第153話 幸せの指南役


 謁見の間の控室


 僕とシエナさん、ルリィさんに、アイちゃん、そしてカトレアちゃんの5人はルル様の言いつけによりこの控室で呼ばれるまで待機するようお願いされた。


「き、気にはなるけど私、先に行ってお父様会う支度してこなきゃいけないから呼ばれるまでここで待機していてくれる? 必要なものがあればそこへんにいるメイドに言いつけちゃっていいからね」


 そう言ってルル様はカトレアちゃんのことチラッと一瞥してから心配そうにアルバさんと控室から出て行ってしまった…のがつい5分ほど前のこと。


【………】

「………」


 ほ、放置プレー…。



 僕らはルル様の命の恩人として手厚くお城に招かれた。さすがに『国賓』ほどの待遇ではなかったものの、国王様が進んで僕らとの対面を許可してくれたことから考えても歓迎はされているようだ。


「で。どういうことか聞かせてもらおうじゃないの」


 ただそんな『王様に会う』なんて一生のうちにまず訪れることのない機会が控えているというのに、目の前でものすごい剣幕で僕のことを見ているカトレアちゃんのせいで、その感動に浸ることはできなかった。


【えーと、ですね…】


 時間もあまりなさそうだ。なので僕はアイちゃんと出会ってからのことを簡単にカトレアちゃんに伝えることにした。(ただ僕が女装していることだけは伝えるのを避けさせてもらった。でないとここで『女装男ー!』とか騒がれてしまうと非常にまずい事態に陥る可能性があったためだ)


「ネヴィ姉さまを闇オークションに……下劣な人間どもめ…!」 


 僕もそう思います。こっちの世界に来てつくづく思うことだけど、日本ってやっぱり平和なんだなって。人身売買ないし、剣を持ち歩かないし、魔物出ないし。


「まぁそこに関してだけはお前には感謝をしてやろう。だがそれからの『一緒に学院に通っている』とはどういうことだ! なぜネヴィ姉さまが人間の学院に通わなくてはいけない!」


 いや、それは主にシエナさんが家でアイちゃんと二人っきりになるのが耐えられなくなったせいで僕のせいじゃないんですけど…。

 ただそのおかげでアイちゃんに救われた場面が何度もあったから今更シエナさんを咎めるようなことも言えない。


「お姉さまと学院に行くのは私の意思」


 そんなカトレアちゃんの疑問に対し返答を困らせていると僕に代わってアイちゃんが答えてくれた。


「なぜですかネヴィ姉さま! 本来のあなた様ならその能力を買われてもっと素晴らしい…それこそ王国専属の精霊として珍重されてもおかしくない御方です。それをなぜこんなどこの馬の骨ともしれない輩と人間の学院などに行かれているのですか!」


 どこの馬の骨…。たしかに僕は異世界人だし、みんなからしたらどこぞの馬の骨だろうけども。


「お姉さまはウィーンと違って私を戦う道具としてではなく、私と接してくれた。従えるわけでも、強要するでもなく、ただ純粋にそばにいることだけを望んでくれた。だから私はお姉さまのことが好き」

【…アイちゃん】


 好き…。

 食べることが好きで、それ以外のことにはあまり頓着のないアイちゃんが明確に僕のことを『好き』って言ってくれた。そのことがとても嬉しくもあり、むずがゆくもありで、なんだろう…日本に置いてきた妹や弟たちに言われたかのような心地の良い温もりがじわんと広がった。


「うぅぅ…そ、それにそれ! どうしてネヴィ姉さまはあんたのことを『お姉さま』って呼んで、あんたはネヴィ姉さまのことを『アイちゃん』って呼ぶのよ! 『契り』も交わしていないくせにネヴィ姉さまを縛ってんじゃねぇーよ!」


 アイちゃんの説得が困難と思ったのか矛先をなぜか僕の方に集中する。


 たしかにアイちゃんの名前は僕の独断と偏見でつけさせてもらいましたけど、それだって元はと言えばアイちゃんが『自分の名前を忘れた』っていうから…なんて言っても全然聞く耳もってくれないんだろうなぁ。


【私が『アイちゃん』と呼ぶのはアイちゃんの瞳の色がとてもきれいな藍色をしていたから。あだ名みたいに読んでただけです。それに私べつにアイちゃんのことを束縛なんてしているつもりはありません。単にアイちゃんとは友達で仲が良いから一緒にだけです】

「ネヴィ姉さまのような大精霊を気安く『友達』とか言ってんじゃねぇよ!」


 あぁぁぁ。結局何言っても聞く耳持ってくれないじゃん…。

 このままじゃまた市場の時みたいに暴力沙汰になっちゃいそうだよ。せっかく冷静な話し合いをするためにお城まで来たっていうのに、このままだとここも戦場になりかねない…。


 そんな不安が頭をよぎった直後のことだ。


「なぁカトレアとやら」


 今まで控室に置かれていたお茶菓子をガツガツと遠慮なしに食べていたシエナさんが突如として僕らの話し合いに割って入ってきた。


「何よ」


 興奮冷めやらないカトレアちゃんは割って入られたことがよほど面白くなかったらしく、だいぶご立腹の様子。


「お前さんとアイ…ネヴィネスカとは一体どういう関係なんだ? むかし一緒に戦ったと聞いたが?」

「なんであんたにそんなこと教えなきゃいけないのよ」

「単なる興味本位さ。こんな個性的な精霊たちをどうウィーンブルズ殿はまとめ上げダッタ高原の戦いで勝利に導いたのか」

「どういう意味よ、それ。…っていうかあんた、何者?」


 すると今までさんざん激昂げきこうしていたカトレアちゃんの殺気立っていたオーラが一気にクールダウンした。


「これは申し遅れた。私はシエナ・ルカ・リリーンだ。よろしくな」


 そう言うとシエナさんは小さく右手を振った。


「シエナ…ルカ…もしかしてあなた、あの魔王を倒した彗星の一団クワトルステラのシエナ⁉」

「いかにも。私があの彗星の一団クワトルステラの一員のシエナだ」

「いや、伝説とまでは言ってない」


 ただそうは言うけどシエナさんたちが成し遂げた偉業はまさに伝説と言ってもいいレベルだと部外者の僕ですら思うわけで…。(日常生活はほんとダメダメな人だけど)


「ちなみにさっきこの部屋を出て行った大男も彗星の一団クワトルステラの一人、盾持ちタンクのアルバだ」

「どうりで変な雰囲気のする集団だとは思ったけど、…なるほどね」


 そう言うとカトレアちゃんは僕らのことを改めて見回し、「ふーん」と納得した様子をみせる。その後、飛び疲れたのか僕の頭をまるで公園のベンチ代わりのように腰かけた。(なんだろう。やられているのはものすごく屈辱的なことなのに一方で日本に帰れたら自慢話ができる!というゆがんだ感情が湧き上がってしまった)


「別にウィーンブルズあいつ、あーしたちのことをまとめ上げたってほどのこと何もしてないから。ただ『殺れ』って言われたから各々目の前の奴らを殺っただけ。んで、気づいたら戦争が終わってた」


 たしか『ダッタ高原の戦い』って先の戦争で一番の激戦地だったって聞いたような気がする。それをこんなにもサラッと話せてしまうなんて。体は小さいのに、肝の大きさはその小さな体には収まりきれないくらい大きいようだ。


「びっくりしたのはあいつ、人に指示するだけで自分は何もやってないくせに戦争が終わったら『戦いを勝利に導いた英雄』として扱われてたってことだ。まったくもって腹立たしい」


 僕は当事者でもないし、その場にいたわけでもないから何とも言えないけど、でもそのダッタ高原の戦いでアイちゃんたち精霊を引き連れていけたことは味方からしたらとても勇気づけられただろうし、やっぱりウィーンブルズさんの貢献度は大きかったと思う。


「ま。あいつがあの戦いで胸に矢を受けてくれたおかげでこうして今、自由の身でいられてるから別にもうどうでもいいけど」


 ………。


「だからこそ、ネヴィ姉さまには今度こそ何のしがらみもなく自由に生きてもらいたいのに、また…」


 頭の上にいるせいでその表情は見えないものの髪の毛から伝わるカトレアちゃんの貧乏ゆすりが彼女の機嫌の悪さを物語っている。

 どうしよう…。今ここで髪の毛燃やされちゃったら。せっかくここまで伸ばして良い具合に装えるようになったのに、もうファビーリャ女学院には通えなくなちゃう…。


 変な汗が頭皮からじゅわんとにじみ出てくるのがわかった。

 よっぽどカトレアちゃんのことを振り払ってしまうとさえ思ったが、アイちゃんの友達をそんなハエのように扱うことは出来ず、もうただただ息をのむことしかできなかった。


 でもやっぱりここでもアイちゃんが僕に救いの手を差し伸べてくれた。


「しがらみなんてない。今の私が今まで生きてきた中で一番自由で、一番幸せ。だから今のままでいい。今のままがいい」


 アイちゃんの表情はいつもとあまり変わらない。

 感情の起伏がほとんどなく、基本鉄仮面なアイちゃんが今一体どういう思っているか、きっとある程度の付き合いのあるシエナさんたちでさえわからないと思う。


 でも僕にはわかる。

 アイちゃんは今、楽しそうだ。


 その理由は僕に起因するところが多い、なんてうぬぼれたことを言うつもりはないが、今アイちゃんが感じてくれている幸せの一端に少しでも友人として関われていれば嬉しい。


「………わかりました。他ならぬネヴィ姉さまがそこまでおっしゃるのでしたら」


 でもカトレアちゃんにも…いや、僕なんかより明らかに付き合いの長いカトレアちゃんだからこそそのアイちゃんの『楽しさ』を感じ取ることができたのだろう。

 アイちゃんを見るカトレアちゃんの瞳から闘争心が消えていき、諦めのいろ垣間見えた。


「でも! これからはあーしがこうしてお側にいられるようになったんです。ネヴィ姉さまが今感じていらっしゃる『幸せ』にはまだまだ上があるのだとお教えて差し上げます! そしていつの日にか…ふふ、フフフフフッ♪」


 何その不気味な笑い声…。


 こうしてなぜか精霊使いでもない僕らのもとに二人目の精霊さんが仲間入りしたのだった。



 ちなみにこの直後、アルバさんが控室にいた僕らのもとにやってきて、ルル様の準備が整ったことを知らされたんだけど…どうしよう。なんだかんだあったせいで全然心の準備ができてないんですけど!

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