第128話 サスライガー伯爵の正体 ③
クラッチの町から街道を進むこと、一日が経過した。任務は順調だ。特に妨害らしいことも無い。
強いて言えば、街道にモンスターが出て来て、それをちびっ子が対処しているくらいだ。
まあ、楽ちんである事は確かだ。本来ならば俺達護衛班がモンスターに対処しなければならないのだが。
ちびっ子が頑張っているので、それに甘えているといったところか。
空が暗くなってきたので、夜に外を歩くのは危険という事で、この場で野営する事になった。
サスライガー伯爵は馬車から出す事は出来ないので、馬車の中で食事を取って貰う。
俺達は焚火を囲み、スープを作って体を温める。パンにチーズ、干し肉と、携帯食はいつもの物だ。
水筒の水で、喉を潤す。ここまでは誰かの妨害は無かった。
まったりと夜を過ごしていると、サキ隊長とナナ少尉がなにやらガールズトークをしている様だった。
「ちょっとサキ、スープを頂くときはもっと静かに、音を立てずに飲むものよ。」
「私はそんな上等な家柄出身じゃないんだよ。下町流のやり方ってもんがあるのさ。」
「はしたないですわよ、淑女としての自覚が………。」
「はいはい、解ったよ。もう、あんたは私の母ちゃんか?」
何だか楽しそうだ、こういう時の隊長達は傍から見てて微笑ましいな。
「………ねえ、サキ。覚えているかしら? あの時もこんな星空の夜でしたわね。」
ナナ少尉が星空を見上げて、何か思い出話をし始めた。それにサキ少尉が相槌を打ち、軽く流していた。
「なんだ? 士官学校時代の話か? あんたもまだ若いのにもう昔語りかい。」
「茶化さないで下さいまし、あの時はわたくし達、絶対に聖騎士になると、お互いに誓い合いましたわね。」
「ああ、そうだな。私は聖戦士になりたかったんだ。思い出すなあ、まだ私達が何も知らない乙女だったからな。」
あらあら、夢を語り合っている様だ、ここで無粋に声を掛けるのは頂けないだろう。
そう思っていたら、ニールが空気を読まずに会話に入って行った。
「隊長達は、聖騎士や聖戦士になりたいのでありますか? 自分は勇者になりたかったです。」
おい、ニール。余計な事を言ってお二人の空気を邪魔するんじゃないよ。
ちびっ子の方に目を向けると、こっちも俺のところにやって来て、話し始めた。
「兵隊さん、このスープ美味しいね。軍隊の飯ってもっと味気ないモノだと思ってた。」
「兵士といっても人だ、温かい飯を食いたいからな。海賊ってのは普段どんな飯を食ってるんだ?」
俺が何気なく聞くと、リスティルは顔を二パッと輝かせ、質問に答える。
「それがさあ、ちょっと聞いてよ兵隊さん。あたいの仲間に腕のいい料理人がいてさ、その子の作る料理がまた格別なのさ。旨いのなんのって。」
「ほーう、料理の出来る女ってのはモテるだろう? お前にはそういう浮いた話は無いのか?」
「無い! 聞くな!」
「そ、そうか。なんか悪かったな。」
どうやらちびっ子には何か過去があるみたいだ、琴線に触れない様にしとこう。
「あたいはさあ、見た目こんなんじゃない? だから、子供に見えるんだけど、あたいはちゃんと成人した大人なんだよ。」
な、なにい!? ちみっこい見た目なのに成人しているだって? 正直信じられん。
「ふ、ふーん。そうか、成人してるのか。ちょっと驚いた。」
「まあ、あたいはドワーフの女だからね、どうしても子供に見えちゃうのさ。まったく、身長が伸びないのはコンプレックスだよまったく。」
な、なるほど。ドワーフだったのか。だからちびっ子に見えるのか。しかし、若く見えるからその分得してる気がしないでも無いが。
そんな感じで夜を過ごしていたが、パタリ、パタリ、とリップ達皆が急に眠りだした。
「あ、あれ? 何だか、急に眠たくなってきた。」
瞼が重い、気を抜くと直ぐにでも寝てしまいそうだ。
俺は皆と同じように、ゆっくりと瞼を下ろす。その時、ゴソゴソと物音が聞こえ、意識が浮上し、辺りの様子を見る。
「ごめんなさいね、サキ。貴女はきっと怒るでしょうね。」
そこには、ナナ少尉がサキ少尉のスカートのポケットに手を入れて、鍵束を抜いていた。
「………なにやってんですか? ナナ少尉?」
「あら、見つかってしまったわね。」
駄目だ、眠い。瞼が重い。
「ナナ少尉、………その鍵は、伯爵の馬車の………扉の鍵ですよね?」
「………流石、落ちぶれても義勇軍ですわね、睡眠薬に対処してしまうなんて、異常な精神力ですこと。」
な、何を言って。
事態の成り行きを見ていた俺は、ナナ少尉がサスライガー伯爵を外へ連れ出している様子を、ただ見ていた。
信じられないと思いつつ、全身の力を振り絞り、何とか立ち上がる。
「………ナナ少尉、これはどういう事ですか? 何故、伯爵を解放したのですか?」
「仕方ありませんね、貴方を、義勇軍として頼みます。わたくし達を、このまま見逃して下さいまし。」
「だ、だから、それは何故ですか?」
駄目だ、意識が
そこで、別の声が聞こえた、おそらくサスライガー伯爵の声だ。
「そうか、君は義勇軍なのか。………ナナ、彼に説明するべきか?」
「いえ、今は余計な事は知られぬ方がよろしいかと。」
「そうか。」
何だ? 何を話して?
「ちょ、ちょっと待ってくださいナナ少尉。どういう事ですか? 何故伯爵を逃がすのですか?」
「この方は、この様な事で足踏みしていてはいけない方なのです。もっと大いなる目的の為に、この方は動かれるべき方なのです。」
何を言って? ああ、駄目だ。眠ってしまいそうだ。
「私はクイ……レイ…のメンバーなのだよ。」
だ、駄目だ、上手く聞き取れない。眠い。
「君、知りたければ、王都にある女神神殿に来なさい。義勇軍として、一人で来るように。他の兵たちと来た場合、私は君とは会わない。いいね。」
「クイ………レイ………? な、何を言って………ナナ少尉。伯爵………。」
言葉を言い終わる前に、俺の意識は暗転した。
目を覚ました俺は、眠い意識を振り解きながら、辺りを見回した。
「ふむ、あれは夢だったのか?」
そう思っていた矢先、大声で騒ぎ立てる声が聞こえる。
「ああ~~~もぉー!! ナナ!! 何てことしてくれたのよーー!!」
な、何だ? サキ隊長が騒いでいるみたいだが。
よく見ると、他の皆も辺りを探す様に動き回り、何やら慌てている様だ。
「おいニール。何があった?」
「寝ぼけてる場合じゃねえぞジャズ! ナナ少尉と伯爵が居ねえんだよ! 俺達が眠っている間の事だと思うが、まったく、ナナ少尉は何考えてんだかな?」
そうか、昨日のあれって、本当の事だったか。
つまり、ナナ少尉はスープに睡眠薬を入れて、俺達を眠らせてから伯爵を逃がした。と、言う事なんだな。
やってくれるよ、ナナ少尉。まさかそんな行動に出るとは。
「隊長、どうします?」
「はあ~~、こうなったら、基地に戻ってコジマ司令に報告し、対応を伺う事になりそうだ。まったくナナの奴! 余計な仕事を増やしてくれちゃってえーー!!」
………ふーむ、昨日のアレが本当の事なら、俺は義勇軍として行動した方がいいのかもしれんな。
何故ナナ少尉がこんな行動に出たのか、何故伯爵を逃がすのか。その辺りの事情を訊きたいところだな。
(女神神殿に来い、か。)
確か、俺一人で来いと言っていたな。義勇軍として、とも言っていた。つまり、隠しておきたい事があるという事か。
人の目に触れない様に、という訳か。伯爵がそう言っていたからには、何か事情があると見るべきか?
しかし、俺一人というのがなあ、うーん、よし! ここはちびっ子も連れて行こう。
ちびっ子は伯爵の戦闘奴隷だ。別に問題は無かろう。
俺はサキ隊長に、自分のこれからの行動方針を説明した。
「隊長、自分はこれより、義勇軍として行動を開始しようと思います。小隊を離れる事をお許しください。」
俺の意見を聞き、サキ隊長が目を丸くしていた。だが、直ぐに理解してくれて、俺の肩を叩き、頷いた。
「………解った、義勇軍としての行動に期待している。ナナを頼む。ジャズ曹長。」
「は! では、行って参ります。」
俺はその場を離れると、同時にリスティルの元まで行き、状況を説明する。
「おいちびっ子。ちょっと付き合え。」
「はへ?」
さてと、目指すは王都。これから先、何が起こるのか。まったく、人を何だと思ってんだかな。
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