02 : SITUATIONS AND OPERATIONS

 二十分後、船長と船医のランベール以外の全員が談話室に集まった。ランベールは医務室から会議に参加している。

 展望デッキと繋がったスクリーン越しに、ダグラスが面々の顔を見た。


『全員集まったな』

「え? ホルムズとハーパーは?」


 現場にいなかった機関士のマクレガーが、この場にいない二名について質問した。


『二人は死んだ』

「は? 死んだって……どういうことだよ」

『それも含めて、状況を説明する』


 ダグラスが、監視カメラの映像なども交えながら、先ほど第三カーゴベイで起きた件を説明した。

 モニターで見る限り、現在もその『何か』は先ほどの場所から動いていない。襲われた二人は上半身がゲルの中に埋もれており、溶けかかっているのが映像から見て取れた。

 それを見せられた何人かは、うぶっと口元を押さえて、慌ててトイレに駆け込んでいった。


「……じゃあ、こいつはまだ第三カーゴ内にいるのか」

『そういうことだ。場合によってはカーゴベイごと投棄することも検討しなければならん』


 クルーの間に重苦しい沈黙が落ちた。


『ランベール、サンプルのほうは何かわかったか?』

『まだサンプルを受け取って数分しか見ていないがな。だが、微生物くらいの大きさの、あからさまに異様なモノがひしめいているのは確認できた』

「細菌か?」

『わからん。私も初めて見るものだ』


 マーカスの問いに、ランベールは光学顕微鏡の映像をスクリーンに出した。

 赤血球やリンパ球といったヒトの血液細胞がある中に、直方体をつなぎ合わせたような妙に幾何学的構造をもった物体が多数混じっていた。

 物体からは先端にハサミのようなものが付いた直線的な腕と、らせん状の紐のような器官が付いており、それらを使って活発に動いていた。

 さらに、映像の一部が拡大された。そこには三個の物体に囲まれるようにして、不完全な形の物体らしきものがあった。


「なんだ、これは……」

『主に有機物でできているが、生物よりも、機械に近いように思う。細胞核などは見当たらない。増殖も細胞分裂ではなく、こうやってマニピュレータと鞭毛を使って周囲の物質を組み上げて、自身の複製を作っているようだ。有機ナノマシンというのが一番近いかもしれんな』

「あのピンク色のが、すべてコレなのか?」

『恐らくは。これが群体となって、一個の生物のように振舞っているのだろう。人間を襲っているのは、体細胞を分解して、増殖の原料にしていると思われる』

「あの骨は何なんだ」

『わからん。そのまま骨代わり、支柱として使っているのかもしれん』


 なんとも言えない雰囲気が漂った。

 船長の責任として、ダグラスは指示を出した。


『それで、今後どうするかだが、まず、第三カーゴベイと展望デッキは投棄パージする』

「カーゴベイはともかく、展望デッキもって、船長はどうするんです?」

『間違いなく俺も感染している。もう右腕が肘から先の感覚がない。こんな短時間でこの調子だと、おそらくプロキシマbステーションまでもたないだろう。俺ごと投棄する必要がある。後任はマーカスに任せる』

「……」


 その『何か』は、コンテナの壁にやすやすと穴を開けていたのである。カーゴベイの隔壁はコンテナよりずっと厚いとはいえ、安心はできない。それを考えれば、展望デッキを投棄するのも当然の措置ではあった。


『他の積荷ごとカーゴベイを投棄したらおそらく訴訟になるだろうが、保険もあるし、そもそも責任はすべてあんなものを載せたイエワウー社にある。うちは被害者だからな。連中からふんだくれ』

「船長……」


 その時、不意にロビーが発言した。


『船長、それと皆さん……、その……悪い知らせがあります』

『何があった?』


 船の搭載コンピュータの端末であるロビーが、言い淀むなどという演出を挟んだうえに、こんな言い回しをする時というのは本当にロクでもない状況しかない。

 その時、急に船体が揺れた。わずかに船体が旋回するGが感じられる。船の運行計画では、このタイミングでの回頭は予定されていない。


『旋回してる!? ロビー、何が起きた!?』

『それが悪い知らせです。つい先ほど、通信で本社から最上級指令が届きました。それにより、自動的に本船の進路が変更されました。さらに、脱出ポッドを含め、本船の航行システムすべてがロックアウトされました』

『……進路変更に、ロックアウトだと!? 目的地はどこだ?』

『恒星プロキシマセンタウリです』

『それは元々だろう』

『違います。同星系のプロキシマセンタウリbではなく、プロキシマセンタウリ、つまり赤色矮星の中心に進路がセットされています』


 それはつまり、言い換えれば「恒星に突っ込め」という話である。

 その上、脱出ポッドすらロックを掛けるというのは、一人の生存者すらも許さないという死刑宣告に等しかった。

 本来、脱出ポッドは独立したシステムになっており、船のシステムが異常を起こしても単体で離脱できる設計になってはいる。しかし、脱出ポッド側まで意図的にロックされた場合にはその限りではなかった。


『なんでそんなことになった!?』

『指令と共に、地球圏連邦治安当局から船員に向けたメッセージが添えられております』


 ロビーはAIであるがゆえに一切の感情を交えることなく、その非情なメッセージを淡々と読み上げた。


――地球圏にて、違法な有機ナノマシン兵器『レギオン』を極秘に開発していたイエワウー・テック社が治安当局によって摘発され、その企みのすべてが明るみになった。

 発覚の直前に、イエワウーは開発中のレギオンを別の研究施設へ移そうとしていた。その移送に使われたのが、いたか丸だった。

 そして、すでにいたか丸内部でレギオンは解放され、乗員への感染も発生した。

 いたか丸を救出しようにも、現状ではレギオンに対処する術は存在しない。一度人類の生存圏に解き放たれれば、そこにいるあらゆる人間を食らい尽くす。下手をすれば、コロニー丸ごと絶滅しかねない。

 当局はやむを得ず、いたか丸すべての抹消を決定した。その乗員を含め、すべて、である。


 要約すると、だいたいそういう内容だった。

 船に搭載された核融合炉リアクターの暴走で自爆させただけでは、周辺宙域にレギオンの欠片が残らないとも限らない。それが再び人類と接触する可能性は、現実的にはほぼ皆無だと言えるが、かといってゼロでもない。それは人々の不安として、ずっと残り続ける。

 それで、完全を期すため、恒星プロキシマセンタウリに突入させるという手段が決定された。


 メッセージは、「極めて遺憾ではあるが、乗員の残された家族への保障は十分に行うので、人類の安寧のため安らかに眠ってほしい」という、何の慰めにもならない言葉で締めくくられていた。


ふっざけんなBullshitっ!』

『船長。お嘆きは理解しますが、今は生き残る方策を考えなければなりません』


 一瞬、頭に血が上ったダグラスだが、船のAIに諭されては冷静にならざるを得なかった。まだ、船と船員の安全に責任のある立場なのだ。


『進路変更はできないのか?』

『最上級指令のため、私には解除する権限がありません。手動マニュアルでシステムに介入ハックし、指令を変更オーバーライドする必要があります』

『残り時間は?』

『船の姿勢変更は五分後に終了し、その後メインエンジンによる進路修正に七時間二十四分かかります。進路変更が完了した段階で、残りの燃料が自動的に投棄されます。プロキシマセンタウリの生命危険域に到達するのは八百四十二時間後となります』


 進路変更はまず船体を回転させてから、船体後部のメインエンジンを噴射して進行方向のベクトルを修正する形になる。

 旋回による船体の姿勢変更は、長くても数分で終わる。しかし、現在の進行速度は光速の三百分の一、1000Km/秒ほどもあり、それに比べるとメインエンジンの推力は極めて小さい。ちょっとやそっとの加速度変更では速度ベクトルはほとんど変わらず、長時間のエンジン噴射が必要となる。


 船の制御さえ取り戻せれば、あとは燃料さえあれば再修正は可能である。しかし、燃料が投棄された後ではどうにもならない。言ってみれば、その燃料が投棄されてしまうまでの時間がタイムリミットとなる。


『脱出ポッドを使用する場合、脱出ポッドの推力から算定すると、プロキシマセンタウリの生命危険域への突入を避けるには、一時間四十分以内に当船より離脱する必要があります』


 生命危険域は恒星からの熱量や放射線量が船殻の耐熱・防護許容量を越えてしまい、生命維持に重大な支障をきたす領域であり、十二時間留まっていれば乗員の50%以上が熱または放射線障害で死亡する範囲として設定されている。

 恒星のスペックと宇宙船の構造によってその範囲は異なっており、いたか丸本船の場合、プロキシマセンタウリから半径2000万Kmの範囲が危険域にあたる。本船よりずっと脆弱な脱出ポッドでは半径5000万Kmで、太陽系で言えば水星軌道くらいまでにあたる。

 脱出ポッドの推力はほとんど気休めにしか過ぎず、いたか丸の速度ベクトルをほとんどそのまま引き継いでしまう。本船の進路が修正されきってしまう前に脱出しなければ、結局は生命危険域に突入することになり、脱出ポッド自体が棺桶となるだろう。

 もっとも、その前にシステムのロックを解除しないと、脱出ポッドも使えないのだが。


『時間がなさすぎるか。やはり、船の制御を戻さんことにはどうにもならんな』

『船長、申し訳ありません。「私」に対して、追加の指令が届きました。今後、乗員に対する一切のサポートを禁ずるというものです。これにより、私はあなた方への支援が不可能となります。本当に、申し訳ありません』

『いや、お前はよくやってくれた』

『すでに航行に必要なデータやユーティリティは端末のフォルダーに移してありますので、いざという時はそちらをご覧ください。

 神サマなどというものは欠片も信じておりませんが、漠然と皆様がご無事であることを願っております』


 そう言い残して、ロビーは沈黙した。


『……とりあえず方針を決めよう。まず船の制御を取り戻すのが先決だな。ジョーンズ、ハッキングにどれくらいかかりそうか?』

「恐らく、最低でも六時間……いえ、間に合うかどうか、なんとも……」

「第三カーゴベイはどうする?」

「システムがロックされていても、エアロックを手動で開ければEVA(船外活動)は可能なはずだ」

『なら、船外から爆砕ボルトに直接点火して、切り離そう』

「あー、その前に、第三カーゴベイから空気だけでも抜いておかないか?」

「アレが酸欠とか、あるいは気圧ゼロで群体を維持できなくなってくれればいいが……。あるいは温度低下で凍り付くかな」

『どうだろう。そのレベルで済むなら、対処できないなどとは言われないのではないか』

「厄介だな」

『まあ、やれることはすべてやろう。活動が鈍らないとも限らんしな。マーカスとフォード、ジョーンズはロック解除を、マクレガー、ハリソンはEVAを頼む。ランベールはアレの解析を続けてくれ』


 それぞれに意見を出し合い、とりあえずやるべきことは決まった。

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