第136話 ゴップ王国潜入任務 ③


  


    アリシア王国側の国境線沿い――――



 この場に仮設拠点を設営してから四日、バルク将軍の仮設本陣は、この場を動かずにいた。


指揮官用テントに、バルク将軍の副官がゆっくりと入っていった。


「失礼します、将軍。」


「うむ、何用だ? 急ぎの用事か?」


バルク将軍は周辺の地図を広げ、そこに駒を置いて今後の作戦を練っていた。


「将軍、まだこの場より動く事はできませんか?」


副官は、部下たちの気持ちが早っている事に心配し、こうしてバルク将軍の所へ来て、様子を窺いに来た。


一方のバルクは、余裕のある態度で腕を組み、うんと一つ頷き、副官に言う。


「まあそう急くな、まだ保護したシスター殿が戦死者の為に祈っておられるのだろう? もう少し待ってやれ。なに、別段急ぐ戦でもなかろう。」


「そうですが、ゴップ側の戦死者から引き取った遺品を回収し終えています。もうそろそろここを立つのも良いかと思いまして。」


バルク将軍の部隊は、グラードル将軍の騎馬隊が仕掛けた戦いの後始末をしていた。


戦死者から遺品を回収し、戦死した者がアンデッドモンスターにならない様に、スライムをわざわざ持ち込み、戦場跡を見回るよう、部下達に命令していた。


また、その戦場跡へ、保護した従軍シスターが、その魂に安息をと、朝、昼、夜と祈りを捧げていた。


女神教は世界中で信仰されている宗教なので、アリシアだろうがゴップだろうが、そこに女神教会があれば、そこは同じ女神教信仰の土地なのだった。


バルク将軍は、そのシスターの祈りが必要だと判断し、その祈りが終わる、というよりシスターの気持ちを汲み、気の済むまで祈らせているのだった。


「確かに、祈りは必要ですが、部下達も痺れを切らしております。」


「たった一人、あの戦いで生き残ったのだ。気持ちを察してやれ。」


「はい、解っております。ですが、部下たちも戦の準備を念入りにして待機しております。皆、いつでもいけると口々にしております。」


「解った、だが、先程も言ったが、別に急ぐ戦ではない。それにグラードル将軍が今、どの辺りまで進軍しておるのか解ってはおらんのだ。手柄を欲しがる気持ちは解らんでもないが、我が部隊は今しばらくここを動く気は無い。」


「しかし………。」


副官は何か言い淀んだが、上官のバルク将軍が動かないと言うので、動かないのだろうと気持ちを切り替える。


「まあ、そう気を揉むな。先にゴップ領へ入ったグラードル将軍を連れ戻しに、王城の方から任務を帯びた若者が二人、先日向かったばかりだ。その者らに任せて、帰って来るのを待つのも良かろう。」


バルク将軍は、ジャズ達極秘任務を遂行中の二人組の事を思い出し、自分等は後方でどっしりと構えていればいいと、副官に言った。


「はあ、あの者達ですか。彼等はたった二人で何をするのでしょうか?」


副官は疑問に思った事を、バルク将軍に訊いてみた。


すると、バルク将軍はフフ、と笑みをたたえ、ジャズの事を思い出していた。


「うむ、あの若者、どうやらかなりの使い手のようだわい。明らかに他の兵より違っておった。」


「ほう、将軍が他の部隊の兵士を褒めるとは、それ程の兵ですか?」


「うむ、何と言うのかのう、気というか、纏っているオーラが他の兵士とは一線を隔しておったわい。手練れと言うのに相応しいだろう。あの者ならば、おそらくグラードル将軍が敵地の奥深くへと進軍しても、追い付く事が出来よう。」


バルク将軍がここまで人を褒めるのも珍しいと、副官は思いながら、ジャズたちの事を案じた。


「ならば、グラードル将軍の事は、彼等に任せておきましょう。それで、我々の軍はどう動かれますか?」


副官は話を切り替えて、今のバルク将軍旗下の軍隊をどう動かすべきかを質問した。


「………………う~む、そうだな、今暫くはここを動く気は無い。部下達にもそう伝えてくれ。無論、斥候や偵察はこれまで通りにしてな。暴れたいなら、その辺のモンスター退治でもしておけと言ってやれ。」


「はい、了解であります。皆に伝えてみます。皆バルク将軍と共に働ける事を誇りに思っております。」


バルク将軍は、部下達が血気盛んな事を羨ましく思った。


「いやぁ、若者はイイ。ひたすら勝利を信じている。儂など、40年前のバルビロン要塞攻略戦の敗戦の傷を、今だに引き摺っておるというのに。」


「はは、了解であります。では、自分はここで失礼します。」


そう言って、敬礼をして副官はテントを後にした。


一人残ったバルク将軍は、グラードル将軍が今、どの辺りに居るのか、予想を立てて、そして、ふと思った。


「ふーむ、グラードルめ、もしやと思うが、あ奴、敵の王城まで攻め上がるつもりではなかろうな。」


確かに、戦いの早期決着は望むところではある。だが、そう上手く事が運ばないのもまた、戦争なのだと、バルク将軍は思っていた。


ゴップ軍の数は解らないが、少なくとも1万は優に超えていると仮定した方がしっくりくる。


対して、グラードル将軍の軍は千五百程の騎兵と歩兵三百、後は補給班若干数と、アリシアの戦力としては申し分のない数であった。


だが、進軍すればするほど、伸びきった補給線は、グラードル将軍の進軍速度を鈍らせるのに十分の筈であった。


にも関わらず、偵察からの報告では、グラードル将軍は敵の王城まで、二日の距離まで攻めつつあるとの事であった。


「グラードル、急ぎ過ぎだ。何を焦っておるというのだ、あ奴は。」


決して広くはないテントに、バルク将軍の声は、かすれて聞こえた。



   ゴップ王国 王城 玉座の間――――



 ゴップ王は只、その玉座に座っていた。その隣には妾の女、シーマが控えている。


 「父上!! 一体何をお考えか!?」


 ゴップ王国の王子、リードは血相を変えて玉座の間へ駈け込んで来た。


それに対応したのが、妾の女、シーマだった、シーマは余裕を持った態度でリード王子に言葉を発っした。


「一体何の事でございましょう? リード様、少し落ち着きを払って下さいまし。」


だが、リードは無視し、国王へ問い詰めた。


「何故!? 我が国内の民たちへ軍を差し向けるのですか!! 敵は目の前ですぞ! 何故我が国内の略奪などお許しになったのですか!? 父上!」


「これから冬になりますからね、冬支度ですわ。その為に、まずは食料を備蓄している村や町へ兵を差し向け、それを確保せよと陛下は仰せですのよ。」


ゴップ王の代わりに、シーマがそう答える。


「貴様などには聞いておらん!! 父上と話しておるのだ! すっこんでいろ! 魔女め!」


「ウフフ、まあ? 魔女とは心外ですわ。わたくしだって陛下に気に入られようと努力しておりますのに。」


シーマの言葉を無視し、リードは再度、国王へ問い詰める。


「父上、何故です? 何故、我が国民を痛めつけるのですか? これでは戦どころではありませぬ。何をお考えなのです。民から食料を奪ったら、我が軍は冬を越せるでしょう。ただし、民が飢え死にしますぞ! 何故軍をその様な事に動かすのですか?」


リードの言葉を聞き、ゴップ王は俯いたまま、何も言わなかった。


「リード様、陛下はお疲れのご様子。何卒、静かにしては頂けませんの? お下がりくださいな。」


「シーマ、貴様………………。」


二人の間で、睨み合いが続く。


そして、ゴップ王が片手を上げ、注目させると、いつもの様にシーマへ耳打ちした。


「………………はい、…………はい、解りました陛下。その様に致しますわ。」


リードは、自分が蚊帳の外に追いやられている疎外感に、苛立ちを覚えつつも、父、ゴップ王へ視線を向け、先程の言葉を待った。


「リード様、陛下は大変お怒りです。直ちにこの場を去る様、との事ですわ。ウフフ。」


「な!? 何だと! 父上!」


「聞こえなかったのかしら? ここを立ち去りなさいと言ったのですよ。」


この言葉を聞き、リード王子は驚愕の表情をし、国王を見つめた。


「父上、貴方という人は………………。」


「下がりなさい、リード様。」


リードは踵を返して、玉座の間より退出する。


しかし、部屋を出る一歩手前で立ち止まり、背中ごしから声を発した。


「いつまでもいい気にならぬ事だ、シーマ。貴様のお陰で父上はおかしくなってしまわれた。もうこれは、父上の政策では無い。貴様の思惑だ。この国を守りたかったら貴様が敵と戦え。」


吐き捨てる様に、リード王子は玉座の間を出て行った。


リード王子が出て行った後、シーマはぽつりと、まるで独り言の様に呟いた。


「計画は予定通りです陛下。このままいけば間違いなく、………ウフフフフフ。」


やはり、ゴップ王の瞳に、光は無かった。
















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