第137話 ゴップ王国潜入任務 ④
アリシアを立って、ゴップ王国に潜入してから五日、今日も俺達は道を進んでいる。
そろそろ食料が乏しくなってきた。
予定では、立ち寄った町や村で食料を確保しつつ、任務を遂行していけばいいやと思っていた。
ところが、ゴップ王国内の町などは食料そのものが無く、どうやらゴップの兵士に略奪されているらしい。
立ち寄る村や町で、非道な行いを繰り広げていたゴップ兵を、俺達は叩きのめしながらグラードル将軍が居るであろう所まで進んでいた為、いまだに追いつけていなかった。
「ねえ、兵隊さん。いいのかい? 立ち寄る度にこうしてゴップ兵を叩きながら進んでいってさ。」
ちびっ子は半ば呆れつつも、俺の行動に付いて来てくれる。
「うーん、だってさ、
俺は、目の前の惨状を黙って見過ごす程、事なかれな性格をしちゃいない。
困っている人がいたら、やっぱり助けたいと思ってしまうのだ。
勿論、自分の出来る範囲でだが。
俺が困っている時に、何処かの誰かに助けて貰った事があるから、せめて自分の番に回ってきたら、そうしようと決めていた。
「だからって、一々相手してたらキリが無いよ。あたい等の受けた任務ってのは急ぐんだろう?」
確かに、そうなのだ。俺の受けた極秘任務は速やかにグラードル将軍と合流し、ジャズー王子から託された命令書を届けて、軍を引き上げさせる事なのだ。
そして、それが叶わない事態に直面したら、強引にでも将軍を止める事。
つまり、暗殺も視野に入れている。という事だ。やれやれ、厄介な極秘任務だよまったく。
だから、ここで俺達が足止めを食らっている訳にはいかない。先を急ぐべきだな。
だが。
「なあちびっ子、これまでに移動してきて、グラードル将軍の部隊に出くわした事って無いよな?」
「うん、アリシアの軍服を着た人には会ってないよ。」
ふーむ、当初の予定では、三日もあればグラードル将軍の部隊に追いつけると踏んでいたんだが。
ゴップ王国内ってのは、ハッキリ言って水場が少ない。
騎馬隊という事は、馬を休ませる為に、水場がある所に立ち寄ったら、まず間違いなく進軍速度は低下する筈だと思っていた。
ところが、五日も進んでいるってのに、グラードル将軍の部隊の影も形も見当たらない。
それどころか、戦いの痕跡すら無いとはどういう事であろうか?
普通、大軍が敵国内で移動していたら、それを阻止しようと軍が動く筈である。
にもかかわらず、ここまで歩いて来て、それらしい戦の痕跡が見当たらなかった。
つまり、グラードル将軍は自前の補給物資だけで、ガンガン進んでいっている事になる。
俺達は徒歩、グラードル将軍は馬、他に歩兵が居たとしてもそろそろ追い付く筈である。
「なあちびっ子、もしかしてグラードル将軍は、止まる事無く進軍しているのかな? だとしたら、やっぱり急いだ方がいいよな。」
「だから言ったじゃないか! こんな事してる場合じゃないって。村や町が略奪されているのを黙って見過ごすぐらいの事をしないと、何時まで経っても追いつけないよ!」
ふーむ、確かに、このままゴップ兵を叩きながら進むのは、時間的に猶予は無いよな。
俺の任務内容だと、急いだ方がいいのは確かだ。
「よし、ちびっ子。これからは略奪行為を目撃しても、俺達は無関心を貫く。グラードル将軍に追いつく事を優先する。それでいいよな?」
「そうそう、初めからそうしておけば良かったんだよ。こんな所で道草をくってないでさ。先を急ごうよ。」
そうだな、この国の事は、この国の人に任せておくべきだな。
何も、俺が出しゃばらなくてもいいよな。
「よし、ここからは走るぞちびっ子。急いでグラードル将軍に追いつくぞ。」
「はいよ、あたいは付いて行くだけだよ。」
こうして俺達は、街道を道なりに東へと急ぐのだった。
途中、妨害らしい事も無く、モンスター戦も無く、山賊とのいざこざも無く、進み続けた。
その結果。
「おいおい、もうゴップの王都まで来ちまったぞ。どうなってる?」
ここから遠くに見えるのは、ゴップ王国の王都の城壁だった。
アリシアと比べると、少々規模が小さいが、それでも中央に王城が見える事から、あの場所が王都で間違いない。
「え!? だって、ここまで来てグラードル将軍の部隊を見かけなかったよね? もしかして城攻めをやってんのかい? グラードル将軍は!?」
「いや、ここからじゃ解らん。もっと近くへ行かないと、状況を把握したいところだな。」
まさかとは思うが、グラードル将軍は王城攻めをやってる可能性が出てきた。
不味い! 急がねば! 俺の受けた任務はグラードル将軍と軍をアリシアへ連れ帰る事だ。
戦争が激化したら、取り返しが付かない。只でさえゴップの兵とやり合って来たので、今更ではあるが、それとこれとは違う。
城攻めなんてやってたら、もう後戻りは出来ないだろう。急ごう。
「ちびっ子! 走るぞ!」
俺達はダッシュで駆け出し、ゴップの王都へと急いだ。
そして、俺達はその光景を目の当たりにした。
「酷いな、………………こりゃ。」
「戦争、………………なんだよね、これが。」
王都の外周部、そこには。激しい戦の跡が残っていた。
夥しい数の遺体、アリシアとゴップの両方の戦死者たちが、そこに横たわっていた。
死屍累々とした状況、戦争の悲惨さが如実に表れている。
壁門のところには、誰も居なかった。門扉がひしゃげていたところを鑑みるに、グラードル将軍は王都攻略戦に勝利し、そのまま内部へとなだれ込んだ様だ。
「俺達も行こう、手遅れかもしれんが、何もしないよりはよっぽどマシだ。」
「そうだね、あたいもそう思う。…………間に合わなかったんだよね? この状況。」
「言うな、ちびっ子。俺だってへこんでる。」
間に合わなかった。俺がもっと早くグラードル将軍に追いついていれば、こんな戦いはせずに済んだ筈だ。
只、言い訳かもしれんが、この国の町や村もほおってはおけなかった。これは俺の我が儘だ。
俺の増長が招いた結果なのかもな。やりきれねえ。
壁門を潜ると、そこにまた戦死者の体が横たわっていた。
「ここでもかなり激しい戦いがあったようだな。」
「そりゃあ、王都が落とされれば、ゴップは終わりだもん。必死の抵抗はするだろうね。」
城下町は閑散としていた、静かなものだ、おそらく人々は家の中へと籠り、戦いからは避けているようだな。
ここから王城までの道は、兵士たちの亡骸で続いていた。
「これを辿って行けば、おそらくグラードル将軍の所まで行ける筈だ。急ごう。」
早まらないでくれよ将軍。戦争なんてもんはしない方がいいんだから。
「ねえ、兵隊さん。もしかしてグラードル将軍は、城の内部へと突入してんじゃないの? 静か過ぎるよ。この辺りは。」
「ああ、そうだろうな。グラードル将軍はゴップ王を討つつもりかもしれん。戦争を早期に終わらせる為にな。」
「じゃあさ、もしゴップ王が倒れたら、この戦争は終わりなのかい?」
「さあ? それはどうかな。戦が終わっても、戦後の事後処理だとか、停戦協定とか、終戦協定とか色々あんだよ。だから、出来るだけこっちに有利な状況にする為に、交渉事があるんだけど。」
この戦いが終われば、間違いなくアリシアは戦後の賠償金などの支払いで、国庫が傾く。
だって、グラードル将軍の方から戦いを仕掛けたって話だったし。
アリシアとゴップとの戦ではあるが、この状況を利用しようとする連中は何処にでも居るだろう。
例えば、アワー大陸の中心国家、ユニコーン王国とかが出張って来る可能性はあるかもな。
王城手前の城壁の所まで来た、そこにもやはり、戦いの跡があった。
「いよいよこんな所まで攻めたのか。グラードル将軍は。」
「もう、城の中へ侵攻してんじゃないの? ここも静かだし。」
「嫌な予感がするな。兎に角急ぐぞ。」
城壁を越え、王城へと駒を進めて、城の玄関口へとやって来たところで、扉が壊されていた事に気付く。
「強引に攻めた様だな。」
「やっぱりお城の中まで攻めて行ったんじゃないか。もうこれはアリシアの勝ちじゃないのかい?」
「勝ち負けじゃないんだよちびっ子。戦を止める為に俺達はここまで来たんだよ。だが、確かにこれはもう、終わりが近いのかもな。」
王城の玄関を通り抜け、ロビーまで来たところで、件のグラードル将軍らしき人物が倒れていた事に気付いた。
俺は駆け寄り、意識を確かめる。
「もしもし! 大丈夫ですか?」
横たわっていた人物は、豪華な鎧を着ていて、如何にも重要人物とした雰囲気をしていた。
その人物は、俺の腕をガシッと掴み、息も絶え絶えといった様子で、語り始めた。
「お主は誰ぞ? 私はグラードル、アリシアの将軍だ………………。」
………ようやく、ようやく追いついたか。だが、もう遅かった様だ。
グラードル将軍の体に付いた傷は深く、至る所にあり、回復薬では間に合わん。
これはもう、助からん。
「自分はジャズ、アリシア軍の兵士です。グラードル将軍、お迎えに上がりました。さあ、アリシアへ帰りましょう。」
俺が言うと、グラードル将軍は必死に声を出し、返事をしようと振るわせながら語る。
「聞け、兵士よ。この先にゴップ王が居る。その目で確かめてくるがいい。」
「それは、どういう?」
「ゴップはアリシアに金を要求し続けてくるだろう、今までも、そしてこれからも、それではいかんのだ! アリシアの為に、アリシアから出た金鉱脈は使われるべきなのだ。」
金鉱脈、か。その情報をゴップが掴んだから、ゴップ王はこの戦を仕掛けたのか?
そんな事の為に。
「どこかでゴップとの関係を断ち切らねばならんのだ! その為に私は、自らを悪者にし、この戦でゴップ王を討つつもりだった。だが、油断してしまった様だ。ここへ来て、迂闊にもやられてしまった。」
ここまで軍を進ませ、そして一人で城に攻め込んだのか。なんて無茶を。
「良いか? 戦争の悪役は、私一人で十分なのだ。負の感情を一身に背負い、私が悪者をやる事で、女王様への憂いを取り除ければ、それで良いのだ。アリシア王国の為に、私は戦ったのだ。」
「…………グラードル将軍、貴方という方は。」
女王レイチェルの生まれ育った国を敵に回し、思い出のある父親や祖父を討つ事で、金をせびって来るゴップ王国との関係を、断たなければならなかったのか。
その罪を一身に背負いながら。自らを悪者にして。戦争で先に仕掛ける事で自身を女王が裁く事で、アリシア側の正当性を匂わせる。
ここまでやってのけた男の生き様。しかと見届けた。
グラードル将軍は、ゆっくりと息を引き取った。
「………………行こう、ちびっ子。この先にゴップ王が居る。」
「行ってどうするの? あたい等の目的はもう終わったんだよ?」
「見極めるのさ、この戦いが何だったのかを。」
そして、どうであれ、決着は着けさせて貰う。
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