第3話

 午後の授業はつつがなく進んだ。

 しかし、

「……」

「……」

「……」

昼休み以降両隣との会話は一切なし。

 美智のせいで渡を見ると変に意識してしまう。かといって美智に話しかけようとするも、全く直っていない寝癖にどんなことを言われるか想像すると、話しかけづらい。

 そんな花澄だけが感じる気まずい空気の中で、あっという間に時間は過ぎた。


 そして、時間は放課後。

「……ここかな」

 七時間目が終わり、花澄は、待ち合わせ場所である体育館裏――の一歩手前まで来ていた。校舎の壁にもたれかかり、息を整える。

 かれこれ3分ほどここで休んでいるのだが、速まった鼓動は、一向に収まりそうにない。

 壁越しに、暑苦しいほどのかけ声が聞こえてくる。もう部活が始まる時間なのだろう。幸い、花澄は部活に入っていないので、部活に遅れる心配はない。

 来るのが遅れてしまい、教室から走ってきたが、きっと相手はもういるだろう。

 そーっと、壁から顔を出し、向こう側の確認をする。

「⁉」

 思わず、勢いよく顔を引っ込めてしまう。

(……いた)

 一瞬だったから顔は見えなかったけれど、確かに人がいた。

 分かっていたことでも、改めてそこに人がいたとなると、どうにも驚いてしまう。

 だが、ここで躊躇っていても、相手に失礼だ。

 胸に手を当てて、鼓動を落ち着けるように一度、大きく深呼吸する。

 そして花澄は、緊張で震える足を一歩前に出した。

 一瞬ではなく、しっかり見た彼の姿。

 壁にもたれかかりスマホを触るその姿に、見覚えがあった。

『じゃあその千田君は?』

 美智から言われた言葉が、頭の中に響く。

「千田……?」

 その声でこちらに気づいたのか、スマホをポケットしまうと、こちらに振り向いた。

「よう」

 どうやら、美智の予想が的中していたようだ。


 告白まで、あと15分。



「ごめんな、あんな形で呼び出して」

 向かい合ってから数秒続いた沈黙を破ったのは、渡だった。

「だ、大丈夫……」

 一言交わしてから、また、沈黙が訪れる。

 花澄が目を合わせないから、余計に話しかけにくくしてしまっているのだろう。

「あ、あの」

 今度は、花澄から話題を振る。

「ここ、すごいね」

 目を逸らすように、視線を横に向ける。つられて、渡も横を見た。

 体育館裏は、この学校では思わぬ隠れスポットのようだ。

 東に校舎、西に木々があり、日差しにも人の視線にもさらされない。備え付けのベンチは屋根に守られていて、雨でもそこまで濡れることはなさそうだ。虫がいそうなのが最大の欠点だが、正直あまり気にならない。

 明日にでも、美智と二人でご飯を食べに来たいくらいだった。

「来たことなかったのか?」

 こくりと頷く。

「あ、でもここで昼飯は食べれないぞ?」

「……え?」

 心の中で思っていたことを否定され、ついたじろいでしまう。

「昼休みはたいてい、カップルがいるから」

「……」

 渡は、どこか遠い目をしている。

 確かに、カップルがいるような場所でご飯は食べられない。目の前でいちゃつかれたら、ご飯の味なんてろくに感じないだろう。

 きっと、カップルを見たときの光景を思い出したのだろう。渡は、深いため息をついた。

「見つけたとき、最高の昼食スポットだと思ってたんだけどな……」

 その言葉に、思わず花澄は渡の方を向く。

「おんなじ……」

「ん?」

 渡も、こちらを見る。ここへ来て、初めて目が合った。

「私も、おんなじこと思った……!」

 あんなことを言ったのは、渡もここでご飯を食べようと考えたから。決して、花澄の心を読んだからではない。ただ、同じことを思っただけだ。

 ほんの少しの安心感と、小さな嬉しさのせいで、さっきはいつもより声が大きくなってしまった気がする。

「あ、滝川も? こういうところで飯食うって、絶対うまいよな」

「千田、食い意地張ってるね」

 自然に、口から軽口が漏れる。

「それ言うなら、滝川もだろ」

「け、景色楽しみたいだけだし」

「『花より団子』って知ってるか?」

「……」

 何も言い返せなくなってしまい、無言でうつむく。自分から仕掛けておいて、なんとも格好悪い。

 一瞬の沈黙が訪れ、体育館から、ボールを突く音が響く。

「ぷっ」

 渡の口から、笑い声が漏れた。

 弾かれたように顔を上げると、目が合った瞬間、ついに渡が噴出した。

「ちょっ、笑うことなくない?」

 抗議するように、ちょっと睨んでみる。顔が怖くなっているかは分からないが。

 だがそれでも、渡の笑いは止まらない。

「なんだよー、最初緊張してたのに、台無しじゃねぇか!」

 お腹を抱えながら、そんなことを言ってきた。

 そこで、ふと気づく。

 そういえば、さっきまであった緊張が、嘘のようになくなっている。

 軽口を叩けるくらいだ。さっきまで自分は、一体何を心配していたのだろう。

「そうだね。ほんと、私も緊張してたのに」

 花澄は、素直に頷いた。

「……‼」

 渡みたいに、たくさん笑うことはできない。シンプルに、頷いただけ。

 そのはずなのに。

「……どうしたの?」

 渡の顔が、なぜか赤くなっていた。

「……どうしたの?」

「いや、お前……」

 探るように、じっと見つめると、腕で顔を隠してしまった。

「な、なんでもない」

「絶対ある……」

 なんだか、こんなやり取りを最近した気がする。

 渡は後ろを向いて、深呼吸している。

「と、とりあえず!」

 くるりと振り返った渡の顔は、まだ少し赤みが残っていた。

「そろそろ……本題に入っていいか?」

 その言葉に、体が強張る。

 とっさのことで声も出ず、ただ首をこくこくと縦に振る。

「わかった」

 花澄の反応を見て、渡は、こちらに向き直る。

 こちらをまっすぐ見つめる瞳と、約20センチ下から相対する。

「そ、その……」

「……」

 渡の目が、右往左往している。必死に言葉を探すように。

 もう既に、さっきまでの和気あいあいとした雰囲気はない。ここへ来る直前と同じような緊張が、ぶり返していた。

「つ、」

「……っ!」

 思わず、スカートをキュッっと握る。

 耳もとで聞こえる鼓動がいやにうるさい。体育館からの音はもう、その音にかき消されていた。

 そして、ついに。

「付き合って、くれないか……?」

 

 告白まで、あと、0分。

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