
酒を注文したのだが、いきなりエルフの女性から声を掛けられた。
なんでも、俺のギルドランクを聞きたかったらしいのだが、はて? それだけではなさそうだ。
剣が落ちたので、拾っただけだが、そのエルフは執拗に俺の事を訊いて来た。
「アリシアの英雄ですか? ちょっと解りませんね。」
スッとぼけてみた。こういう手合いは面倒事に関わらせようとするきらいがありそうだ。
「あら? ふーん。とぼけるんだ。へーえ。」
な、何やら嫌な予感がする。不味ったか?
「ふふふ、実はね、その剣………聖剣サクシードだったりするのよね。」
な、なにー-!? そんな大事な剣だったのか。確かに装飾が施されていて、切れ味抜群そうだが。
そんな剣、持ち歩くなよ。誤解されっぞ。
「そうですか、それで、それが何か?」
俺が平静を装っていると、目の前のエルフは顔をニンマリと綻ばせ、剣を手に渡されてご満悦だった。
「ねえ知ってる? この聖剣はね、持ち主を選ぶの。資格の無い者が持つと持ち上がらないのよ。」
「へ~~、そうなんですか。」
「そうなのよ、勇者の資格がね。」
不味い、背中から嫌な汗が出てきた。さっき俺は持ち上げてしまったぞ。
「それは大層な剣ですな、まあ、自分には関係無さそうですがね。」
そして、エルフの女性は俺の肩をガシっと掴み、おもむろに前後に揺らしながら、俺の事を凝視した。
「ふふふ、ねえ、貴方、勇者でしょ。」
この人は何を言っているんだ? 俺が勇者? んな訳ねーだろうが。
しかし、エルフはその瞳をキラキラと輝かせ、俺をホールドした。がっしりと逃がさない様に。
「すいません、人違いです。俺は只の一般人ですよ。一般人。」
「まだとぼけるの? 持ち上げたじゃない、聖剣。」
「確かに、貴女に剣を渡しましたが、それだけでしょう? 俺は違いますよ。勇者じゃありません。一般人ですって、一般人。」
不味いな、この状況。何とか脱しなければ。俺が勇者認定されてしまう。
そんなのは御免だ。俺は金を貯めてスローライフを送りたいだけなのだ。
勇者なんてやらされた日にゃあ、何を押し付けられるか解ったもんじゃない。
しかし、エルフの人も引き下がらなかった。
俺の肩から手を引き、隣の席に座りだし、体を密着させてきた。
(今度は色仕掛けかよ。)
流石に黙っていられなかったのか、ガーネットが目くじらを立て、こちらへと近づき俺とエルフを引き剥がそうと動いた。
「ちょっと、なにやってんのよ。離れなさいよ。」
「邪魔しないでお嬢ちゃん。今大事な話をしているのよ。あっちに行って頂戴。」
「ジャズは私達のパーティーメンバーなのよ。「はいそうですか」とはいかないわよ。」
よし、ナイスだガーネット。もっといけ。
「ふーん、この殿方、ジャズって言うんだ。へえー。」
エルフの女性は更に体を密着させ、顔を近づかせて耳元で囁く様に言葉を紡いだ。
「私はサーシャ、よろしくね、義勇軍で英雄のジャズ殿。」
………この人、どこまで知っているんだかな。色々と詮索して来そうだ。
だが、ここでラット君が俺の事を話し始めた。
「そういやあ、ジャズさんはアリシアの英雄なんでしたよね。どうやったら英雄になれるんっすか?」
「いやいや、俺は自分の事を英雄なんて思った事は無いよ。ラット君。俺一般人だから。」
余計な事を言わないでくれ、ラット君。事態が拗れる。
余計な汗が出て来て、袖で拭う。その仕草を見ていたのか、サーシャが更に言葉を続けてきた。
「私はね、女神教にとっての良き隣人なの。森の民だったんだけど、都会に憧れてね、街まで出て来ちゃったって訳。」
「そうですか、エルフにも色々あるのですね。」
「うん、でね、長年に渡って女神教をそれとなく見てきたけど、まあ、私が協力してもいいかなって位は信用しているわ。」
ふむ、エルフは長寿なので有名だ、きっと長い事見てきたのだろう。人の営みを。
「そうですか、女神教ですか。」
「でね、そこの巫女殿とも面識があって、私は勇者候補を捜しているのよね。」
「そうですか、勇者候補を。」
「そうなのよ、でね、私の目は節穴じゃないわよ。それに子供の遣いでも無いの。お解かり?」
不味い、余計な事態に直面してきた。不味いぜこいつは。
「それはご苦労様です。じゃあ、俺はこのへんで。」
事態を察知し、この場を立ち去ろうと思い立ち上がったが、ガーネットに呼び止められた。
「何言ってんのよジャズ、お酒がまだ来てないじゃない。」
おい、ガーネット。頼むから余計な事は言いっこ無しにしようぜ。
俺がガーネットに目で合図を送るが、ガーネットは首を傾げて「??」の様子だった。
「私もね、手ぶらじゃ帰れないのよね。ねえ、約束して頂戴。」
「な、何ですか?」
サーシャは瞳を輝かせ、唇をとがらせながら言った。
「いつか、エストール大神殿に顔を出して頂戴。そこで巫女殿に会わせるから、ね。お願い。」
うーん、そんな事急に言われてもなあ。こっちだって都合があるし。
だが、ここで引いたらきっと、しつこく言いくるめてくるんだろうなあ。やれやれ。
「解りました、何かそちらに行く用事があったら、伺わせて頂きます。」
「よっしゃ! 言質は取ったわ! 私の用事はもう済んだわ。じゃあね、ジャズ殿。」
サーシャは席を立ち上がり、少し離れた場所で何やら呪文の詠唱を始めた。
「あ、そうそう、貴方もだけど、もう一人筋肉野郎も一応勇者候補だから、まあ、そっちはどうでもいいんだけどね。じゃあね。待ってるわ、ジャズ殿。」
言い切ると、サーシャは忽然と姿を消した。おそらくテレポートの魔法を使ったのだろう。
そのタイミングを見計らったかのように、注文した酒が運ばれて来た。
「やれやれ、何とかなったか。」
サーシャが去って行ったところで、ガーネットの機嫌が良くなり、音頭をとる。
「さあ、訳の分からない女は消えたわ、早速乾杯と行きましょう。みんな、準備はいい?」
俺達は気を取り直してそれぞれジョッキを掴み、ガーネットの音頭に合わせて乾杯をした。
「かんぱーい。」
「「 かんぱーい。 」」
ふうーやれやれ、戦闘より疲れたな。やっとおいしい酒が呑めるぞ。
エールを一口飲み、俺は今回の試験を思い出し、反省点を今後に活かす為にあれこれと考えるのだった。
「今回の試験で思い知ったのは、やはり盗賊かスカウトが一党に一人は欲しいってところだね。」
「そうね、でも他のスカウトはみんなどこかのパーティーに入ってるから、中々難しいわね。」
「俺は戦士だから、力押しで何とかしたいけどなー。」
ふーむ、ガーネットはシーフなどの重要性に気付き、ラット君は今のままでなんとかしたいという事か。
「いやいや、ラット君、スカウトやシーフは色々と役に立つよ。気配察知に罠解除。宝箱に仕掛けられた罠を解除したり、宝箱に掛かった鍵の解錠とか、ほんとに役に立つから。」
「うーん、先輩冒険者の話を聞いても、同じ事を言われて来たんだよなあ。やっぱシーフは必要っすかね?」
「うん、そうだね。今回俺はトラップに引っ掛かったからね、いい勉強になったよ。」
色々と冒険者談義に花を咲かせていると、姐御がギルマスへのの報告を済ませてやって来た。
「みんなお疲れ様、私も呑みたいわね。」
そう言って姐御は女給に注文しつつ、俺達の席に座る。
「姐御、今回の試験官の務め、お疲れ様でした。」
「ううん、いいのよ。みんなよくやったわ。ランクアップおめでとう。」
うむ、姐御からも祝福されたし、良い酒が呑めそうだ。
………そうか、俺、とうとうEランクに昇格か。なんだか感慨深いな。
まあ、Fランクが長かったからな、今更って感じだが、まあ結果オーライだ。
姐御も交えて乾杯をし、酒を呑む。つまみは何がいいかな?
こうして、俺達パーティーは今回の試験をクリアして、旨い酒に有りつき、お互いを労い合った。
サーシャの事はこの際、横に置いておこう。いつかは解らんが、エストールに行く事は約束してしまった訳だしな。
ふーむ、巫女様か、シャイニングナイツが保護しているという女神の使徒。
一体、どう相成りますやらだな。
ふうーやれやれ、今回も何とかなったか。兎に角、今回はお疲れ、自分。
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