4.
「何の話をしていたんだ?」
ゲンシの横でヨシは自転車を引いて歩いている。二人ともスニーカーでズボンの丈が長かった。
「ネコ」
ヨシは小さな声で答える。
「ネコがどうした?」
ゲンシはヨシの自転車のカゴにカバンを入れて、手をブラブラと振っている。いつも格好を付けて、それでいて自然体だった。
「ネコ殺したことないくせに、って言われた」
ヨシはゲンシの方を笑いながら見つめる。つい面白がって笑ってしまうのが癖だった。親から笑顔が大事と教育されたが、いくらなんでも笑いすぎだ。
僕の親は育て方が下手だな、とヨシはしみじみ思う。そういう俯瞰した物の考えだけは、他の子どもよりも大人びていた。
「当たり前じゃん。だって、殺してないんだろ?」
ゲンシは大きな声で笑う。
二人は歩き出し、田んぼ道を通って川を越える。橋の向こうにもっと大きな鉄橋が見え、夕日が沈むところだった。
ヨシは、ゲンシにはネコ殺しの話をしたことがなかった。
子どもの頃から二人は常に一緒だが、動物を痛ぶる時はヨシ一人でやっていた。時々誰かを誘ったが、ゲンシとは関係がなかった。
「お前は殺してないだろ?」
ゲンシは、急に不安になったようにヨシの顔を覗き込む。ヨシは川を見ていた。あの向こう側に東京があるな、と方角だけを確認する。自分はいつか東京へ行くことがあるだろうか。行きたいとは思わないが。
「なぁ、殺してないんだろ?」
ゲンシが得意の尋問をしてくる。
ヨシは話すのが得意ではなく、ゲンシのよく回る思考や口が少し羨ましかった。
「どうして急に押し黙るんだ?殺してないなら、そう言えばいいだろう?」
ゲンシは怒ったような顔で眉を寄せた。金髪の髪が夕日に照らされて発光して見えた。
「ゲンシはさ、なんでそんなにすぐ髪型を変えるの?」
ヨシはわかりやすく話題を変える。不都合な事実を無視するのが得意だった。集中力が無いのかも知れない。
「は?髪?こんなもんは気分だよ。邪魔くさくなったらすぐ切るし、良いと思ったら色を変える」
ゲンシは笑って答える。髪型に注目してもらえたことが嬉しい、と直感で分かった。冷めた振る舞いをしながら、実はとても素直な性格だ。
「ふうん。誰かに見せるため、ではないんだね」
「誰かって、誰だよ」
「彼女」
ヨシはニコニコしながら言う。
ゲンシはバツが悪そうに髪をかき回す。
「彼女なんかいないよ」
「えっ、そうなの。前に女の子と映画観に行ってなかった?」
「あれはただの友達だから」
「浮気男がよく言うやつだ」
ヨシは無邪気に手を叩いて笑う。実際は、ゲンシが誰と何をしていようがまるで興味が無かった。たまたま、教室で話題になっていたことを思い出しただけだ。
「一体何人と付き合ってるんだろうね」
ヨシは自転車を引いて歩く。もうすぐ自分の家が見えてくる。鬱蒼と繁った大木が目印だ。裏にはトタン壁の工場がある。
「今日は寄って行くの?」
首を傾げてゲンシの顔色を見る。ゲンシは、いやいいよ、と手を振ってソッポを向いた。
ヨシはもう少しこのからかいを続けていたかったから、残念に思った。
「じゃあ、また明日」
ヨシは自宅の塀の前で立ち止まる。ゲンシは手を大きく挙げて川沿いに歩いて行った。背中が遠くなって行く。水色の手すりを覆うように菜の花が咲いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます