2.

 ヨシは、ネコを殺すのが好きだった。

 血が噴き出るような派手な殺し方が良かった。

 何匹か殺したことがある。魚と一緒だ。

 首にナイフを突き刺せば簡単に死ぬ。どうして魚を殺しても良いのに、ネコは駄目なのか。その理屈がどうしても理解できなかった。

 魚は良い、牛も羊も猪も良い。鳥だって良いだろう。どうしてネコは駄目なんだ?可愛いからか?鳥だって可愛いだろう。

 幼児期のヨシは、ほとんど一人で過ごしていたが、時々、彼と同じくらい残虐な子どもと一緒に虫や小動物を痛ぶっていた。

 どうしてこんなに面白いのだろう?

 ヨシは、自分の身体から湧き上がる情熱に抵抗できなかった。ミミズを踏み潰し、アリの巣を埋めた。ネズミの歯を叩き割り、スズメをコンクリートに叩き付けた。

 どうしてこんなに面白いのだろう?

 ヨシは、躊躇なくそれらの残虐な遊びを楽しんだ。

 時々、教師に見つかって呼び出されたこともある。母親は何度も注意を受けていた。その度に、ヨシはすさまじい勢いで怒鳴りつけられた。

 ヨシの母親は気性の荒い人間で、感情表現が極端だった。腹を立てれば何時間でも怒り狂い、気分が良いときは、ベタベタに彼を甘やかした。

 ヨシの家は、村で最も有名な資産家だった。

 有り余るほどの土地を有し、欲しいものは何から何まで買ってもらえた。近所の駐車場はすべて彼ら一族の所有だった。

 ゲーム、オモチャ、自転車、洋服も靴も、ヨシが一言「欲しい」と唱えれば手に入った。

 特に、祖父の溺愛は常軌を逸しており、突然、現金数十万円を投げつけられたこともある。酒を飲んで気分が良いだけだった。

 当たり前のように金があった。

 何から何まで彼のものだった。

 同年代の友人が何かを欲しがっているのを見ると、いつも先回りして自分のものにしてきた。そうして、悔しがる顔を見るのが大好きだった。

 当時のヨシが最も欲しかったものは、新しいナイフだ。

 ヨシが初めて刃物に惹かれたのは、祖父が研いでいた包丁だった。その吸い込まれるような美しい波模様へ夢中になった。

 一本ではなく、何本も並べて置きたかった。切っ先に凹凸のあるもの、包丁のように滑らかなもの、握りやすいもの、ありとあらゆる種類を集めたかった。

「ヨシも触ってみるか?」

 祖父が笑いながらヨシの頬に包丁を当てる。

 ヨシはピクリとも動かず睨みつける。

「うん、触ってみたい」

 ヨシは包丁を受け取り、研ぎ石の上で動かし始める。

「そんな角度じゃ折れてしまう」

 祖父は横から口を出し、自分の指で指示を出す。

「このくらいだよ」

 ヨシはその通りに刃物を研いだ。途中で爪まで削ってしまった。

「殺すのは気分がいいからな」

 祖父が唐突にそんなことを言う。

「どんなもんでも、命が尽きる瞬間は見ていて気持ちが良い」

 ああ、この人は僕の家族だ、とヨシは改めてそんな確信を持つ。

「うん、分かる。死ぬ瞬間が最高だよね」

「お前、まだ小さいのしか殺したことないだろう。もっと大きな動物を仕留めると、もっともっと面白いぞ」

「いいなぁ、僕もやってみたい」

 ヨシは、熊や鹿を殺すことを想像した。大きな動物はなかなか死なないから、痛ぶる時間も長いだろう。楽しみだった。

「きれいだ」

 ヨシはうっとりしながらつぶやく。

 磨かれたナイフは鏡のようだ。

 その透明な切っ先を見ているだけで気分が良い。

 肉を裂き、真っ赤な血が飛び出るのを想像する。

 たまらない。

 きっと僕は病気だろう。

 ヨシは、なんとなく理解していた。

 一度でいいから、人を刺してみたい。

 いつからか、彼はそんなことを願うようになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る