第143話 ゴップ王国の後日談




   ゴップ王国 とある村の手前――――



 冷たい風が吹く街道を、アリシア軍の兵隊たちが進んでいた。


バルク将軍の部隊である。それを先導する様に、一人のシスターが共に歩んでいた。


その一人のシスターは、ゴップ王国軍で徴兵された従軍シスターだった。


従軍シスターは、バルク将軍旗下の部隊と行動を共にしていた。


初戦で敗北し、戦死した同じ徴兵された兵士たちの遺品を、各遺族たちへ届けに村へ訪れていた。


「しかし、こう言っては何ですが、酷い命令もあったものですわい。」


バルク将軍が従軍シスターに零すと、シスターは空元気で返事をする。


「そうですわね、まさか同じ国の兵士達が、こうも略奪行為をしていたなんて、正直信じられません。」


「いや、シスター殿、戦争とは言え、ルールみたいなモノはある。儂はそう思っとります。命令に従ったゴップ兵たちが可哀想ですわい。」


遺品を届けに、村や町へ赴いた矢先、冬支度の為に用意していた食料が、ゴップ兵たちによって略奪されていたのだった。


その事実を目の当たりにして、従軍シスターは人々に祈り、バルク将軍は兵糧食を僅かだが差し出していた。


そして、息子、娘、親、子供が戦死した事実を遺族へ報告し、遺品を渡しながら各村を回っていた。


そうした事情だからなのか、遺品を受け取らない遺族もいたり、罵声や嫌味を言う遺族もいたりで、従軍シスターは疲れていた。


そんなシスターを思いやり、バルク将軍は従軍シスターに付いて行き、山賊やモンスター等から守っていた。


「しかし、この村で最後になりますわい。遺品を届けるという、儂の我が儘に兵たちを付き合わせてしまって申し訳なく思うが、助けたついでという訳ですわい。」


「はい、バルク将軍には感謝しております。私を守りながらの行軍、ありがとうございます。」


「あまり気になさらず、シスター殿も大変でありましょう、折角届けた遺品を受け取らない人もいましたからな、それどころか、罵声を浴びせるなど、心が痛みますな。」


「ですが、これが戦争というものなのでございましょう? 人々の心が閉ざされています。少しでも私の祈りで、皆さまの心を軽く出来れば、それで良いのです。私は。」


この言葉に、バルク将軍やその部下からの信頼も厚く、こうして従軍シスターに付いて来たのである。


だが、この村で遺品を届けるのも最後であった。


従軍シスターが村に入ると、やはりと言うべきか、この村でも略奪行為はあったらしい。


所々焼け出された建物や、人々の視線が突き刺さる様に感じられた。


「儂らはここで待機しております、いきなり他国の軍が来たら、嫌な思いをするでしょうからな。」


「お気遣い、どうも。では、私は遺族の元へ伺います。」


戦死した兵士の遺品を手に、従軍シスターは遺族の元へ向かい、家を訪ねる。


「ごめんください。」


シスターが挨拶をすると、家の中から一人の母親が玄関ドアを開けた。


「何か?」


短い返事が、シスターの心に不安を感じさせる。


「あの、ザイコフさんのお母様でいらっしゃいますか?」


「そうですが、貴女は?」


「私は、女神教会の者です。先の戦では徴兵され、従軍シスターとして軍に同行していました。」


「………………そうですか。」


何故シスターがウチにやって来たのか、その答えを知っているかのように、母親の表情は曇り出す。


「あの、これを。ザイコフさんの遺品になります。これを届けに参りました。」


「………………。」


いつもの事だ。と、シスターは思い、遺品を手渡そうとした。だが、普通母親というものは、子供の戦死を受け入れられないものなので、遺品を受け取らないかもしれないと、シスターは身構えた。


だが、それは杞憂だった。母親は遺品を受け取り、そして、シスターの事も、優しく抱き留めたのだった。


「え!? あの?」


シスターは一瞬、訳が分からず戸惑ったが、母親が優しく抱き寄せたので、それに身を任せた。


「ありがとうよ、息子の為に届けくれたんだね。ありがとう。」


「い、いえ。あの、私は………それが、務めだと思い………。」


「えらかったね、大変だったろう? あんたはよくやったよ。立派に勤めを果たしたんだよ。」


「あの、私は…………、私は………………。」


気が付いたら、シスターの瞳から涙が溢れていた。


母親は優しく、シスターの頭を撫でながら、優しい言葉を掛け、その労を労った。


「つらかったろう、苦しかったろう、もういいんだよ。泣いたっていいんだよ。」


母親は気付いていたのだった、従軍シスターが疲れていた事を。


きっと、このシスターさんは、色んな人から嫌な事を言われてきて、そしてここまで来たという事を。


「………うぐっ、ひっく、ひっく……、私は、私は!」


「いいんだよ、あんたのお陰で、息子も帰って来た。ありがとうよ。もう終わったのさ、戦争は、もう、終わったんだよ。」


「う……うう……うわあああああああああん……。」


シスターは、人目も憚らずに、大粒の涙を流した。


溢れてくる涙を、止める事が出来なかった。


そのまま泣き崩れて、大泣きしたシスターは、しばし、母親の胸で泣き続けたのだった。


辛かったのだった、苦しかったのだった、色んな人に、遺品を届けるという事が、どういう事なのかを。


シスターは泣いた。


思いっ切り泣いたのだった。


この悲しみには、何か意味がある筈だと。



 一頻り泣き止んだシスターは、もう一度その母親へ向けて、祈りを捧げたのだった。


母親は、それを受け入れ、息子の為に祈ってくれたシスターを優しい眼差しで見送った。


従軍シスターは、これで全ての遺品を届けた事になり、その表情は俯きながらも、どこか芯のある顔をしていた。


「お疲れ様でした、シスター殿。」


バルク将軍はシスターを労い、うむ、と頷き部隊に号令をかける。


「よおおし! アリシアへ帰還するぞ!」


「「「「「 は! 」」」」」


バルク将軍の部隊は、ここでシスターと別れ、帰還する為に準備する。


「そう言えば、まだ貴方方の為に祈ってはいませんでしたわね。」


そう言って、従軍シスターはバルク将軍たちに向けて、祈りを捧げた。


「では、我々はこれで失礼致します。シスター殿も、どうかお健やかに。」


 こうして、バルク将軍旗下の部隊は、ゴップ王国からアリシア王国へ、帰還するのだった。


(ありがとうございました、バルク将軍。私は貴方方に救われた気持ちです。)


バルク将軍の背中に夕日が差し込み、兵士たちを優しく照らしていた。



 吹きすさぶ風が冷たく、冬の到来を告げる。四季の変わった事が解る季節の事であった。




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