第111話 旅 ⑧
オーダイン王国 王都――――
北門の城壁上からは、守備隊長が唖然とした表情で戦場を見ていた。
それもそのはず、モンスター共が一目散に逃げていく様子は、正直信じられない光景だった。
「………一体、何が、どうなっておるのだ?」
城壁上から下の戦場を見下ろすと、間違いなくモンスター共が逃げていく様子が窺えた。
「何かの罠でしょうか?」
副官も慎重に事態を注視している。しかし、モンスターが逃げていくのは事実だった。
「解らん、ただ、何かがあったのだろう。」
「どうします? 追撃しますか?」
「いや、よそう、我々に追撃出来る程の体力は残ってはいまい。逃げる奴は放っておけ。どうせ逃げ込む先は魔の森と決まっているだろうからな。」
「解りますが、一応司令官に報告し、指示を仰いでみましょうか?」
「うーむ、そうだな。」
守備隊長はここで、城壁上から矢を射かけているヘイワードを呼んだ。
「ヘイワード! 来てくれ!」
「はい!」
呼ばれてヘイワードは矢を射かけるのを一旦やめ、守備隊長の元へ向かう。
「お呼びですか、隊長。」
「西門と東門の状況にもよるが、北門付近での戦いは収束しつつある。お前は確か、俊足のスキルを持っていたな、仮設司令室へと走り、司令官殿にモンスター共が逃げ出している事を伝え、追撃するかどうか指示を仰いできてくれ。」
「は! 了解しました。では、行って参ります。」
ヘイワードは急ぎ走り、司令室を目指す。
街中は最初の第一波の攻撃により、被害は大きかったが、今回の第二波の攻勢は、驚くほどあっけなくモンスター側が退いて行き、拍子抜けを感じていた。
「街の被害は甚大だが、これで済めばいいのにな、兎に角、司令室へ急がねえと。」
ヘイワードは走り、すぐさま仮設指令所へと辿り着く。司令室へと入ったところで、何か異変を感じていた。
「失礼します、司令官殿、指示を仰ぎたく思いますが、………司令官殿?」
しかし、司令室はもぬけの空だった、何処を探しても、司令官は居なかった。
床には何か書かれた紙などの資料や、周辺地図などが机から落ちている。
司令所は驚くほど静かで、閑散としている。詰めている者など一人も居ない。
「まさか! あの野郎、ばっくれやがったな!!」
その頃、西門付近では、ポール男爵たちとアイバーが睨み合っていた。
「けっけっけ、もうこうなったら仕方が無い。これを使う時が来たという事ですね。」
そう言いながら、アイバーは懐から何かのアイテムを取り出した。
「男爵様、お気を付けを。アイバーの奴、何かやってきますぜ。」
「解っている、全員警戒! いつでも行ける様にしておけ!」
「「「あいあいさー! 」」」
男爵たちは身構え、様子を窺う。するとアイバーが、手に持ったアイテムを地面へと投げ捨てた。
「けけけけけ、お前等はもう終わりですよ、この私が本気になってしまいましたからね。けっけっけ。」
そう言って、アイバーが使ったアイテムとは。
「あ! あれは「召喚の宝玉」じゃねえですかい? アイバーの奴、何かモンスターを召喚するつもりらしいですぜ!」
「一応警戒しろ。何が出てくるか解らんぞ!」
ポールたちは黙って事態の推移を見ていた。武器は構えたままである。取り巻きたちも警戒している。
「けっけっけ、出でよ! モンスター!」
地面に落ちた召喚の宝玉は、パリンと音を立てて割れ、黒い煙が噴き出て辺りに満ちて、何かの個体が出現する事を物語っていた。
黒い煙が霧散して、何かの形を浮き彫りにさせたモノが姿を現す。
そして、現れたモンスターは………。
「あ、あれは! まさか!」
「いえ、間違いありません、あれは。」
「まさか、ここへ来てこんなものが出てくるとは。」
「なあ、あれって確か。」
そう、現れたモンスターは、緑色をした芋虫型モンスター、クロウラーだった。
ハッキリ言って雑魚モンスターである。
「えええーーーーーい!! あの女めええええーーーーー!! よりによってこんな雑魚を俺様に寄越すとはあああーーーーー!! これでどうやって戦えというのだあああーーーー!!!!」
アイバーは怒り心頭になり、召喚したクロウラーを蹴飛ばした。
だが、これがいけなかった、蹴飛ばされたクロウラーは、召喚主の方を向き、緑色をした体液を吐き出した。
その体液が、アイバーの顔にかかり、アイバーは一瞬咳込んだ。
「げほ、げほ、ぐは、ごほ、………な、何をするのだ! この役立たずめが!」
しかし、この場に居る者達は知らなかった。召喚されたモンスターは、クロウラーではなかった。
見た目は同じでも、中身が全く違う個体、ポイズンクロウラーだった。
アイバーに向けて吐き出した体液は、毒の体液であった。当然、アイバーはその場で苦しみだす。
「う、うぐううう、な、なんだ、これは、い、息が苦しい、こ、呼吸が出来ない。」
この様子を見ていたポールたちは、このモンスターがポイズンクロウラーである事を、察した。
「まさかとは思ったが、ポイズンだったとはな、厄介なモノを召喚しおってからに。」
「どうします? 男爵様、ポイズンと只のクロウラーは違いますぜ。」
「うむ、解っておる、みな、あの吐き出す毒に注意しながら接近。我等で叩くぞ!」
「「「 おう! 」」」
その言葉を皮切りに、ポイズンが勢いよく走りながら毒液を吐き出す。
その攻撃を大盾使いのガイアが防ぎ、その隙にオルテガが接近。ハンマーでポイズンの横っ腹を叩く。
マッシュが前方に出てかく乱、ポイズンの動きを制限する。
動きの鈍ったポイズンに、ポールが接近し、ロングソードを見舞う。
四人の連携はよく取れていた。男爵たちにダメージらしいものは無く、あっけなくポイズンクロウラーは倒され、砂に変わった。
「ふう~~、終わったな。みな、ご苦労だった。」
「やれやれ、こいつの相手はいつも手こずりますね。」
「だが、我等の勝利だ。さて、残るは。」
ポイズンクロウラーを倒すと、男爵たちはそのままアイバーの方へと視線を移す。
アイバーは毒の状態異常にかかっていた。このままではいずれ死に繋がるだろう。
アイバーはかすれた声を出し、男爵たちに懇願した。
「た、頼む、げ、解毒薬を………。」
「おい、誰か解毒薬持ってたか?」
「いえ、持ってませんぜ。」
「右に同じ。」
「俺も。」
「と、いう訳で、残念だが、我々は解毒薬を持ってはいない。諦めろ。アイバー。」
「ふ、ざけるな、この俺様が、こんな、こんな死に方、………認めん、認めんぞ、俺は、はあ、はあ、はあ、い、息が、苦しい、だ、誰か、解毒薬を、誰か………認めん………認め………………。」
アイバーは力無く横たわった。
「アイバー、間抜けは貴様の方だったな。」
こうして、オーダイン王国を駆け巡ったモンスター襲撃騒ぎは、その幕を下ろしたのだった。
一人の男による、このモンスターを操る事件は、瞬く間に噂が広まり、また、同じ様にフィラの活躍も広まっていった。
勿論、ポール男爵たち、「カウンターズ」の事も含めてである。
そして、やはりダークガードは危険な存在として、多くの国の関心を集め、警戒がより一層強固なものへとなりつつあるのであった。
鈴虫が鳴き始めた、秋のはじめの頃の事であった。
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