陽だまりの中の思い出達

九嶋晃生

コバルトブルーと太陽




彼女はいつも僕が眠りにつくと

『おーいねたー?』『寝たのー?』と小さな声で確認してくる。


そして僕が寝た事を確認した彼女は僕を起こさないように指で優しく頬をツンツンしたり指で頬をぎゅーっと挟んだりする。彼女は

よく伸びる僕の頬が大好きなようだ。


そして僕の顔で遊び終わった彼女は最後に頬にキスをしてくれて眠っている僕を静かに抱きしめながら小声で『好きだよ』と囁いて


その後に彼女も眠る。


僕はそれがたまらなく愛おしく

いつも寝たフリをしている。



 彼女の名前は『美月』33歳

僕の勤めている会社に入社してきた。出会いはそれが初めてだが部署が違うのでほとんど喋ったことがない



僕の名前は『大翔』30歳

街の小さなリフォーム屋の営業をしている。中小企業や大手企業で働く人みたいに給料は良いとは言えないけれどたまに贅沢できるくらいの生活をしている。


ちなみに大翔の読み方は『ひろと』と読まれる事が多いが名前は『だいと』


僕が勤め始めてから4年目に彼女は事務員として入社してきた。



初めて距離が近づいた瞬間を僕は鮮明に覚えている。


 仕事終わりに一人でパスタ料理を食べに行った日だ。たまたま入店した席の近くにいたのは新しく入社してきた美月さんだった。


店が会社から近いということもありながら恐らく美月さんも会社帰りだろう。


そして美月さんも一人でパスタを食べていた。入店してまもなく目が合ってしまったが人見知りな僕はそのまま無視をしてしまった。


美月さんはそれに気づいていない様子だった。



食べ終わって会計のため立ち上がると美月さんは僕に気づいて『あっ』と声をあげてしまったので僕もそれにわざとらしく驚いた


『あっ…ですよね?』


『どうも…』


『あっ…どうも…』


という会話だけで終わった。あの日の美月さんは少しだけ恥ずかしそうだった。


しかし時間は忙しなく流れるので誰かと予定を合わせて食事に行くというのは簡単な事ではない


一人で食事をするというのは別におかしな事ではないと僕は思う

だから寂しそうな人だな…とか悪い印象は無かった。



そして次の日

僕は会社で美月さんに昨日の事もあり話をかけた。その日の美月さんは不機嫌だった。



やはり一人で飲食店にいるのは見られたくなかったのだろう。



だけど無理して笑って話してくれている雰囲気を感じ取った。


気を使わせてしまっていると感じたがそれはまだ彼女が繊細でどこか変わった癖のある人だということに気づいていなかった頃の話



もちろん毎日、僕も外食をしているわけではないたまに外食をする程度だ



だけど約2週間後に行った外食の日もまた

あのパスタの店に行きそしてまたそこで美月さんと出会った。


しかもその日は入店して待合室ですぐに美月さんと会った

だけど僕はすぐに気づかないふりをした。


『何でまたいるんだよ…僕がストーカーみたいじゃないか…』心の中でそう言った。


もしかしたら美月さんが結構な頻度で外食しているかもしれないし単純にイタリアンが好きなだけかもしれない。と都合よく考えていた。


その日は店が混んでいたので名前を書いて

順番を待っていると


次々と名前が呼ばれていく中で突然、女性の声で『もしよろしければ…』


と言われたので操作していたスマホから

顔を上げるとそこには美月さんがいた


『えっ…?はい!?』

そうやって戸惑っていると


『混んでますから…一緒にどうですか?』

そう言われて言われるがままに同じ席についた。



『えぇ…いいんですか?』


『いいんですよ…こんなに混雑しているのに一人で食事してるの気まずいじゃないですか…』


彼女はそう言うと水を飲んだ

ほとんど一気に飲んでしまっていた。


多分緊張している、でも僕も緊張している。


『あ…あのー…僕が入店してすぐに気づきました?』



『はい、気付きました。でもすぐに気づかないふりしましたよね?』


そう言い当てられて正直に『はい…』と答えてしまった


そこから少し緊張が解れたのか美月さんは

笑ってくれた

これが僕に見せてくれた最初の笑顔だった。


なんでこれだけの返答にこんなに顔を

クシャッとして笑ってくれるのか?

もっとこの人の笑顔を見たいと思った。


その瞬間が恋に落ちる瞬間だったのかもしれない。

まるで魔法にかかったかのようだ。僕よりも年上のはずだけど


あどけなさを少し含んだその笑顔に僕は恋をした。



初めてこの店で偶然会って後日、会社で挨拶したら不機嫌そうだったのに今は笑ってくれて

全然意味がわからなくてその複雑さにもまた惹かれるものを感じた


『初めてここで偶然会った日あったじゃないですか?』


『あーありましたね』


『あの日の後、僕、会社で挨拶したじゃないですか?正直ちょっと不機嫌でしたよね?』


僕はそう問いかけると彼女は


『うん!曇りだったから…』


そう返ってきた


僕は咄嗟に

『えーなにそれ!』そう言って笑ってしまった。


天気で気分が左右されるなんて

なんか…繊細…


そう感じたけど初めて会った気がしないほど何故か話は盛り上がった。


実は幼稚園が同じ幼稚園に通っていたようで話はさらに盛り上がった。



彼女も僕もずっと近い地域で暮らしていたようだ。小学校からお互い別々だった。


今までは医療事務の仕事をしていたようだが

忙しさのあまり精神的に参ってしまい辞めたそうだ。


しかし幼稚園が一緒なのは驚いた。


僕と彼女が勤めている会社は小さい会社だ

社員は50名ほどいる。


誰が誰だか分からなくなるなんて事は無いが

一応、挨拶程度に名刺交換をした。



彼女の名前は『小野沢美月』

『おのざわ?みずきさん?ですか?』そう問いかけると


『よく言われるんですけどミツキって読むんですよ』


『あ…みつきさん!?いい名前…』


気づいたら僕は咄嗟にそう返していた

いい名前…なんて言われて気持ちが悪いはずだけど彼女は


『いい名前?なにそれー』と笑って返してくれた


そして美月さんは僕の名前を見て

『村石大翔…さん?ん?ヒロト?さん?』


そう聞いてきた

『そうそう、これでダイトって言うんですよ。よくヒロトって言われるんですよねー』

 


と偶然にもお互いの名前が

読み間違えられがちと言う共通点も見つけてしまいまたさらに話は盛り上がった。


入社して4年の僕の方が少し会社に詳しいので

経理担当のあの人は性格がキツイから気をつけた方がいい事など職場の話やお互いの話をしてその日は店から出た。


その後LINEの交換をした。きっかけはなんだったのか詳しくは覚えていないが


パスタ屋さんが混雑してる日は一緒に店に入ったほうが1人でいるより良い。みたいな話をしていたと思う。


それがきっかけでLINEを交換した


それからしばらくはパスタとは関係のないLINEのやりとりをして会社が終わるとたまに会うまでの関係になっていた。




付き合う事になったのはそれから7回目に会った日の事




美月さんが初めて僕の家に来た時の事だった

初めて美月さんを部屋に入れてとても緊張した


僕は2人分のコーンポタージュを用意した


同じ趣味でもある映画鑑賞で

しかもお互いが好きな映画を一緒に見ていた。


映画を一緒に見ていて僕がついつい映画について真剣に話し込み始めてしまうと美月さんはリモコンで音声を少しだけ下げて真剣に聞いてくれる


その瞬間に何を思ったのか僕は

『あっ…この人だ…』そう思い


『ねぇ…美月さん?…僕…美月さんが好きなんですよね…付き合ってくれませんか?』


気づいたらそう問いかけていた

が、しかし美月さんもすぐに


『はい…いいんですか?!よろしくお願いします…』



そう返ってきた


凄くスムーズに付き合うことになった

信じられなくて『え!?あっ…はい…いいんですか?』


そう聞くと


『逆に何がよかったんですか?私の?』



そうやってイタズラな目をして美月さんは僕に問いかけてきた。

そんなの言うの恥ずかしいに決まっているけどこれからは恋人同士になるんだ。


いつかお互いが恥じらいを無くす日が来るだろう。恥ずかしいのも今だけだ。そう思い


『笑った顔でまず恋に落ちました。』


『それだけですか?』照れながらそう聞いてきた。


『いいえ、あともう一つ今、ちょうど今…僕が話し始めて話し込んでしまうと大好きな映画なはずなのに音量を下げて話を真剣に聞いてくれた時にあ、この人だ!って思って…』



と答えると美月さんも嬉しそうな顔と驚いた顔をして



『私も一緒に映画を見ている今、この時です

私が話し始めて話が長くなるとその手に持っているコンポタージュのお皿を置いてまでも話を聞いてくれる所にあぁこの人だなぁ…って思ってました。』


そう言われたその日が2人が付き合い始めた日

コバルトブルーの空は太陽を飾り眩しくて目が眩んでしまうほど綺麗な日だった

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