過去話 甘味と鉄分

最近禁煙を始めた。

別に健康志向に目覚めたわけではない。ただ同居人がそれこそ健康診断で咎められたことから禁煙を始めて数ヶ月。流石に彼の手前煙草を吸ってしまっては可哀そうなものだろうと自主的に始めただけだ。そのため最近の仕事のお供はもっぱら同居人がもらってきたフルーツ味の飴。


「いたっ」


リンゴの味を堪能することもなく考え事をしていると、口の中に溶けていく飴に出来た不揃いの鋭い穴に舌が引っかかってしまった。それと同時に僅かに鉄の味が口内に生まれる感覚。嫌な予感がして近くにあった箱からティッシュを取り出して舌の先端を押さえてみる。そして数秒経ってティッシュを舌から離すと案の定真っ白のはずだったところに赤いシミが生まれていた。


「うぁ…はいやくや…」


染みるのが嫌で舌を出しながら呟くのは何とも間抜けなことだろうと思ったが背に腹は変えられない。果たしてどうしたものか…そう考えていると突然ノック音が静かな部屋に響いて自室の扉が開いた。


「宮さーん今日の晩御飯なんですけ…ど?」

「あ」


件の同居人の登場である。彼は部屋に入って俺を見るなりゆっくりと手元と俺の状態をみやると声を失ってしまった。そりゃあこんなおっさんが昼寝してるのに舌を仕舞い忘れた猫みたいな間抜け面をしていたら絶句もするだろう。どう言い訳しようか。何を言えばいいか考えている俺と何を考えているのか分からない同居人の沈黙が続く。そしてその長かったようでそんなことなかった沈黙を破ったのは同居人の方だった。


「えろ」

「……あ?」


まさかの言葉に今度は俺が絶句した。なんだこいつ特殊な性癖でもあるんだろうか?


「ん…いやぁ今のは冗談ですよ冗談!!」


口に出すつもりがなかったのか同居人は一呼吸おいてから顔を真っ赤に沸騰させて明らかに動揺を見せる。


「人の痛みも知らないでよくそんなことが言えたな」

「違うんですってばぁ!」

「何が違うんだよ、大体手元にある血に染まったティッシュ見れば分かるだろうが」

「もちろん分かってましたよ!」

「分かってたら大丈夫ですか?とか聞くだろ普通」

「それはほんとにすみません…」


いつの間にか正座をしていた同居人は至極申し訳なさそうな顔をしてその場でおでこを地に押し付ける。

若干の危機感を覚えた俺は今後しばらくは飴を控えようと心の中だけで誓うのであった…。



(暗転)

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