約束と指輪



交際がスタートしてから少しして会社でも

噂になっていたが別に隠す気もなかった。


仕事は仕事と割り切っていたし僕は営業で彼女は違う部署での事務員だ。あまりそこまで仕事でも関わりが無かったので割り切るのは容易い事だった。


付き合い始めて3ヶ月目の事

お互いの事を少しずつ分かってきてお互いの悪い部分もよく見えるようになってきたけど


お互いがもう30代のカップルだ。

受け入れる事と受け入れてもらう事をお互いが大切にしているので喧嘩が起きそうになってもなんとか2人で解決してこれた。


彼女は僕の事を『ダイちゃん』や『ダイ』

僕は彼女を『ミツキ』や『ミツ』と呼ぶようになった


たまに『ヒロくん』とも言われるがこれは僕の名前がヒロトとも読めるから。


だけどそれを僕は嫌がる。その嫌がる僕を見ているのが彼女は大好きだった。それはしっかり伝わっていた。


ヒロくんって言ってくるタイミングが絶妙で

本当にイラっとくる時もあったけど


3歳年上の彼女からしたら僕が少し子供に見えたのだろう。イタズラや意地悪を僕にたくさん仕掛けてくる


そんな日々も愛おしくあっという間に

時間が過ぎていってしまう。



そんなある日の事


付き合い始めて6ヶ月目、早くも同棲を考え始めた頃だった


部屋のインテリアや新しく借りる部屋の方角について喧嘩になった


これが初めての本当の大喧嘩だったかもしれない


何故あの時、僕もあんなにこだわって譲れなかったのかはしっかり思い出せない。

些細な喧嘩が大きくなってしまっただけだろう。


一つ覚えているのは彼女が怒り色んなものを投げつけてきた。


そして彼女がお皿を投げようとした瞬間に僕は腕を掴んで初めて人に怒鳴りつけた事は覚えている


『いい加減にしろ!!』


そう怒鳴ったのは覚えている。

怒鳴られた彼女は驚いた顔をして怯えて少ししてから泣いてしまった。



身長157センチの彼女の身体は身長175センチの僕からして見ればかなり小さく萎んで見えてしまった。



僕はすぐに正気に戻り彼女に謝った

彼女はすぐに泣き止んで何故か少しだけ笑っていた



仲直りとまではいけなかったがその日は僕の家で彼女が泊まる事になった。


そして同じベッドに入って眠ろうとした時



『今日…ごめんね…喧嘩しちゃったね…』と

僕はその日の事を振り返り謝ると


『うん…いいの……』と笑いながら彼女は言っていた


『なんで僕が謝った時、笑ってたの?』と聞くと



『投げようとしたお皿…付き合おうって言ってくれた日にコーンポタージュを注いでくれたお皿だった…

そのお皿を私の手から離して大事そうに床に置きながら謝ってきたから笑っちゃった…付き合おうって言ってくれた日の事を思い出したの』



そうやって言う彼女の事がたまらなく愛しく感じ強く抱きしめた


付き合ってたったの6ヶ月でこんなにも

言い争いが出来るほどまでに距離が縮まっていた事に先に気づいていたのは彼女の方だった。


僕はただ怒りに身を任せるだけだった

なんて僕は子供なんだ…と深く反省した

しばらく抱きしめていると



『ねーなにもうやめてよ!苦しいよ!』

そうやって彼女は僕の手を払った


そのまま僕は眠りについてしまった


その後

なんだか頬を触られた感覚があったり耳元で

サワサワという音が聞こえる。


その感覚に少しだけ目を覚ましたが

その正体にはまだ気づけずにいた。


その日の喧嘩が最後の喧嘩だろう



そして付き合って9ヶ月を過ぎた頃、僕らは

2人暮らしを始めた。

言い合いはたまにあるけど喧嘩もなく過ごせていた


一つ気になっていた事は


毎朝、彼女は早起きをしてカーテンを

バッ!と開けて晴れていたら

『わぁ…晴れてるーよかったぁ』と言う


幸せを感じるハードルの低さにまた愛しさを感じた。晴れてるだけで幸せそう…それを見てるのが僕は好きだった


曇っていたら『なーんだ…』と言って少しだけ不貞腐れるその姿もまた好きだったけど


休みの日も早起きしてカーテンをバッと開けてしかもそれが晴れている日はちょっとやめてほしかった


休日はもう少しゆっくり眠りたいから眩しいからカーテンを閉めてほしかったけど…

それもまあいいかで片付けていた。


いくつもの日々を重ねいくつもの記念日を作り2人は過ごした


初めて映画館に行った日、初めて海に行った日、初めてドライブをした日、初めて美月と料理をした日


振り返ればその思い出達で溢れてしまい

両腕でいくら抱えても抱えきれないほどにまで溢れかえっていた


何でもない日々かもしれないけどその何でもない、何にもない日々は2人で過ごしただけなのに宝物に変わる


1日が終われば『今日も美月と過ごした。』

その事実に毎日驚かされる日々だった。


どうしても溢れ出てしまう愛情に

それに応えてくれるように美月にも変な癖が身についていた


僕が眠りについた時に

『おーい…ねたー?』『ねたのー?』と確認して僕が眠ったのを確認してから


頬をツンツンして指で突いたり頬を触って皮を伸ばして遊ぶ癖がついていた


最初は『やめろよ!』なんて言ってしまっていたけど



一瞬、耳元でボソボソと何かを言われて

その一瞬に驚き目が覚めた事があった。


何だ今の……


その一瞬の安心感と心地良さの正体が気になり次からは眠ったふりをする事にした


次の日、僕は『昨日の夜、なんかしてた?』

そう聞くと『うふふ!』と笑うだけだ。

いくら聞いても笑っているだけで何も言ってこない


また弄ばれている…変な人だ…そう思いその日はまたいつものように会社に行き仕事をして家に帰ってきた


その日、またいつものように僕が先に眠った。するといつものように美月は


『おーいねたー?』『寝たのー?』と小さな声で確認してくる。


そして僕が寝た事を確認した彼女は僕を起こさないように優しく頬をツンツンしたり指で頬をぎゅーっと挟んで遊ぶ


ここまではいつも起きているが

それ以降はいつも眠ってしまうので今回は

ちゃんと眠ったふりをした。


その後に僕の顔で遊び終わった彼女は最後に頬にキスをしてくれて


眠っている僕を静かに抱きしめながら小声で『好きだよ』と囁いてその後に彼女も眠ろうとした


僕はそれがたまらなく愛おしく感じた


ついついその突然襲いかかってきた幸せに

堪えきれず笑い出してしまった


『ぷはっ!』


『ん…なに…起きてたの?』


『こっちがなにだよ…それ、いつもやってるの?』


『えっ…うん』

そうやって美月は恥ずかしそうに白状した


またその姿も例えようのない愛おしさが酷く僕の心に炸裂した


だから僕も少し恥ずかしくなって

『次の休みの日、指輪見に行こうね』と

話を逸らした


すると美月は

『えっ…どう言う事!?』と驚いた様子だ


『ふふっ…』と少しだけ笑って僕は眠りについた。


美月は『えーっ…なになに…えーっ…』

と、動揺を隠せない様子だったそのせいか全然眠れなかったのだろう



次の日、目覚めてきた美月は寝不足気味だった。


昨日は少し驚かせてしまったな…そう思い

美月の身支度を少し手伝ってあげた。


仕事に出発していつも通りの日常がまた始まった


仕事が終わり家に着いたら昨日話した指輪のことなんて忘れているだろうとは思っていたけど彼女はしっかり覚えていた。


『昨日の指輪の話ってなーに?』


少しワクワクした表情をしながらもモジモジとして恥ずかしそうに聞いてきたので少し僕もニヤリと笑い


『婚約指輪だよ。見に行こうよ…まだ早いかな…?』


そう聞くと美月は驚いた顔をして嬉しそうに

『違くないよ!違くない!見に行こ!』

そう返事をしてきた


付き合って9ヶ月、まだ決断も早い気がするがもちろんお互いが結婚に焦っているわけではなかった


これ以上このまま2人でいれば結婚する未来が見えたんだ。それは美月も同じ気持ちだったのだろう。


お互いが年老いても仲良く生きている未来までも見えたから


だから僕は結婚をしようと決めた。

彼女も僕の決意には喜んでくれていた。


婚約指輪はサプライズで渡したかったけれど

僕がチョイスした指輪を美月が気に入らなかった場合とサイズが合わなかった場合を考えたら


一緒に探して美月が本当に欲しい婚約指輪を買ってプレゼントをしようと決めた。


美月もそれに積極的だった。


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