第126話 サスライガー伯爵の正体 ①


   王都アリシア  王城――――


 「それで、どうするのだ? レイチェル。」


謁見の間には、女王レイチェル、母親のカタリナ、叔父のダイサーク、兄のジャズーが揃っていた。


しんと静まり返った広間には、重苦しい空気が漂っている。


近衛騎士たちは誰もが口を噤み、成り行きを見守っていた。


「このままゴップ王の言いなりになるつもりか?」


痺れを切らしたダイサークが、意見をレイチェル女王に求める。


「うーん、それは嫌よね、今事を起こしたいとは思わないし。向こうもそう思っていると思うけど。」


「しかし、現に兵が国境線沿いに集結中なのであろう? ゴップのやりそうな事だぞ。」


 ゴップ王国、アリシア王国の隣国に位置しており、カタリナが嫁ぎに行った国である。そこでレイチェルも生まれた。


だが、カタリナに庶子の存在が発覚し、激怒した父、リード王子によりゴップ王国を追われた身の上なので、カタリナもレイチェルもあまりいい思い出が無い。


ゴップ王国は治安も悪く、金策に奔走しており、いつもどの国からも借金をしていた。


駄目王の元、国が回らない現状を、いつも誰かのせいにしてはアリシア等から金を巻き上げていた。


「今回のゴップ王は何と言ってきたのだ?」


「娘の顔を見せに来い、というのが建前で、本音は家から出た金鉱脈が狙いでしょうね。」


「………金の鉱脈か、しかし、何故今になって発見されたのであろうな?」


ダイサークが唸っていると、カタリナが一歩前に出てきた。


「クラッチの領主、サスライガー伯爵が秘匿していたと報告が来ています。おそらくその関係で何がしかがあったのでしょうね。」


「まったく、内輪もめをしておる場合でもなかろうに。」


ダイサークは最初の意見に戻って、今一度女王に意見する。


「まったく、ゴップめ。娘と共に金貨500枚を持参してこいなどと、厚かましいにも程がある。更にこれを拒否した場合、ジャズーの首を差し出せとは。一方的な!」


ダイサークは憤慨し、カタリナは冷静に考える。しかし、その態度は冷ややかだ。


「まあ、わたくしと離別した事に対する嫌がらせも兼ねているのでしょう。ゴップでの生活は貧困でしたから。自分よりもいい暮らしをしている私達が気に入らないのでしょうね。」


続けてレイチェルも意見を言う。


「それだけじゃなさそうだけどね、お母さん。………お父さんの父、ゴップ王が駄目なのよ。お兄ちゃんは絶対に譲らないわよ。」


「当たり前です! 誰がジャズーの首を差し出すもんですか!」


このやり取りの中、ジャズーの表情は暗い。


「すまない、私の為に迷惑をかけてしまって。」


「お兄ちゃんが謝る事無いわ。ゴップ王の嫌がらせが我慢できなくなってきたのは確かですもの。」


辺りに沈黙が流れ、また話し合いが始まる。


「それで、この二つの要求を蹴った場合、ゴップ王はどう出るかな?」


ダイサークの質問に、女王は眉間に皺を寄せて答える。


「………開戦、でしょうね。国境線沿いに兵が集結中ならば、ゴップ王ならやるわ。間違いなく。」


「………戦争か。ここ100年続いた平和も、もう廃れてきたという事か。ユニコーン王国の後ろ盾も無いゴップに、何が出来るとは思えんが。」


「メンツ、なんじゃないかしら? 自尊心だけは高いから。」


ダイサークが腕を組み、う~んと唸った後、レイチェルに確認する。


「それで、結局はこちらも軍を派遣する事でいいのだな? 女王よ。」


「ええ、国境線沿いに配置して、こちらからは絶対に仕掛けない様に命令を徹底した上でね。」


この場に居る全員が一度頷き、更にカタリナが確認の為に言葉を続ける。


「ねえレイチェル、誰を指揮官にしたの? グラードル将軍は駄目よ。貴族ばかりで構成された部隊に、手柄を立てる事しか興味ない人で、突撃しかしない将軍だから、レイチェルの命令は聞かない筈よ。」


「それならば心配ないぞ姉上、俺が選んでおいたバルク将軍ならば、確実にこっちの意図を読んで行動してくれるはずだ。」


「そう、ならば良いのだけれど。」


ここで、一旦話が纏まり、話は国内の事情へと変わる。


「ふーむ、それにしても、金鉱脈発見とは、寝耳に水だったが、我が国内が潤う事は確かだからな。」


「しかし、ダイサーク叔父上。何故でしょうか? 今になって発見とは、明らかに伯爵が意図的に隠していた事になりますよね。その理由が解りません。資源発見を秘匿するなど、伯爵という立場ならば、国に隠していて見つかった時の非難は相当なモノになりますよね?」


「うむ、ジャズーの言いたい事はもっともだな。サスライガー伯爵の事だから、何か訳がありそうだが、今の段階では何とも言えんな。」


ここで、カタリナは金鉱脈からどれ程の金が流出したのか、気になっていた。


「伯爵は、一体金を何に使ってきたのかしら?」



   クラッチの町――――



 基地内が何やら騒がしい。どうしたってんだ?


あっちもこっちも、皆バタバタと動いていて、まるでこれから総出で出撃みたいな雰囲気だ。


「アルファ、ブラボー、チャーリー、デルタ、エコー、各中隊長は直ちにブリーフィングルームに集合せよ。」


「おーーい! こっちの準備がまだ整ってないぞ! どうなってる?」


「第一、第二、第三小隊は装備課へ申請しておいてください。」


「おいおい! 補給物資が全然足りないぞ! どうなってる!」


何だか慌ただしいな。俺は何も聞かされていないんだが。


と、ここでニールから声を掛けられた。


「おーい、ジャズ。聞いたか?」


「おう、ニール。おはよう、何があった?」


「俺にも詳しい話は知らないけどよ、何でもサスライガー伯爵っていう領主様の所に出向いて、領主を捕まえるんだってよ。まったく、どうなってんだかなあ。」


領主を拘束? コジマ司令が動いたのか? それにしては急すぎるな。何か中央であったのかな?


俺達がバタバタとせわしなく動いている友軍を見ていると、サキ隊長から声を掛けられた。


「お前達、ブリーフィングルームに集合だ。詳しい話はそこでする。直ちに来い。」


「「 は! 」」


敬礼し、サキ隊長と共にブリーフィングルームへ向けて移動した。さてさて、何が始まるのかな?


ブリーフィングルームに集合した俺達は、サキ隊長から今回の作戦内容を説明された。


「いいかお前等、良く聞けよ。今回のブラボー中隊の任務は、まず、領主の屋敷に赴き、館を取り囲む。その後、アルファ中隊が屋敷の反対側を取り囲む。これで、まずは出入りを制限する。」


「アルファとの合同作戦でありますか?」


「いや、全中隊が動く事になっている。この基地の三分の二の戦力を投入するそうだ。当然、領主の私兵とやり合う可能性も考慮しておかなければならない。」


おいおい、随分とデカい大捕り物だな。まあ貴族は力を持っている。一筋縄ではいかんか。


「と、表向きはこんな作戦だ。だが、私に課せられた極秘任務がある。それにお前達も付き合って貰う事になる。覚悟はいいか?」


何? サキ隊長に課せられた極秘任務だって? 何か嫌な予感がするな。


ニールが挙手をして質問する。


「隊長、何ですか? その極秘任務ってのは?」


ニールが聞くと、サキ隊長は俯き、何か迷っている風な感じで、俺達に説明した。


「………う、む、………実はな、………ナナ少尉の事だ。」


「ナナ少尉でありますか?」


ナナ少尉はサキ隊長の親友で、士官学校の同期らしい。二人の息ぴったりの連携攻撃は鮮やかだった記憶がある。


「ナナ少尉が、どうかしましたか? 隊長。」


「う、うむ、ナナはフローラ子爵家の息女なのは知っているな。そのフローラ家と、今回の領主であるサスライガー伯爵は、どうやら寄り親と寄り子の関係らしくてな、もし、ナナが伯爵の肩を持つ様な行動を執った場合、拘束せよと命令されているのだ。」


「え!? ナナ少尉がでありますか? つまり、貴族同士の繋がりがある。と、いう訳でありますか?」


「そう言う事だ。そりゃあ私だって、そんな事はしたくないし望んでもいない。ナナがこのまま大人しくしていてくれれば、何の問題も無いのだが、ナナがもし家の事情を優先した場合、間違いなく伯爵の肩を持つと思われる。コジマ司令がそう判断した。」


それは、さぞ辛かろう。親友を監視せよという事だからな。


サキ隊長は、俺達にもそのつもりで対処して欲しいと言った。


ふーむ、軍務と家の事情か。ナナ少尉がどちらを選ぶのかは解らないが、下手な事にはなってほしくないよな。やっぱ。

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