03 : HIDE AND SEEK
マーカスらはブリッジに入った。
船内通話用のモニター類は普通に動いていたが、操船用のコンソールではモニターに『LOCKOUT』の赤い文字が点滅するのみとなっていた。
「ジョーンズはハッキングを、フォードは通信のほうを試してみてくれ」
ジョーンズは技師、フォードは通信士を担当しているので、それぞれに作業を割り振り、航海士のマーカスは航路計算などに入る。
「メーデー、メーデー、メーデー、こちら貨物船いたか丸、現在操船不能な状態にある。救援を請う」
通信機能は制限されておらず、フォードはマイクに向かって救援要請を出した。
もっとも、治安当局の通達が行き渡っていたら、救援が来てくれるかどうか怪しいところではある。仮に救援が来たとしても、到着するのはおそらく一~二週間かそれ以上かかるだろう。果たして、それまで無事にいられるかどうか。
不安は尽きない。
*
船外では、宇宙服を着込んだハリソンとマクレガーが活動していた。
『ハリソンだ、爆砕ボルトのパネルに着いた』
『こちらマクレガー、第三カーゴベイのエアロックに辿り着いた。
ハッチには自動閉鎖機構があるが、マクレガーは外側ハッチのヒンジ部分にドライバーを差し込んで、つっかえ棒代わりにした。
『マクレガー、エアロック内に入った。
エアロック内が閉じていないため、警報ランプが点灯したが、マクレガーはそれを無視して、内側ハッチの回転ハンドルを回していった。
『内側ハッチを開いた』
ほんの少し開いた隙間から、空気が漏れていく。
ブリッジでは、マーカスがレギオンの様子をモニター越しに監視していた。
気圧が低くなったからか、レギオンは体積を膨張させ、一部は霧状に広がって輪郭がぼやけていた。
『よし、いいぞ。塊を維持できなくなったようだ。動きを止めている。ハリソン、そちらはどうだ?』
『あと一分かかりそうだ』
ここまでは概ね順調だった。
『お? アレに変化あり』
モニターの中で、レギオンがヌルりと動き出した。鈍重そうな外見からは想像つかないほど、その動きは機敏だった。
『エアロックの方に向かってる! マクレガー、エアロックから離れろ!』
レギオンはあっという間にエアロックに取り付くと、内側ハッチをこじ開けた。そして、外側ハッチを抜けたばかりのマクレガーに向けて、赤紫色の触腕を伸ばした。
『う、うわあ! いっ、ぎ、ぎああぉああぁぁ……』
マクレガーを捕食しながら、レギオンは船外に出てきた。
『ハリソン! 爆砕ボルトは!?』
『今やる! 点火!』
ハリソンが点火スイッチを入れると、合計四十八ヵ所に設置されていた爆砕ボルトが一斉に火を噴いた。
レギオンが外殻に貼り付いたまま、ゆっくりと第三カーゴベイが船体から離れていく。
『ハリソン! 船内に戻れ!』
『あああ……アレが、向かってくる!』
まだ船外活動中のハリソンめがけて、レギオンが動き出した。
レギオンは第三カーゴベイを踏み台にしてジャンプすると、いたか丸本船に取り付いた。
『ひ、ひいいいい!』
ハリソンは慌てて逃げようとするが、柔軟性に乏しい船外活動服を着たまま、無重力の宇宙空間で船体から離れないように動くのは難しい。
あっという間に、レギオンに捕まった。
『ぎ、げはっ、がっ、が……』
宇宙服内の空気が抜けきるまでの間、ハリソンの断末魔が無線を通していたか丸の全船に伝わった。
*
ゴン……ゴン………ボン……ゴン……
ブリッジにくぐもった音が断続的に響いていた。
船外を歩き回っているレギオンの足音が、船殻を通して伝わってきているのである。獲物がいるであろう船内への進入経路を探しているのもしれない。
自分たちがこのブリッジに隠れているのをアレに感づかれたら、そのまま船殻を突き破って襲ってくるのではないか。そんな風に思えて、マーカスたちは自然と作業の手を止めて、じっと息を潜めながら足音が遠ざかるのを待っていた。
足音はやがて船尾の方へと消えていった。
「はぁ……」
誰からともなく、安堵のため息が漏れた。
そうして、彼らは作業を再開した。未だ、解除できた部分は三割ほどに留まっている。
コンソール下のパネルを開けて、中の回路をいじっていたジョーンズがマーカスに声をかけた。
「マーカス、ここのコンソールだけでは解除しきれない。T-3通路に行って、そこの端末からアクセスしてくれないか?」
「わかった」
マーカスはブリッジを出て、目的の通路へと向かった。
*
マーカスは通路の端末のカバーを外し、内部の配線や基盤に手を入れた。プローブを設置すれば、あとの細かい操作はジョーンズがやってくれるはずである。
等間隔に並ぶ非常用の回転灯が作り出す陰影が蠢き、そこに得体のしれない何かが潜んでいるような錯覚を呼び起こす。
薄気味悪さで集中力が途切れそうになるのを我慢して、マーカスは作業を続けた。
不意に、通路に設置されたスピーカーから、ダグラスの苦しげな声が響いた。
『ぜぇ……はぁ……も、もう……いい、か…………? げふっ』
「船長! まだだ! 今、バイパスコードにアクセスしてるとこだ!」
『ごふっ! げほっ、がはっ……い、急げ……たぶんもう、長くはもたない……そうなったら……』
ダグラスの声が途切れた。
「船長……?」
『あぁ……どうやら、俺は、ここまでのようだ……窓に、窓に……』
「船長!?」
*
展望デッキの窓に向けた椅子に、ダグラスは深く腰掛けていた。
じわじわと肉体が溶けていくという発狂しそうなほどの恐怖を紛らわそうと、先ほどまでバーボンのボトルをラッパ飲みしていたが、もはやボトルを持ち上げることもままならない。侵蝕が進んで両腕ともほぼ完全に赤紫のジェルと化していて、自分では動かすこともできなくなっていた。恐らくシャツをまくれば、肋骨とその内側まで透けて見えていることだろう。
そして、顔の皮膚も溶けかけていた。
「あぁ……どうやら、俺は、ここまでのようだ……窓に、窓に……」
呟きを拾ったマイクが、残りの船員へと伝えた。マーカスらが何か言っているようなのだが、変調は聴覚にも達していて、聞き取れない。
「アレが、来た……アレに、見つかってしまった……」
展望デッキの大型の窓の外に、レギオンが貼りついていた。
触腕で窓を叩いている赤紫のゲルの内部に浮かぶ骸骨は、まるで「見つけた」とでも言うように顎を開いて、ダグラスを見ていた。
「なんと、おぞましい……」
膨張したゲル内には、新たに船外服を着た骸骨が二体埋もれていた。まだ消化しきれていないのか、いくらか肉片も残っている。
ダグラスは猛烈に吐き気を催したが、嘔吐を実行する腹筋や横隔膜などはすでに溶けてなくなっていた。
ピシリと音がした。そしてメキメキと音を立てて窓にひびが入り、空気が漏れ出した。
「神よ、お救いくださ……」
ダグラスが体内のレギオンに制圧されるのと、展望デッキの窓が粉砕されるのはほぼ同時だった。
*
『神よ、お救いくださ……』
ブリッジのスピーカーから船長の呟きが聞こえた直後、減圧警報が鳴り響いた。
「展望デッキ、気圧ゼロ……」
ジョーンズがモニターで確認した。
『アレはどうなった……?』
「ダメだ。まだ、いる……」
漏れた空気で吹き飛ばされてくれればよかったのだが、そうはいかなかった。
展望室の大窓が破損した場合、緊急のシャッターが閉じて空気の漏出を防ぐようになっているのだが、シャッターが閉じきる前にレギオンの本体が入り込んできていた。
今は元ダグラスだったゲルと合流して、一つの巨大な塊となっていた。
『展望デッキの投棄は?』
「まだ無理だ」
システムのロックさえ解除できれば、ブリッジから投棄の操作をできるのだが、それができない。
『アレがそのまま展望デッキにこもっててくれればいいんだが……』
「そうもいかないらしいぞ」
船内の状況を示すモニターには、展望デッキの扉が破損したことを示すインジケーターが点灯していた。
「どうやったか知らんが、ドアを突破したらしい。船内に入ってきたぞ」
『くそっ。ジョーンズ、
「ああ、もうそちらの作業は大丈夫だ」
『じゃあブリッジに戻る。ランベールも、作業を中断してブリッジに来てくれ』
『ランベール、了解した』
マーカスはすぐにブリッジに戻ってくると、状況を確認した。
「アレは今どこにいる?」
「船尾方面のメイン通路を移動して……まずい、医務室の近くまで来てる」
「ランベール! まだ医務室か!?」
『た、助けてくれ! 扉の向こうにアレがいる!』
後片付けに手間取ったのか、ランベールはまだ医務室にいた。
『ぎゃあああああああ!』
医務室のドアが破られる音は、マイクとスピーカーを介すまでもなく、直接ブリッジにまで響いた。
「こ、こんなとこにいられるかっ! お、オレは脱出ポッドに入る!」
恐怖が限界を超えてしまったのか、フォードがパニック状態になった。
「フォード、待て! まだ解除できてない!」
マーカスの制止の声を無視して、フォードが廊下に飛び出した。しかし、そこで足が止まった。
船尾方向の廊下の端を見やると、そこはすでに赤紫のゲルで埋もれていたのである。
「ひっ!」
脱兎のごとく、フォードは船首方面に駆け出した。同時に、ブリッジの扉が閉まった。
位置的に、先にブリッジが襲われるかと思われたのだが、レギオンはブリッジ前を通過して、そのままフォードを追っていった。
*
船内に四ヶ所ある脱出ポッドのうち、船首付近の一つにフォードは辿り着いた。
ポッドに乗り込んで、シートに座った。電源を入れると、各種インジケータが点灯し、ポッドの扉が閉まった。
彼は『
だが、一秒たち、二秒、三秒と待っても、一向に加速が始まらない。
ただ、赤くエラーを示すインジケータだけが点滅していた。
「ひぃっ! ひぃぃっ! このっ! 動け! 動けぇっ!!」
涙目になりながら、何度排出ボタンを押しても、ポッドはうんともすんとも言わなかった。
そうして、脱出ポッドの扉についた小さな窓が、赤紫のジェルで覆われた。
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