第132話 風雲急を告げる




   ゴップ王国  王城――――



 「父上! 何をお考えか!」


 玉座の間に、血相を変えて飛び込んで来たのは、この国の王子であり、またアリシアの女王の父親、リードである。


「この国の財政がひっ迫している状況で、更に戦など始めるなど! 自分の首を絞める事に他なりませぬぞ!」


リード王子が大声で父ゴップ王へ進言したのだが、当の本人のゴップ王は目を伏せ、隣にべったりと張り付いているめかけの女の方へ視線を移し、ごにょごにょと小声で耳打ちした。


「………はい、…………はい、解りました陛下。」


妾の女はゴップ王からの言葉を聞き、それを下の段の広間に居るリード王子に告げる。


「リード様、貴方はこの国で待機しておれば良いそうですわ。城の防備を固めよとの事です。」


「貴様などには聞いておらん! シーマ! 父上から離れよ!」


リード王子は苛立ち、ゴップ王と妾の女であるシーマを引き剝がそうとしたかったが、ゴップ王がそれを嫌った。


シーマの服の袖を掴み、放さなかったのだ。


「あらあら、心細いのですわね、いいですわ。このままでいましょう。陛下。」


シーマはそのまま、ゴップ王の隣に居座る。リード王子は更に苛立ちつつも、言葉を続ける。


「父上! お考え直しを! 金の掛かる戦など始めたら、我が国は傾きます! それでなくてもわがゴップ王国は他国より借金まみれではございませんか! 何卒、何卒お考え直しを!」


「しつこいですよ、リード様。王は心を憂いておられます。この今の実情に悲しんでおられるのです。もう、アリシアから土地を奪うしか方法が無いのです。そうですよね? 陛下。」


シーマの答えに、ゴップ王は首を首肯し、人差し指を前へと出し、進軍せよ。という合図を送った。


「父上!」


リード王子は焦り、しかし、周りの側近達が慌てて各部署に連絡をする為、急いで玉座の間より退出していく。


それを横目で見ながら、リード王子は歯噛みしつつシーマを睨んだ。


「シーマ、………貴様ぁ………………。」


睨まれたシーマは、余裕を持ってリード王子を一瞥し、困り顔で言う。


「わたくしに当たられても困りますわ。全ては、ゴップ王陛下のご判断とご決断によるものですもの。ウフフ。」


「もうよいわ!」


それは、明らかであった。ゴップ王はシーマの言いなりである事を、だが、二人を引き剥がそうとすると、ゴップ王はその者を処刑したのだ。今では誰も二人に近づかない。


「父上、この国は終わりですぞ。このままいけば、間違いなく終わります。どうか、どうかお一人でのご判断とご決断を。どうか。」


そう言い終わると、リード王子は踵を返して、玉座の間を辞した。


その一瞬、シーマを睨み付け、そして下がっていった。


しんと静まり返った玉座の間には、ゴップ王とシーマだけが取り残されていた。


「………計画を次の段階へと進めましょう。陛下。」


シーマはまるで独白している様に話し、ゴップ王は俯き、その瞳を閉じた。


ゴップ王の瞳には、光が無かった。



   王都アリシア  女神神殿――――



 ………………どうやら戦争がおっぱじまるらしい。


「おいドニ、何所どこと何所が戦争するって?」


「だから、アリシアとゴップがやり合うんだってよ、まったく参るよなあ。」


こうしちゃおれん! 直ぐにでも動かねば!


「サスライガー伯爵様! 自分は直ちに王城へと上がり、ジャズー殿下と話を付けてきます!」


「解った! すまぬが、宜しく頼む。それとリスティル、お前は義勇軍と行動を共にせよ。いい機会だ、学んで来い。」


「は、はい! 伯爵様!」


俺とちびっ子はソファーから立ち上がり、急ぎこの部屋から出て行く。


神殿内を駆けながら、ちびっ子に言う。


「よし来いちびっ子! 但し、戦には参加させないからな。そのつもりで頼むぞ。いいな!」


「何言ってんだい! あたいだってアリシアの人間だ! 戦うに決まってんだろう!」


外へと出て、そのまま王城へと向かって駆け出す。


「駄目だ! お前は軍人じゃない! 戦争は兵士に任せておけばいい! 怪我でもしたら伯爵にどう言い訳すればいいんだ! 俺は嫌だからな! お前は後ろで自分の身を守っていればいい! 解ったな?」


「なによそれ! あたいだって戦えるよ! この国の為に出来る事ぐらいある! あたいは兵隊さんに付いて行くかんね!」


まったく、聞き分けの無いちびっ子だな。守りながら戦うのは難しいんだよ。


戦を舐める訳には、いかんからな。


「戦場に着いたら、俺の言う事をよく聞けよ。いいな!」


「ああ! 解った!」


本当に解っているのか? 戦争は怖いし、酷いんだぞ。普通の精神じゃやってられないんだよ。きっと。


 俺達はそのまま、王城の入り口までやって来た。そこで門番に事情を説明し、ジャズー王子への取次を頼んだ。


返事は直ぐに返って来た。どうやら城の中へ入ってもいいらしい。流石王兄特権。融通の利く相手が居ると、こっちがやりやすい。


 王城の中へと入り、階段を上がって謁見の間へと向かう。


扉の前まで来て、呼吸を整えてから、姿勢を正し、ちびっ子にも同じ様にして扉を開けて貰う。


「失礼致します。兵士ジャズ、並びに戦士リスティル、ジャズー王兄殿下に至急お伝えしたき事がございます。発言をお許し願います。」


謁見の間へと入り、女王レイチェルの御前まで進み、片膝を突き畏まる。ちびっ子もその場で傅く。


「発言を許可します、何か?」


緊張するが、そうも言っていられん。俺は端的に伯爵の事情を話して、お伺いを立てる。


「サスライガー伯爵様の件について、お話したき儀がございます。是非とも、ジャズー王兄殿下との会合をご許可頂きますよう、取り計らって頂きたく思います。」


傅いているので、状況は解らないが、どうやらひそひそ話の内容で、俺とジャズー王子との面会をしても良いという流れになっていた。


「兵士よ、王兄との会合を許可します。後ほど、兄の私室へ。」


「は! ありがとうございます。女王陛下。」


傅いたまま一礼し、その場で立ち上がり、謁見の間を辞する。


ふうーやれやれ、ここはいつ来ても緊張するなあ。周りには偉い人が沢山居るから疲れるんだよな。


俺達が謁見の間を立ち去ろうとして、扉を出ようとしたその時、突然飛び込んで来た兵士が居た。


俺は慌てて飛びのき、ぶつからずに済んだが、その兵士は気にも留めず、そのまま女王の前まで駆けて行く。


そして、兵士は傅き、息を切らせながら答えた。


「た、大変です! 女王様! グラードル将軍が! 勝手に戦闘を開始してしまいました! 戦端を切ってしまったのです!」


「な、何だとおおーーー!」


声を荒げたのは、ダイサーク様だった。その後、ジャズー王子と女王レイチェルが目を交差させ、カタリナ様は口元を手で隠した。


「それで! どういう状況になっておる! バルクはどうしたのだ?」


ダイサーク様が質問し、答える兵士は戦々恐々としつつも、伝令の役割をしっかりと果たす。


「は! それが、バルク将軍の制止も聞かず、グラードル将軍は自ら騎兵部隊を指揮し、国境線を越えてゴップ領へ進軍。そのまま戦闘へとなだれ込み、そして、………集結中だったゴップ軍を壊滅させしめました。」


なんてこった、もう戦端が開いたのか。しかもこちらの勢いが凄いらしい。どうなるんだろうか?


「なんと愚かな! グラードルめ! 勝手に先走りおって!」


ダイサーク様は憤慨していた、グラードル将軍はちゃんと女王の命令を受けて出撃したのだろうか?


「まずい! ますいぞこれは! こちらから仕掛けた様に見えるではないか! 女王よ! 直ぐにユニコーンへの使者を立てよ。この戦は我等に正当性がある事を女王マリアに伝えるのだ! グラードル将軍はこちらで処罰する旨を伝えよ! 急いでな!」


「は、はい。ダイサーク叔父様。」


ふーむ、何やら慌ただしくなってきましたよ。俺とジャズー王子の面会はどうなるのかな?














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