第162話 ギルドランク昇格試験 ⑧




  クラッチの町  冒険者ギルド――――



 サーシャは目の前の筋肉野郎に説明しだした、本当は嫌だったのだが。


「私の名はサーシャ、女神教会の者です。」


「ほう、女神教会の人でしたか、シスターさんには見えませんな。」


筋肉野郎は、サーシャが座るカウンター席の隣に来て仁王立ち、話を聞く姿勢なのか謎だが、一応対応した様だ。


「私はこの町に勇者候補が居ると情報を聞きつけ、参りました。」


「勇者? それはご苦労なことですな。」


「はい、情報によれば、この町に二人の勇者候補が居るらしいのです。私はそれを見極めに来ました。」


目の前の筋肉野郎は腕を組み、何か思案しつつ、しかしポージングをかまし、余裕をもって相槌を打つ。


「そうでしたか、大変でしょうな。HAHAHA。なーんだ、わしの筋肉に見惚れてジムの入会希望者じゃなかったのか。で、わしに何か?」


サーシャは俯きながらも、使命を全うしようと懸命に務めた。


「実はですね。あなたがその勇者候補の一人なのですよ。」


サーシャは納得いかなかったが、相手にきちんと伝えた。しかし、相手の反応は。


「勇者? わしが? そんなものより筋肉じゃぞい! わしはビルダーじゃぞ。勇者なんて訳が解らぬものなど知らんわい。」


全然伝わっていなかった。勇者現るというこの重大な局面において、訳が分からない扱いである。


この筋肉野郎、只者ではないと、サーシャは一瞬思った。だが、一瞬だけだった。


「と、兎に角、貴方の事を調べなければなりません。少しテストをさせて頂きます。」


そう言って、サーシャはおもむろにアイテムボックスから、一振りの剣を取り出した。


「あなたにやって頂きたい事は、この剣を持ち上げて頂きたいのです。」


サーシャが取り出した剣は、実は聖剣サクシードそのものであった。


聖剣は、人、即ち持ち主を選ぶのである。当然勇者でなければ持ち上がるどころか、重すぎて持ち上がらない筈である。


この剣が持ち上がるかどうかで、勇者かどうかのテストをするのである。


サーシャは高をくくっていた。どうせ持ち上がらないだろうと。如何にも怪しい筋肉野郎だったからだ。


「この剣を持ち上げればいいんじゃな? どれ、一つやってみるかいのう。」


そうして、おもむろに筋肉野郎は剣をガシッと掴み、そして………。


「おや? 中々重いじゃないか。フフフ、しかし!!」


最初はビクともしなかった聖剣だったが、筋肉野郎が本気を出した時、それは起こった。


上腕二頭筋に力が集中し、「フンッ!!」っと力を込めた筋肉野郎は、聖剣を持ち上げたのであった。


「ば、馬鹿な!? なぜ持ち上がるのよ!? どうなってんのよ!?」


サーシャは焦った、どうせ持ち上がらないだろうと思っていた手前、油断していたのである。


しかし、目の前の現実は、紛れもなく本物のテスト結果。疑いようもない事だった。


「うーん、確かにちょっと重いが、いつも使っておるダンベルに比べたら、こんなの軽い軽い。」


HAHAHAと笑いながら、ダンベルカールを決める筋肉野郎。サーシャは頭が痛くなってきた感覚を覚えた。


「なんで、持ち上がんのよ。あんた、一体何者?」


「おいおい、わしはビルダーじゃと言うとるだろうが。長い耳をしておるのに、耳が悪いのか?」


サーシャには信じられない光景だったが、しかし、実際に聖剣を持ち上げているのは現実なので、サーシャはこの筋肉野郎を勇者と認めなくてはならなかった。


本当は嫌だったのだが。


「あなたのお名前は?」


「わしか? わしはアドンじゃ、よろしゅうな。サーシャ殿。」


こうして、勇者認定試験は、こういう結果になってしまった。巫女に報告しなければならず、サーシャはげんなりとした気持ちで、アドンに説明した。


「アドンさん、聖剣を持ち上げた以上、あなたは勇者に認定されましたです。いいですか? これからあなたは、混沌の王カオスが復活したら、その勢力と戦って頂く事になります。よろしいですか?」


「な、何じゃと!? そんな暇は無いぞい! 鍛錬を毎日続けなければならんし、それにジム通いもある。勇者なんぞに構っている暇は無いぞい!」


「そこをなんとか。」


「駄目じゃ駄目じゃ!! 筋肉の神様、マッスルの神様。略して「マ神さま」にこの身を捧げておるのじゃぞ! いかん、いかんぞい!」


「知らねーよ、マ神ってなんだよ。神様の名前を略すな、バチが当たんぞ。」


「兎に角じゃ、わしは忙しいんじゃ。鍛錬を怠る訳にはいかんのじゃ。」


「勇者ですよ、勇者。この世界の危機に立ち向かう勇敢な者。名誉と誉、富も集まりますよ。」


「フンッ、興味無いわい! わしは筋肉が躍動しなければ動かんぞい!」


なんてこった、サーシャは心なしかほっとしていた。こいつをエストール大神殿に連れて行かなくて良かったと、心底思った。


しかし、この事実を巫女に報告しなければならない事には、頭を悩ませる結果になりそうだと、先行き不安だった。


 しかし、ここで思いもよらぬ事が起こった。


冒険者ギルドの入り口から、和気藹々わきあいあいと入って来る者達が目に映った。


その冒険者一党の中に、一人だけ異様なオーラを放つ男が居たからだ。



  ジャズ――――



  試験も何とかクリアした俺達は、クラッチの冒険者ギルドへと帰って来た。


早速受付嬢に報告だ、ギルドカウンターへと進み、受付嬢に対応してもらう。


「すいません、ギルドランクの昇格試験を受けたパーティーですが。」


「あ、はい。承っておりますよ、ジャズさんとガーネットさん。それとラットさんですね。伺っております。どうでしたか?」


俺達はギルドカードを受付嬢に提示し、報告した。


「はい、試験は無事に終えました。詳細は試験官の姐御に伺ってください。」


ここで姐御が前に出て来て、受付嬢に報告した。


「私から見ても、この三人は試験をきちんとクリアしたと思うわ。それと、ギルマスに報告があるのだけど。」


「解りました、では、姐御さんはギルマスのところへ行ってきて下さい。こちらの三人のギルドカードの更新手続きは私の方でやっておきます。」


「どうも。」


ここで、姐御は俺達の方を向いた。


「みんな、よくやったわ。お疲れ様、ゆっくりと体を休めなさい。休む事も冒険者に必要な事よ。」


「「「 はい、ありがとうございました。姐御。 」」」


姐御に一礼し、俺達は新しいギルドカードを発行してもらうよう、手続きした。



 {シナリオをクリアしました}


 {経験点3000点獲得しました}



おや、どうやらシナリオをクリアしたらしい。いつもの女性の声が聞こえた。


受付嬢とのやり取りの後で、俺達三人はお互いに労い、称え合った。


姐御はいつの間にか姿が見えず、もうギルマスの所へ行ったのだろう。


報告とは、おそらくあの砦での一件だろう。モンスターが巣くっていた事をギルマスに報告するのだろう。


受付嬢からも、労いの言葉を貰った。


「みなさん、お疲れ様でした。これであなた方は一つ上のランクへと昇格しましたよ。おめでとうございます。」


「「「 ありがとうございます。 」」」


さーて、これで試験は終わった。解放感に浸り、併設された酒場へと行き、酒を注文した。


「あー疲れた。すいませ~ん、蜂蜜酒くださーい。」


「あ、俺はエール。」


「俺もエールください。」


女給が即座に反応し、「は~い、ただいま~。」と返事をした。


日も傾いて来た事だし、ここは酒の出番だろう。今日の酒は、なんだかやけに旨そうだ。


 そこで、横合いからふっと人影が現れ、俺の横から声を掛けられた。


「ちょっといいかしら?」


ふむ、見た所若い女性だな。しかし、両耳の長さから見て、エルフだろう。


珍しいな、この冒険者ギルドにはエルフの冒険者は少なかった筈だが、俺に何用かな?


「貴方、今の冒険者ランクは幾つかしら?」


なんだ、ランクを聞きたかっただけか。中々浮いた話は転がってないな。


「実は今日、試験を受けましてね、Eランクに上がったばかりなんですよ。」


「ふーん、そうなんだ。Eランクか。」


俺の言葉を聞き、エルフの女性は肩を落とす様な仕草をし、興味無さげに離れて行った。


その時、不意にエルフの女性から一本の剣が滑り落ちてきた。


俺はそれを拾い上げ、エルフの女性に渡そうと声を掛ける。


「剣、落ちましたよ。」


振り向いたエルフは、驚愕の表情をして、勢いよく近づき、俺の両手を掴み、こう言い出した。


「あ、貴方!? その剣。なぜ持ち上がるの?」


「はい?」


目の前のエルフの女性は、目をぎらつかせ、こちらの手を離さなかった。


「ちょっと、なにやってんのよ。」


ガーネットがなにやら不機嫌だったが、構わず対応した。


「剣が、落ちていたので、拾っただけですが………。」


目の前のエルフは、口角を二ヤリと上げ、剣を受け取りつつ、こう言った。


「私はサーシャ。ねえ貴方、アリシアの英雄って知ってる?」









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