第130話 サスライガー伯爵の正体 ⑤
アリシア王国とゴップ王国の国境付近――――
平原が続く荒涼とした大地の一角に、アリシア軍の仮設テントが幾つも設営されていた。
その一つに、緑地に獅子の旗が立てかけてあるテントがある。そこへ、一人の人物が入って行った。
「おい! バルク将軍! 何を呑気にやっておるのだ!」
いきなり怒鳴り声を上げたのは、アリシア軍第一騎兵部隊隊長、グラードル将軍その人であった。
バルク将軍はこめかみに指を当て、やかましい声に苛立ちつつも、相手は同じ将軍である為真摯に対応した。
「グラードル将軍、
バルク将軍に言われ、グラードル将軍は苛立ちながらも、この辺り一帯の状況を憂える素振りをしつつ、更に言葉を続ける。
「王都など! 第一レギオンに任せておけば良いのだ! それよりも、何故出撃しておらんのだ!」
「ゴップ軍が動かぬからだ。」
「何を言っておる! 敵は続々と集結中であろうが! こちらも今出撃すれば叩けるであろう! 何を悠長に構えておる! 敵は目の前だぞ!」
グラードル将軍は唾を飛ばしながら、怒鳴り散らす。
しかし、バルク将軍はコップに水を注ぎ、喉を潤し、一息ついて答える。
「そう急くな、グラードル将軍。今は我が軍も集結中である、儂の軍とて遊んでおる訳ではないぞ。ちゃんと偵察ぐらいはしておるわい。」
「そんな事は俺の所でもやっている! 敵の数は2000を超えておるのだぞ! 貴様の軍は500の歩兵だけであろう! そんな事では敵に侮られるばかりか、一気に攻撃に来られたら手も足も出ぬであろう!」
確かに、と、バルク将軍は思い、腕を組みながら思案していた。
「まあ、グラードル将軍の憂いは解るが、こちらも兵が揃わん事には迂闊に動けぬ。今は時を待つのだ。幸い、相手も動いておらぬ。」
「だから! その様な悠長に構えていないで、今攻撃せねばならぬではないか! もう良い! 貴様とは馬が合わん! 俺自ら出撃する! 横から手柄をかすめ取るなよ! いいなバルク!」
グラードル将軍は苛立ちのまま、バルク将軍の前から踵を返してテントから出て行く。
「待て! グラードル将軍! 早まるな! グラードル!」
テントの中には、バルク将軍の言葉だけが透き通った。
その後、無数の騎馬隊の蹄の音が続いた。
王都アリシア 女神神殿――――
部屋に入ると、そこにはサスライガー伯爵がソファーに座っていた。その後ろにナナ少尉が控えている。
サスライガー伯爵は、どこかデスクワークが似合いそうな、気の良いおじさんといった雰囲気を醸し出して、こちらを見て溜息をついた。
この部屋には、他にシャイニングナイツのマーテルさんと、その予備隊の姐御が居た。
それ以外に、豪華な刺繍を施したローブを身に纏った翁が一人、おそらくこの女神神殿の神殿長かもしれない。
サスライガー伯爵が呟く。
「確か私は、一人で来いと言った筈だが? 義勇軍よ。」
「申し訳ありません、伯爵の部下かもと思い、リスティルを連れて来ましたが、いけませんでしたか?」
「………いや、良い。手間が省けた。三人とも掛けてくれたまえ。」
「はい、失礼致します。」
俺達はそれぞれ、ソファーに腰を掛ける。フカフカしたソファーだ、座り心地がいいな。
「マーテル殿、変わりありませんか?」
「ええ、今は特に気になる事はありませんね、ジャズさんもお変わりない様で。と言いたいですけど、変わられましたね。」
ははは、俺の今の姿がジャズである事は、知っていたか。流石シャイニングナイツの情報網。いや、ただ単に姐御から聞いただけかな?
マーテルさんに挨拶し、姐御にもお辞儀をして挨拶する。
「姐御、その後情報は入ってきましたか?」
「いえ、その件も含めて、伯爵様と会合をするのよ。」
ふむ、そう言う事か。どうやら話が進むには、サスライガー伯爵の言葉を待つしかないな。
俺は立ち上がって伯爵の方を向き、挨拶をする。
「申し遅れました、自分はジャズと申します。アリシア軍の兵士です。」
「そして、義勇軍のメンバーでもあるのだろう? 其方の事はそれと無く調べさせた。中々の人物のようだな。シャルロット隊長が褒めておったよ。」
「は、恐縮です。」
言いながらソファーに座る。その後にドニが挨拶をこなし、また座る。
何時の間に調べたんだか、口ぶりからすると、多分オーダイン王国の一件も知っていそうだな。
怖い怖い、お貴族様には関わらない方がよさそうだな。まったく。
「神殿長、人払いを頼む。」
「はい、伯爵様。」
サスライガー伯爵は神殿長にそう言うと、神殿長は手で合図をして、側仕え達を下がらせた。
部屋から次々と人が出て行き、この部屋には俺達と伯爵、ナナ少尉、マーテルさんと姐御が残った。
「では、早速会合を始める。まずは、聞きたい事があるのだろう? 義勇軍よ。」
「はい、聞きたい事は色々とあります。」
サスライガー伯爵は座り直し、紅茶を口に含み、喉を鳴らしてから、言葉を続けた。
「では、聞こうか。何が知りたい? まずはそこからであるな。」
ふむ、こちらの事を客として扱ってくれるらしい。中々話せる人物の様だ。
「はい、先ず聞きたい事は、何故ナナ少尉が貴方を優先したのか? ですね。」
俺の問いに、伯爵はナナ少尉の方を向き、声を掛けた。
「ナナ・フローラよ、答えて差し上げなさい。」
「はい、伯爵様。では、ジャズ曹長、答えます。」
ナナ少尉は一度咳払いをして、俺の質問に答えた。
その表情は、どこかすまなさそうにしていた。
多分、ナナ少尉も辛かったのだろう。仲間を裏切る様な行為をしたのだから。
だが、何か理由があるのならば、是非聞きたい所ではある。
ちゃんと話してくれれば、サキ隊長にもちゃんと報告できるからだ。
二人の仲を案じている自分に、ちょっと驚いた。やはり隊長たち二人は仲がいい事の方がいい。
「わたくしは、サスライガー伯爵とフローラ子爵家との繋がりを大切に思っている事は確かですけど、それだけで行動した訳では決してありません。」
おおう、きっぱりと言い切ったな。
「では、何故任務を放棄したのですか?」
「そうしなければならない理由がありますの。ジャズ曹長、わたくしは伯爵様の為に動いただけですの。」
「その理由とは、何ですか?」
この質問に、ナナ少尉はコホンと言って、襟を正す姿勢になり、静かに答えた。
「伯爵家は代々、このアリシアが興り、歴史と共に続いている「クインクレイン」のメンバーだからなのです。」
ふむ、クインクレインか。聞き逃した言葉が繋がったな。一体何なんだろうな、そのクインクレインってのは。
話がクインクレインの存在へと移った事により、伯爵がナナ少尉の代わりに答えた。
「クインクレインとは、世界の守護組織、今で言うシャイニングナイツや、義勇軍、その他の組織に対する支援組織。そのものズバリ、後方支援組織だ。それが「クインクレイン」なのだよ。」
「世界の守護組織、の、後方支援組織でありますか?」
「うむ、その通りだ、ただしジャズ君、そしてそこの二人、この事は是非秘密にしてもらいたい。君も義勇軍ならば、我等クインクレインの事を理解してくれるね。」
なんと、そうだったのか。なるほどね、後方支援組織ね。
確かに、いくらシャイニングナイツとは言っても、後方を支援する組織が無いと上手く機能しないだろう。
人々を守るには、世界は広すぎる。
クインクレインの存在が重要な事は理解出来た。うん、大体解って来た。
というか、聞いた事が無い。「ラングサーガ」にも当然出て来ていないし、俺は知らない。
ホント、ゲームのエンディングから700年も経っていると、色んな組織が旗揚げするもんだな。
「クインクレイン、ですか。何故そうまでしてその存在を隠すのですか? 公にしたほうが誤解を生まないと思うのですが?」
俺が訊くと、伯爵は溜息をつき、答えた。
「ジャズ君、君は腕に自信があるからそう言う事が言えるのだよ。多くの場合、我等クインクレインは、その存在が公表された時点で、闇の崇拝者やダークガードにその命を狙われるのだよ。殆どのメンバーは一般人なのだ。自分の身を守る事も出来ぬ者達ばかりなのだよ。」
なるほど、確かに闇の勢力に目を付けられたら、命の保証は無いな。一般人なら尚更だ。
伯爵が更に続ける。
「クインクレインとは、後方支援組織だ。人、物、金、シャイニングナイツや義勇軍等への物資や資金を送る事は、幾らあっても足りない。それに、アロダント王子の一件もあった、いくら王族の御前だからといって公に出来ぬ事なのだ。」
アロダント王子の件か、確かに、ちょっと腑に落ちないところがあったよな。
幾らお家騒動とは言っても、闇の崇拝者が絡んでいたとなると、用心に越した事はないか。
「なるほど、それで何処に間者が潜んでいるか解らない、女王の前での証言が出来ない訳だったのですね。」
クインクレイン。後方支援組織か、確かに必要な組織だよな。うん、秘密にしとかないといけない理由も理解できる。
伯爵は、そのクインクレインのメンバーだったのか。だから貴族同士の繋がりがあるナナ少尉は、任務よりも伯爵を助ける事を優先したのか。
まだまだ話は続きそうだ。俺は紅茶を飲み、喉を潤した。
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