第151話 魔導石の中から「こんにちは」


「じゃぁ次はどこに行こうか?」


 不思議なものでもう1時間以上この市場を行ったり来たりしているのに誰もルル様の存在に気付いた者はいなかった。(ローブって思いのほか大きいんだなぁ)


 そのおかげでだいぶ王都を満喫させてもらったけど護衛の人はアルバさんくらいしかいないことを考えてもそろそろお城の方へ向かった方が良いのではないかという一抹の不安にもかられるわけで…。


 よーし!

 ルル様の気持ちに水を差す行為になってしまうけどそれとなくお城に向かうことを提案してみよう! …そう思った矢先だった。


「ほら。あそこに見えるのがランフォード家のお屋敷だよ」

【へ?】


 不意に振られる思いがけないワードに僕は思わず変な声を出してしまった。

 そういえばライサさんもソニアちゃんも実家は王都だった。


【ここが…】


 ルル様が指をさしているのは通りに面した大きな建物。密集した家々が立ち並ぶ王都の街の構造上、ゆったり広々とという感じではないもののそれでも他の家々からしてみれば充分過ぎるくらいに大きなお屋敷がそこにはあった。


「王都ではかなり有名な一族なんだよ。魔法の才に長け、先の大戦でもこの王都を魔王軍の襲来から何度も救ってくれた王都に住む人ならだれもが知る名家の中の名家。それがランフォード家」


 以前そんな話をちらっと聞いたことがあったけど、この国の姫様が直々にそう言うのだから僕が思っている以上にすごい家柄なんだろう。だからこそ魔王の負の遺産スピランタになってしまったライサさんは苦しみ、悩み、そしてアビシュリ来た。結果として僕はそのおかげで闇のマナが手に入っているし、ソニアちゃんとも出会えたことで助かっている部分は大いにあるけど、ライサさんの一友人としては少し微妙な心境だ。


 (…そういえば僕、ライサさんたちに何も言わずにこっちに来ちゃったな)

 

 突然決まった王都行きだから誰にも何にも言えないままここまで来てしまったけど、今ごろみんな心配してるだろうな。…いや、怒ってるかな?(一応ルル様の使いの者がファビーリャ女学院には連絡してくれたらしいけど…)


 考えてみれば僕、学院祭ファビフェス以降一度もライサさんと会っていない。


 ドラゴンサンドラさんの登場で有耶無耶になっちゃってたけど、僕ライサさんのおでこにキスしちゃって、それについてまだ面と向かって謝罪もしてないし、『サントロス』のお芝居についてだって語り合ってない。…会って話したいことはいっぱいあったのに。


【………】


 ええい。もう王都に来てしまったのだからここでウジウジ考えていても何も始まらない!

 ならもういっその事ここは割り切って、アビシュリにいるみんなにお土産でも買って帰えるくらいの余裕を持たないとせっかく王都に来ているのにもったいない!


 僕は自分を鼓舞しながら改めて周りを見回し、みんなへのお土産になりそうなものを探すことにした。…のだが、

 

【ん?】


 すると視界に今まで僕らの後ろをついて歩いていたはずのアイちゃんがいつの間にか市場の一角にあるお店で商品をじっと見つめていた。


 ただそこは『お店』というよりかは大きな風呂敷一枚を地面に広げてその上に商品を並べただけのいわゆる『フリマのいちブース』といった感じところで、なぜアイちゃんがそんなところに興味を引かれたのかわからないがこっちまで興味を引かれてしまった。


【アイちゃん、何か良いものあったの?】

「………」


 声をかけてもまったく反応を見せないアイちゃん。


 僕はアイちゃんの視線の先にあるものを目で追うと、そこにはコップ、ハサミ、靴、髪留めと何の統一性もない『これぞ蚤の市』とばかりに商品が陳列されている中で渋く輝きを放つひとつの石に行き当たった。


【魔導石?】

「安くしとくよ」

【!!!】


 そんな僕のつぶやきに答えたのはアイちゃんではなく、この店ならではと言うべきか何ともみすぼら……あ、味のある格好をしたおじさんだった。

 『人は見た目で判断してはいけない』とよく言うけれど、さすがにそれがお店の店主さんの場合はやはりある程度身なりがきちんとしていないと購買意欲が湧いてこないというものだ。


【あ、いや、じっくり検討してからまた―――】


 僕はなんとかこの場を去ろうとアイちゃんを連れ出そうとしたのだが…、


【…ちょ! アイちゃん⁉】


 あろうことかアイちゃんは拳を振り上げ、その拳に氷を纏わせると見る見るうちにハンマーのような形状に変化させるとそれを振り下ろそうとしている。


【だだだ、ダメだってばアイちゃん!】


 けれどまるで聞く耳を持とうとしないアイちゃんは僕の言葉を無視するようにその氷のハンマーを勢いよく振り下ろした。


【あぁーー! 待ってアイちゃん今それ買うから!】


    ピタっ


 そこでようやく僕の言葉が届いてくれたらしく、寸でのところで大惨事は免れた。(ふぅ)


 で、結局半ば店主さんの言い値である20ラブでその魔導石を買う羽目になってしまったんだけど、あとでルリィさんに聞いたらこの程度の魔導石は5,6ラブで買えるとのことだった。(ぐすん)



【はい、アイちゃん。これが欲しかったんでしょ?】


 僕は見事ぼったくられた魔導石をアイちゃんに手渡した。

 

【でも今みたいにまだ買う前の商品をいきなり壊そうとしちゃダメだよ】(いや、買ってからもダメだけれども!)


 そう僕がアイちゃんに注意するとアイちゃんの藍色の瞳が僕のことをじっと見つめてきた。そして無表情のまま小さくコクコクと頷き、改めて僕のあげた魔導石をまじまじと見つめるアイちゃん。


 うんうん。とにかく理解してもらえたようで何より……って! そんな当たり前のことが理解できないアイちゃんではないはずなのに、どうして突然あんな奇行に走ったのかという謎だけが残る。


「あらら。ずいぶんとずいぶんな魔導石を買ったんだねチャコ」


 『やらかしたね』みたいな表情でルル様がアイちゃんが手のひらで転がしている魔導石を見て、言った。


「まぁいい勉強代になったんじゃねぇか。この王都にはアビシュリ以上にいろんな奴がいるが野望を持ってやってくる。商人だって例外じゃねぇ。いかにたんまり儲けるかしか考えてねぇ連中ばっかりだ。だから余計な出費をしたくなきゃ買い手もしっかりと眼力を身につけなきゃいけねぇよ、嬢ちゃん」


 そう言って少し力強く肩を叩いてくれるアルバさん。(いや、僕だってなんとなくはわかってたんですけどね、アイちゃんがね…いや、人のせいにするのはやめよう)


【以後気を付けます。でもこれもいいみやげ話になると思えばそんなに悪い買い物でもなかったんじゃないかなって。それにアイちゃんもこの魔導石をとても気に入ってくれたみたいですし】


 と、思いっきり負け惜しみみたいなことを吠えてみたものの『何言ってんだお前』みたいな何の熱量もない全員からの視線がただただ虚しさを際立たせた。


【で、でもアイちゃん。どうしてその魔導石をそんなに気にいっちゃったの? ここは王都なんだし探せばもっと質のいい魔導石があったんじゃない?】


 そして再び向けられたアイちゃんの瞳の中の僕が何とも下手くそな笑みを浮かべている。(ほんと情けない顔の友人でごめんねアイちゃん)


 するとアイちゃんはただ一言「見てて」とつぶやき、手の平で転がしていた魔導石を氷漬けにしてみせた。


【!!!】


 たしか僕の認識では魔導石とは『マナの結晶』だった気がする。

 それもみんなと同じようで魔導石にも属性があり、炎の魔導石なら炎の魔法が使えるようになり、水の魔導石なら水魔法が使える、みたいな感じだった気がする。


 だから炎魔法の使い手であるエスティさんが炎の魔導石を使えばより強力な炎魔法が、炎属性ではないルリィさんが炎の魔導石を使えば威力は大幅に劣るけど炎の魔法が使えるようになるみたいな話だった気がする。


 それなのにアイちゃんは魔導石の力を借りるのではなく、魔導石自体を凍らせている。

 いくら僕が魔法に関しては完全無欠な門外漢だからってその行為の無意味さはわかってるつもりだ。

 

 それなのにアイちゃんは一体何をしているんだろうか?

 その場にいたシエナさんたちも固唾を飲んでアイちゃんの奇妙な行動を見守っている。


【あのねアイちゃんそんなことをしてもたぶん意味は―――】


 そう声をかけようとした時だ。



   「冷てぇーじゃねーか!!」



 どこからともなくそんな怒鳴り声が辺りに響き渡ったのだが、その出どころがわからず僕を含めてみんなが周りをキョロキョロ見回した。

 しかし唯一アイちゃんだけは初志貫徹とばかりに手の上の魔導石を見つめていた。


【もしかしてアイちゃん…】


 するとアイちゃんが凍らせたはずの魔導石がまばゆい光を放ち、覆っていた氷を見る見るうちに溶かしてゆく。


 そして、

 

「誰だ、あーしの快眠を妨げる奴は!!」


 溶けた氷の中から現れたのは僕がこのアテラで出会ったことのない超ミニマムサイズの人型生物だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る