3.

「ウソつき!」

 唐突に、目の前の少年がそう言い出した。

 こちらへ指をさしてしかめ面をしている。

 ヨシは首を曲げて瞬きをする。意味不明で何を言っているのか分からなかった。

 授業が終わり、カバンに荷物を詰め込んで帰るところだった。

 何が、と小さな声でヨシは反論をする。

 同じ高校二年生でも、少年は早生まれなのか身体がひと回り小さかった。

「猫殺したって、ウソじゃん!」

 いつの間にかヨシたちの周りに人が集まってきていた。女子生徒が意味もなく笑っている。

 ヨシは、その時に笑った少女の顔を決して忘れなかった。彼は記憶力がとても良く、人をマークするのが得意だった。まるで頭の中のカメラで写真を撮るように、一度で完璧に記憶した。

「前、僕は猫を殺すなんて言っていたのに、全然殺してないだろ。殺したなら見せろよ!」

「ナイフは持ってるんだろ」

 隣にいた少年も入ってきた。御坊ちゃまのような丸い髪型をしていた。

 ヨシは普段からあまり話さない。友人はゲンシくらいで、クラスにも馴染めなかった。ゲンシは別のクラスだ。

 面倒な奴らに捕まったな、とため息を吐く。自分は何も言っていないのに、どうしてこうも色々な子どもが寄ってくるのか不思議だった。

 うん、と首を縦に振る。早く解放されたかった。

「出せよ」

 御坊ちゃまのような少年がヨシの足元を指さす。確かに、靴の底にナイフを隠し持っていた。自分としては護身用のつもりだ。

「ナイフ隠してるの知ってるぞ」

「でも、ネコ殺したことはないんだろ?」

 ヨシは二人を交互に見つめてニコリと微笑んだ。どんなに鬱陶しくても良いことを言うな、と嬉しくなる。

 つい先日も、ヨシは子猫を一匹ビニル袋に詰め込んで川に流した。ただ川に放り込むよりも確実に死ぬからだ。

 本当はまたナイフで切り裂いて殺そうとも思ったが、あまりにも小さく、やりがいを感じなかった。

「殺したのなら見せろよ」

 少年たちは挑発するようにニヤニヤと笑い続けている。周りにいた女子は悲鳴のような声をあげていた。

 ヨシは眉を少し上げて同じくらいニヤニヤと笑って見せる。

「いいよ」

 最高の笑顔で答えた。

「おっ、言ったな?嘘つくなよ」

「うん。嘘じゃないさ」

 やめなよ、とひとりの少女が彼らの間に割って入ってきた。不安そうな顔をしている。

「入ってくんなよ!虫も殺せないんだろ」

「男の会話に入るな、バカ」

 酷いことを平気で言い合うのを笑って聞いていた。

 教室にいる人数は減っていき、今はヨシの机の周りに数人残っているだけだった。外は天気が良く、夕日が差し込んでくる。

「じゃあ、約束な。分かったか?」

 大きな顔をした少年が指をさしてくる。

 ヨシは真っ直ぐにその眼を見つめてうなづいた。

「おい、ヨシ!いつまで待たせるんだよ!何やってんだ?」

 その時、ふいに聞き慣れた声が自分を呼んだ。

 廊下の方を見ると、大きなゲンシがこちらへ手を振っていた。この前、ヨシの家へ遊びに来た時とは髪型が違っていた。金髪になっている。

 ヨシは顔を上げて、目の前の少年たちに視線を戻す。

 彼らは少しバツが悪そうにうつむいた。

「じゃあな、約束を破るなよ!」

 そんな捨て台詞を吐いて去っていった。少女たちも離れていった。

 ヨシはカバンに教科書を詰め込んで肩から下げる。この余計な重さが大嫌いだった。全部置いていってやろうかとも思ったが、以前それで呼び出しを食らってしまったからやめた。

「さっさとこっちへ来いよ!」

 ゲンシが背中を見せてスタスタと歩いて行く。

 ヨシはその後ろを急いで追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る