第52話 老兵は死なず ①



 今日は大掃除をするんだそうだ。


兵舎は勿論、クラッチ駐屯地内の全ての基地内の建物を徹底的に掃除するそうだ。


人が生活していると、何もしていなくても自然に汚れるものなのだ。


何故この時期なのかちょっと疑問だが、普通は年末あたりにするもんじゃないのかなと思う。


ニールあたりに聞いてみるか。


「なあニール、何でこの時期に大掃除なんかするんだ?」


「おいジャズ、何言ってんだ? もうじき降臨祭だろうが、それに合わせて今から大掃除するんだよ。」


「降臨祭? 誰の?」


「おいジャズ、何も知らないにも程があるぞ。三柱の女神様の降臨祭に決まってんだろうが。」


「三柱の? ああ! 女神教会の、確か、アルナ様とジュナ様、それとエキナ様だっけ? 女神教で祀られている女神様だよな。」


そうか、女神様の降臨祭とかいうのが近いのか。


これはちょっとしたイベントだよな、その日はお休みになるのかな? 


普通祭りともなると休みになるものだがな。兵士にも休息は必要だし。


「ほらほら、駄弁ってないでお前のベッドを外に出せよ。兵舎の中を徹底的に掃除するんだからな。」


「お、おう、解った。いやに張り切ってるなニール、降臨祭に何か催し物でもあったりするのか?」


「おいおい、しっかりしてくれよジャズ、降臨祭といったら国中でお祭りだろうが、他の国でもやってる事だぞ。女神教は世界中に信者がいるからな。俺の村でもきっと色々準備してたりするだろうな、実家に帰って村での祭りに参加だな、俺の場合。」


「そうか、って事はリップもだよな。お休みになるってのはいいな。」


ふーむ、祭りか、ちょっとだけ楽しみだな。


この世界に転生して初めての祭りだ、俺も楽しもう。


まあ、一人で色々な出店を見て回るのもいいかな、出し物もあるかもしれないし、おっと、その前に掃除だったな。


自分の使っているベッドを外へと出して、床を掃除する。


一度、ほうき塵取ちりとりを持ったからには徹底的に掃除しなくてはならない。


掃除の基本だ。


別に綺麗好きという訳でもないが、掃除した後に綺麗になった所を見ると、心が洗われる感じがするんだよな。


更に自分の使っているロッカーを動かして、床を掃除しようとしたのだが。


俺のロッカーの下からキラリと光る物が落ちていた。何だろうと思いながら拾い上げる。


「これは、銀貨? いや、銀貨じゃないな、何かのコインだな。」


銀貨には女性の横顔が彫られているが、このコインには王冠を被った男の人の横顔が彫り込まれている。


よく見ると「エリック」という人の名前っぽいのが彫られていた。


(これは、何かの記念コインかな?)


丁度そこへ、モップを持ったオブライ先輩が通りかかった。


「あ! オブライ先輩、ちょっといいですか? これ何でしょうかね? 俺のロッカーの下から出てきたんですが。」


オブライ先輩がこちらに来て、俺の手に平に持ったコインを見つめた、そしてモップ掛けをしながら答えた。


「ああ、これ今の国王陛下が即位した時の記念コインじゃないか。俺の爺ちゃんも持ってたよ、俺の爺ちゃんオブライエンって言うんだけど、その爺ちゃんの名前がコインに刻まれていたんだよ。よく俺に自慢してたっけな、爺ちゃんも元軍属の人でさ、当時兵士だった人は皆貰ったって言ってたっけな。」


「へえ~、そうだったんですね、ここに「エリック」って刻まれているから、恐らくエリックさんの物ですよね。」


「ああ、そう思うよ。確か40年前の記念コインだったかな? 今の王様が即位したのも確か40年前だった筈だよ。」


ふーむ、40年前か、結構古い物のようだな。


エリックさんはもう除隊しているだろうな。この町にいるかな? 


このコインを元の持ち主に返した方がいいような気がする。


きっとこれを無くした事に、落胆しているかもしれないからな。


と、そこへニールがやって来た。


「お? 何だそれ、銀貨か? やったなジャズ、がめちまえよ。」


「ニール、オメでたい頭でなによりだな。………オブライ先輩、俺ちょっと人事部へ行って40年前の兵士の資料を探してもらおうと思いますが。」


「ああ、いいんじゃないか。ここの掃除は俺達がやっておくよ。」


「すいません、お願いします。じゃあ俺行ってきます。」


 こうして、士官待機室の扉の前までやって来た俺は、ドアをノックして部屋へ入る。


「失礼します、ジャズ上等兵入ります。」


対応してくれたのはキエラ中尉だった。早速中尉に尋ねてみる。


「おや? どうしましたか、ジャズ上等兵?」


「キエラ中尉殿、少し調べたい事があるのですが、40年前の兵士の記録ってありますか?」


「40年前の兵士の記録? 何かあるのですか?」


「はい、実は自分の使っているロッカーの下から、この記念コインが出てきまして。名前が彫られていますし、元の持ち主に返した方がよろしいのかと思いました。」


そう言って、俺は記念コインをキエラ中尉に見せた。


キエラ中尉はそれをまじまじと見つめて、「ああ、」と何かを思い付いた声を上げた。


「ちょっと待っててください、40年前の兵士の記録ですよね。確かこのあたりに………、あったあった、これです。」


キエラ中尉が兵士名簿のような資料を持ってきてくれた、そこにエリックという名前を探してみる。


「40年前の記念コインというと、今の国王陛下が即位した時の記念に兵士全員に渡されたコインですよね、この資料に乗っていると思いますよ。」


「ありがとうございます、少しお借りします。」


キエラ中尉にお礼を言い、早速探してみる。エリック、エリック、………あった! 


エリック伍長、除隊記録、出身は………、良かった、この町だ。


近くに住んでいるかもしれない。早速行ってみよう。


「ありがとうございました、キエラ中尉殿。」


「おや、もういいのですか?」


「はい、この町に住んでいらっしゃる様です、自分は早速そこへ行ってみようと思います。この記念コインを届けに。」


「そうですか、それがいいかもしれませんね。では、外出許可を出しておきます、ジャズ上等兵、行ってきなさい。」


「は! 行って参ります。」


 こうして俺は、クラッチ駐屯地から外へ出て、町の中へ向かう。


さて、問題はエリックさんが何処に住んでいるのかという事だな。


この町に住んでいる事は解った、今も居るのかどうかは解らないが、探してみる事にした。


(こういう場合は、まず町役場に行ってみて、住民記録からあたってみる事だよな。)


よーし、早速町役場へ行こう。そしてエリックさんにこのコインを渡そう。


そう思いながら町の中を移動し始めた。しかし何だな、町の中がいやに活気に満ちているな。


皆掃除したり井戸端会議したりと、忙しそうにしている。


あれだな、降臨祭に向けて色々準備しているんだろうな。


お祭りか、いいな、こういう雰囲気。


 町の中を移動して、町役場に到着した。早速中へ入る、どこも忙しそうに人が動き回っている。


俺の用事に対応してくれるかな? それにしても役所ってのはどこも変わらない造りをしているな。


カウンターの受付があって、住民の座る椅子があって、何かの情報が書かれているボードがある。


受付にはあまり人が並んでいない、直ぐに俺の順番が回って来た。


「こんにちは、今日はどの様なご用件ですか?」


対応してくれたのは女性職員だった、俺は要件を伝える。


「実は自分はこの町の駐屯地で兵士をやっている者ですが、この町にエリックと言う方がお住まいの筈ですが、何処にお住まいか教えて頂きたいのですが。」


「はあ、エリックさんですか? そう仰られてもこの町にエリックというお名前の方は沢山いらっしゃいますが?」


あ、そうか、エリックという名前だけでは解らないか。


「え~と、40年前にこの町で自分と同じ兵士をされていた方なのですが、確か伍長だったと思いますが。」


「ああ! そのエリックさんでしたか、有名ですよ、その方なら。確か冒険者互助会のメンバーの人で、今も冒険者ギルドで戦術講師として働いていらっしゃるかと思いますよ。」


「冒険者互助会ですか、解りました、どうもありがとうございます。早速ギルドへ行ってみます。」


「確かお家の場所は、一般住宅街の東側にあると思いますが、そちらにいらっしゃらなければ多分ギルドに居ると思いますよ。」


「はい、行ってみます、どうも。」


よし、居場所は解った、家の場所も教えて貰った。早速行ってみよう。


俺はまず、冒険者ギルドへと足を運ぶのだった。早いとここのコインを届けなくては。


きっと今も探しているかもしれないからな。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る