ら
yuurika
僕の目と君の口
1.
「僕はセックスで興奮しないんだ」
ヨシはうつむくと退屈そうに言った。
手元には女性の裸が表紙を飾る雑誌が握られている。ページをめくるのも気だるそうだった。
ベッドの上に寝転んで、丸めた布団にもたれている。引きこもりらしく、色白で目が細かった。
「へぇ、すごいことを言うな」
ゲンシは思わず笑ってしまう。
「だって、なんか汚いっていうか、きらいなんだよね」
ヨシは、細い目で真っ直ぐにゲンシを見つめる。ピクリとも動かない。口元は笑っていた。よくそんな大胆なことを平気で言えるな、と感心してしまう。それはヨシの性格的特徴だった。
「女の子が嫌いなのか?」
ゲンシはベッドの下で足を伸ばしている。ヨシの部屋は几帳面に整頓されており、物がほとんど置かれていなかった。
「ううん。女の子は大好き。中学生くらいが好き」
これまたとんでもないことを平気で言ってのける。彼らは二人とも高校二年生だった。
「中学生?嘘だろ、捕まるよ」
「えっ、どうして?可愛くない?」
「可愛いけど、ダメだろ、さすがに……」
ゲンシは露骨にヒイてしまう。まさか幼馴染がロリコンだとは思わなかった。ヨシとゲンシは家が近所で、子どもの頃からの顔見知りだった。
昔からオカシな奴だとは思っていたが、ここまでとは思わなかった。
「えー、ゲンシならわかってくれると思ったのに」
「普通に同級生と付き合えよ」
「やだよ。同い年なんて」
ヨシは分かりやすく口を尖らせた。
「じゃあ、年下しか興奮しないのか?」
「うん」
「でも、その、そういうことでは興奮しないんだろ?あの、なんて言うか、関係を持つというか……」
ゲンシはとても恥ずかしがり屋で、卑猥な単語を口に出来なかった。自分は今きっと、顔が真っ赤だろうな、と予想する。恥ずかしい。
「セックス?うん、セックスはしない。でも、血が見たい」
当たり前のように言う。
「は?」
ヨシとゲンシは見つめ合い、固まってしまう。
「セックスはしなくてもいいから、中学生の血が見たい」
ゲンシは、しばらく黙って幼馴染の顔をまじまじと観察した。
ヨシは、どこにでもいる普通の少年で、眼がとても綺麗だという以外は、何の特徴もない。耳が少し大きいくらい。髪はクルクルとパーマがかかっていた。今は、Tシャツを着ている。
「なんだよその血が見たいって。なんか危険人物みたいだな」
「胸を刺して血が見たい」
「刺す?お前、いよいよヤバイな。それ、俺以外に言わない方がいいよ」
ゲンシの当然の忠告に、ヨシは子どものように首を傾げる。何がオカシいのかさっぱり理解出来ない、という純粋な表情だった。
「刺しちゃダメだろ!絶対に」
ゲンシはキッパリと言い切った。どちらかと言うと正義感が強く、悪いことが大嫌いだった。
「うん。わかってはいるけど、やってみたいよね」
「ダメだって言っているだろ!」
「だって、僕、ナイフもたくさん持っているから、試してみたい」
ヨシはそう言うといたずらっぽく笑った。天使のような可愛らしさだった。二年生になったばかりの頃、一度、ヨシはナイフを学校へ持って来たことがあった。教師には見つからなかったが、クラスの中では話題になっていた。
当の本人は平気で、何を言われても気にしていなかった。
「おい。やめろって言ってんだろ!刺したら刑務所へ入ることになるぞ。そんなバカなことするな、絶対に!」
「うん。だから、まんがを読んだり、インターネットの動画でがまんしているんだ」
「そんなもん見てるの?刺したりするの?」
コクリ、とヨシは頷く。
部屋の片隅にPC が置かれていた。
「たまに縛ったりするよ」
ヨシは首を絞めるようなジェスチャーをする。
「縛る?なんだそれ。怖すぎだろ」
「だって、そのくらいしないと興奮しないでしょう?」
ゲンシはしばらく黙りこんでしまった。何を言えば良いのか分からない。こんなに怖いことを平気で言うなんて。頭は大丈夫だろうか。
「もういいよ。その話は……」
ゲンシは嫌になってしまった。
ヨシはずっと楽しそうに笑っている。
「ゲンシはセックスをするの?」
急に話を変えられて驚いてしまう。どうしてこんなにも簡単にその単語を言えるのだろう。
「は?何を言ってんだよ。急に変なこと言うな」
クスクス、とまた嬉しそうにヨシは笑い出す。
「変なことって何?セックスするの?しないの?ねえ」
詰め寄るように聞いてくる。眼をそらすこともなかった。ネコのようにまとわりついてくる。
「なんでそんなことを答えなきゃいけないんだよ!」
「だって知りたいもん」
「は?」
「ゲンシがセックスするかどうか」
「もうやめろ。今日のお前はオカシいよ」
ゲンシは手を叩いて調子を変えようとした。この話題はこりごりだった。
その時。
生暖かい感触が口に触れた。
鼻先が触れる。
驚いて眼を見開く。
「なん……」
ゲンシはヨシにキスをされてしまった。
二人はしばらくそのままの格好で停止した。
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