第55話 老兵は死なず ④



 エリックさんに技を伝授してもらう事になった俺は、早速表へと足を運び、木剣をもって一般住宅街の道の真ん中辺りに立った。


対して、エリックさんは俺から20メートル程離れて同じ様に木剣を持って構えている。


俺とエリックさんが相対している状況だな。それをガーネットが少し離れた位置から見ている。


「やったわねジャズ! エリックさんに技を教えて貰えるなんて、滅多に無い事なんだからね。しっかり教えて貰いなさいよ。」


「ああ、わかった、俺もそろそろ何かの技が使える様になりたいと、思っていたところだったんだ。」


「おい、若いの、準備は良いかの?」


「は、はい、宜しくお願いします。」


「では、いくぞい!」


エリックさんは木剣を片手で構え、反対側の脇に添える形にして力を溜めている様だった。


(何だ?! エリックさんの体の周りに何かのオーラの様なものが見える!)


エリックさんの体は、炎か何かの揺らめくオーラの様な何かを纏っている感じだ。


もしかして、あれが闘気ってやつか?


「ゆくぞジャズ! しっかりとその目で見て、体で覚えて自分のものにせい!」


「は、はい!」


俺はただ、身構える。どういった技なのか解らないので、しっかりと見据える。


その瞬間、エリックさんが横薙ぎの水平切りの剣の軌道を描き、木剣を振り抜いた。


その刹那、俺の木剣が上へと弾かれ、跳ね上げられたところががら空きになり、胴体に衝撃が走った。


「ぐっっ!? いってええ!」


なんと、20メートル程も離れているにも関わらず、エリックさんの攻撃は俺に当たった。


目の前には赤い数字で5と表示された。


(マジか!? 只の木剣でこの威力! こいつは凄い! これが技か。)


攻撃の技を受けたところがジンジンと痛み、エリックさんの技の威力の高さを物語っている。


これを今から俺は教わるのか、こいつは期待できる。


今よりも更に強くなる為のステップアップだ。


お腹のあたりをさすりながら、俺は何とか立っている事に自分でも驚き、スキル「タフネス」の恩恵を有難く感じていた。


「ほう、儂の技を喰らって立っているか、中々鍛錬を積んでおるようじゃな。感心感心。」


「す、凄い威力ですね、受けた自分が一番解りますよ。」


まだ痛みが続いている、お腹を擦り、痛みを堪える。


木剣でこのパワー、もしこれが実剣ならば、相当な威力になるぞ。


これが技か、凄いな。俺にも使いこなす事が出来るのかな? 


「今のが剣の技の一つ、「スラッシュ」じゃ。魔法使いは魔法を使う時に、大気中のマナをその体内に取り込み、自身の魔力を重ねて魔法を行使すると聞いた事がある。戦士も同様に、技を出す時は体内の魔力を闘気に変換して武器に乗せ、一気に放出する。これが、技の基本じゃ。」


「闘気、ですか、これが。」


スラッシュか、確かに自分の身に受けた事によって、見様見真似ではあるが、使い方や闘気が何なのかが解る様になっている。


そんな自分に驚きだ。妙なところがゲームっぽいな。


一応この世界は現実なのだが、まあ、異世界か。突っ込んでも始まらん。


「まあ、慣れないうちは接近戦で使っていけばよい。闘気をコントロール出来る様になっていけば、自ずと離れた相手にも攻撃が届く様になるじゃろうて。まずは鍛錬あるのみじゃ、ジャズ、訓練や鍛錬を怠るでないぞ、よいな。」


「はい!」


「よし、まずそこの木に向けて「スラッシュ」を放ってみよ。最初の内は接近戦で試すのじゃ。」


「はい!」


道の脇に生えている一本の木に近づく、その木は至る所に切り傷がついていた。


きっとエリックさんに技を教えて貰った人が、試しに技を出して木に攻撃していたのだろう。


俺も同じ事をしようと木剣を構えた。


(まずは、魔力を闘気に変える。)


自分の体の中を巡っているマナを、闘気に変えるイメージをしてみる。


………うーん、中々難しいな、いきなり闘気とか言われても、ピンとこない。


まだまだ修行が足らないという事か。


しばらく全身に力を掛け続けるやり方で、闘気が何なのかを模索しながら、体内の魔力を練るイメージをしてみる。


「あ! ジャズ、凄い! ジャズの体の周りに何かのオーラみたいなのが出てきた。きっとそれが闘気ってやつよ、凄いじゃないジャズ、エリックさんから教わった技を、もう習得してしまったの?」


ガーネットが驚きながら俺に言った。


俺は目を瞑り、集中しているので、よくわからなかったが、ガーネットが言うには俺にも体の周りに闘気らしきものが出ているらしい。


もしそれが本当なら、俺にはスラッシュが使えるという事になる。


「本当かい? ガーネット、俺の体に闘気が纏っているのかい?」


「ええ、おそらくはね。」


「ほー、こいつは驚いた、ジャズよ、お前さん既に闘気のコントロールが出来る様になっておるようじゃのう。才能とは残酷じゃわい。ふぉっふぉっふぉ。」


そうか、俺にも闘気ってやつが出来たのか、よーし! 一丁やってみましょうか。


まずはあの木に向けてスラッシュをしてみる。


木剣を構え、水平切りの要領で横薙ぎに木剣を振るう。


「スラッシュ!」


接近しての攻撃だからなのか、木を横に切る要領で木剣を横薙ぎした。


メキメキ、バキバキ、と音がして、木がすっぱりと切り倒れてしまった。


街路樹を切ってしまった、町役場の人に怒られるだろう。


「ほーう、大したものじゃ、ジャズよ、ようやった。見事にスラッシュをものにしよったな、うむうむ、でかしたぞい。かっかっか。」


「す、凄い、木が一本切り倒れちゃった。やるじゃないジャズ、もう技を習得してしまったの? 普通はもっと長い間、鍛錬とかを積んで出来る様になるものなんじゃないの?」


「うーむ、よく解らないけど、何とかスラッシュが出来る様になったみたいだ。」


俺はエリックさんの元へ駆け寄り、頭を下げお礼を言う。


「エリックさん、ありがとうございました。お陰で技を習得する事が出来ました、感謝致します。」


「うむ、ジャズよ、先程も言ったが、練習と鍛錬を怠るでないぞ。よいな、慢心が綻びを産むという言葉がある。技が使えるからといって油断せず、更に己に磨きをかけよ。」


「はい! 肝に銘じます、エリック師匠。」


「うむ、………………ゴホッ、ゴホッゴホッゴホッ………。」


突然、エリックさんが咳込んだ。


「だ、大丈夫でありますか! エリック師匠!」


「ゴホッ………だ、大丈夫じゃわい、ちょっと咳込んだだけじゃわい、心配せんでもええ。」


「そ、そうでしたか。それなら良いのですが。」


少しして、エリックさんの咳も落ち着き、呼吸も元に戻った。


そうだよな、エリックさんはもうお年をかなり召している方なんだよな。


無理をさせてしまったか。


ここはもうお暇する方がいいな、エリックさんに記念コインを渡したし、一応俺の目的はそれで果たした訳だし、よし、もう帰ろう。


「エリック師匠、長々とお邪魔してしまい、申し訳ありませんでした。自分達はもう帰ります、お体をご自愛ください。」


「うむ、そうして貰えるとよいわい。ジャズよ、その技で自分の成すべき事を見つけ、日々精進せいよ。」


「はい、師匠。それではこれで失礼致します。」


俺とガーネットは、エリックさんのお家を後にして、それぞれの帰る所へと向かう。


ガーネットはまだ冒険者ギルドに用事があるみたいで、途中で別れた。


俺はそのまま、クラッチ駐屯地へと足を向けて歩き出した。


「スラッシュか、使いこなせる様にならなくては、大掃除が終わったらグラウンドで練習だな。」




ジャズ達が帰った後、エリックはしばしの間、ジャズ達を見つめていた。


「フフッ、最後にあのような若者に出会うか。………ゴホッ、ゴホッゴホッ………、いかんな、夜風にあたり過ぎたかの、今日はもう寝るか。………それにしてもオブライエンの奴め、ようも隠してくれよったわい、まあええわい、こうして儂の元にこの記念コインが戻ってきた事じゃしのう。」


エリックはコインをベッドの脇のチェスト台の上に置き、自身はベッドに入り横になった。


その寝顔は、とても穏やかな表情をしていた。


(何じゃ? 誰かそこにおるのか? 何じゃ、誰かと思ったらオブライエンではないか。まさかお前さんが迎えに来るとはのう。………おや? そこにおられるのは陛下ですかな?)


 エリックが眠る横に、国王陛下即位記念コインが、

今も色褪いろあせる事無く輝きを放っていた。










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