第154話 チャコちゃんは処◯である


   「ルルカーシェ様、御一同様の御成りー!!」


 大臣さんだか参謀さんだかの呼び声で謁見の間の扉が開かれた。

 開け放たれた扉の向こうにはまさに謁見の間にふさわしい荘厳な空間が広がっていた。


 いよいよ王様との対面だ。


 一体ルル様のお父様がどんな方なのか気になるところではあるけど、それよりも何よりも僕の頭には『粗相のないように』ということしかなかった。

 何せ僕は性別を偽っている身。万が一でも性別がバレてしまうようなことがあれば日本に帰るんだぁ!どころの問題じゃなくなる。性別を偽って娘に近づいたことを咎められ、市中引き回しのうえはりつけ獄門だってあり得るかもしれない。


 だから今日の僕は極力目立たないよう全神経を集中して存在感を消そう、そう誓った。(僕は空気、僕は空気…)


「ほらチャコ。もう姫様は歩き出してるぞ。お前もさっさと進め」


 が。出だし早々シエナさんに注意をされてもう悪目立ちしてしまった。(あー僕のバカ!)

 僕は先に進んでしまったルル様を可及的速やかに追い、その背中に隠れるように連なって歩いた。


 目指すは王様のいる王座。

 まだ遠目でしか確認できていないけど、かなり凝った装飾が施されている王座にはそれに見合うだけのものすごいオーラを放つダンディーな男性が鎮座しておられる。


 そしてその王座に寄り添うように佇む3人の人物。


 一人は女性。きっと王妃…ルル様のお母さまだ。さすがはルル様のお母さまというだけあってとてもキレイな人だ。

 残る二人は男性。きっと以前ルル様からその存在を聞かされていたお兄様たちだろう。


 ……ん? それにしても妙に静かだ。


 もう部屋の中央あたりまで歩いて来ているというのに僕らの足音くらいしか聞こえない。

 僕の予想では王国音楽隊みたいな人たちがファンファーレを奏でながら僕らのことを迎え入れてくれると思ったのに、謁見の間には音楽隊の姿はなく、代わりに鎧を身にまとった騎士たちが剣を片手に跪いている。(まぁ熱烈歓迎みたいにされても居心地悪そうだから別に良かったけど)


 すると先頭を歩いていたルル様が立ち止まった。どうやら目的地に到着したようだ。

 ルル様は王様が座る王座に向かって深々と一礼するとそれを合図にシエナさんやルリィさんも頭を下げたので僕も慌てて二人のマネをした。(そんな僕をマネてアイちゃんも頭を下げた)


「お父様、ただいま帰りました」

「うむ。よく帰った。元気そうで何よりだ。そしてシエナ殿もご無沙汰しておりました。どうか皆さん顔をお上げください」


 そう王様に仰せつかり僕らは一斉に顔をあげた。

 

 おぉ、改めて近くで見てもやっぱりダンディーなお父様ですねルル様。それに王妃様とお兄さん方も…一家そろって羨ましいくらいの美男美女。


「遠路はるばる王都までお越しいただきありがとうございます」

「いえ。こうしてまたお会いできて光栄ですジノン国王様」


 あのシエナさんが敬語を使っている…。それだけでやはりあの王様はただ者ではないことが想像がつく。


「そしてお前の後ろにいる者たちが例のファビーリャ女学院の恩人とやらかルルよ?」


 来た! 話題が僕たちの方に振られている。と、とにかく笑顔だ。それも満面の笑みではなく微笑む程度の笑み。

 僕はまるで反芻するかのようにひとつひとつの動作を確認してから笑みを作った。


「へぇ、噂には聞いていたがルルお前んとこの学院レベルたけぇな。まぁ黒髪なのが玉に瑕だが」


 イラっ! …どうしよう目立ちたくないのに文句の一つも言ってやりたいこのやり場のない思いは。


 もちろん今の発言は王様ではない。その隣で僕らのことを物色するように顎に手を当てながら楽しそうしている二人の兄のうちの一人。


「タジム。失礼だぞ」


 そう王様にたしなめられていたのは以前ルル様から話を聞いていた長男坊の『タジム・ファン・アデオン』王子だ。

 ルル様には申し訳ないけど、絶対に好きになれないタイプの人間だ。もしルル様以外で王位継承権争いになったら僕なら絶対に次男さんを推すぞ。(ガルルルル…)


「そうでした。ここにはもう一人黒髪の英雄様がおられましたね。これは失礼しました」


 まるで悪びれる様子を見せずにヘラヘラと彼女の方を向いて会釈するタジム王子。


 そうだそうだ! ここにはもう一人、アテラではその名を知らない者はいないくらいに一目置かれている黒髪才女がいらっしゃるんだぞ! なんとか言ってやってくださいよ、シエナ先生!

 

 すると僕の意思が伝わったのかシエナさんはおもむろに僕の隣にやってきては僕の両肩をガシッとつかむとそのまま前に突き出された。


【へ?】

「タジム王子、あなたは実に浅はかで、そして盲目だ! この者はこれほどの顔立ちでありながら何を隠そう処女なのだ!」


 はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?!?


 シエナさんのとんでも発言に謁見の間は衝撃波と猛烈寒波が同時にやって来たかのようなとんでもない空気に陥ってしまった。


「おまけに気立てが良く、家事全般をこなせるにも関わらずどこか抜けているところもある。まさに女として完璧超人。私も世間ではそれなりに名は知られているせいで弟子を取るようよく話を持ち掛けられるが、この者以外弟子をとったことなど一度もないし、取ろうとも思わない! それほどにこの娘は完璧でそこのアテラにとって宝なのです!!」


 もちろんそんなことを力説しても誰の賛同も得られるはずもなく、ただ無音の時間だけが過ぎていく。


 …………………

 ……………

 ………

 

 たしかに何か言ってほしいとは願いましたけども、どうすんスか、この空気…。


 あんだけヘラヘラしていたタジム王子もシエナさんの演説にあっけにとられ言葉を失っている。

 さすがにこのままでは話が進まないと思ったのか、それとも品性に欠けると思ったのか、王様が咳払いをして一度その場の空気感を断ち切った。


「…なるほど。ところでルルよ、なぜ突然のラマリカスに戻ったのだ? たしか留学期間はもう少し長かったように思えたのだが?」

「は、はい。実は取り急ぎお知らせしたいことができましたので、急ぎはせ参じました」

「知らせたいこと? それはなんだ?」


 すると僕らの一番後ろで待機していた王室近衛隊隊長のアルバさんが木箱を持ち、ルル様のもとへ歩み寄るとその木箱を渡すと再びこの列の一番後ろへと行ってしまった。


 そしてルル様は手渡された木箱を持ってそれを王様のもとへと届ける。


「何だこれは?」


 そう尋ねる王様をしり目に隣にいた二人の兄たちはそれが何なのか察したらしく見るからに動揺している。


 そしてゆっくりと木箱を開ける王様とタイミングを合わせるようにルル様は力強くそれが何なのかを声に出した。


「エクスカリバーです!」


 そのルル様の一言は謁見の間に再び衝撃が走らせるのに充分なほどのパワーワードとなった。

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