第149話 いざ王都!


 拝啓。我が愛しの弟、妹たち。

 

 みんな元気でやっているかな?


 お兄ちゃんは今、アテラで一番の都市、王都ラマリカスというところに向かっているんだ。

 こっちの世界は本当にすごいんだよ。剣や魔法、モンスターなんてものも存在していて人によっては羨ましがられる体験を僕は毎日しているんだ。


 でもその分そっちには迷惑をかけちゃってるよね。兄として本当に申し訳なく思ってる。本当はもっと早くそっちに帰らなくちゃいけないのに、寄り道だらけのお兄ちゃんを許しておくれ。


 でも絶対に帰ってみせるから。その時はいっぱいお土産を買って帰るからそれまではちゃんとお母さんの言うことを聞いて良い子にしているんだよ。


 それじゃぁ、再会できるその日を楽しみにしている。 愚兄の茶太郎より




 そんな思いを抱きながら僕の『祈り』という名のメールを揺れる馬車の中からお空に向かって送信した。



――――――――――



【おー! あれがラマリカスですか!】


 僕は馬車の窓から身を乗り出し、年甲斐もなく目の前に見える大きな街を指さしながら叫んだ。


「チャコがこんなにはしゃぐ姿初めて見たよ。そうだよ。あれが私たちの国、ラマリカス」


 僕の問いに対して誇らしげにルル様は答えてみせた。

 けれど、僕の熱に水をかけるような冷ややかな表情を向けてくるシエナさん。


「おいチャコ。田舎者みたいだろ。みっともないからやめろ」


 そんな自分のこと棚に上げて…。


【いやいや、何を今さらですよ。迷いの森から来ている時点で私たちはもうじゅーぶん田舎者ですって。じゃぁシエナさんはご自身のことを一体どういう風に捉えているんですか?】

「俗世間に流されず、己が信念をもって孤高に生きる…」

【要するに引きこもりってことですね。『田舎者』をバカにした風に言ってましたけどそれはそれで質が悪いですからね。というよりも何でシエナさんまで来たんですか?】

「何だその言い方は。別にいいだろ。久々に王都の様子を見てみたかったんだから」

【どうせまた『王都の酒が飲める』とか不純な理由でついて来たんじゃないですか?】

「まぁ、それも一理あるから否定はしないが」


 いや、もうそれしか人嫌いの横着者がこんなところまで遠出する理由が浮かばないんですけど…。




 あの日、僕らはルル様に頼まれて王都に来ることを決心した。


 ルル様いわく『いろいろとお世話になったチャコたちにお礼をするため』と言っていたがシエナさんいわく『エクスカリバーの出どころを国王の前で僕らに証明してもらうため』とのことだった。(何のためにとは思うけど…)


 それで僕とルリィさん、護衛役のアイちゃんでラマリカスに向かうことになったのだが、出発間際になって「私も行く」とシエナさんが言うものだからプチパニックになったのが3日前のこと。そしてようやく今、前方に王都ラマリカスが見えてきたのだ。これをはしゃがずにいられないわけがない。


【アビシュリも大きな街でしたけど、さすが王都というだけあってやっぱり大きな街ですね】

「街の中央にはお城、それにあの城壁の高さ、まさに『王都』って感じですね。…それとあの城壁の外にあるのは…果樹ですかね?」


 すると普段あまりギアの上がらないルリィさんが目を輝かせながら僕が身を乗り出している窓に一緒に身を乗り出してきた。


「あれはラマリカスの名産品の『ピケネ』の樹だよ。収穫したピケネの実は加工してジャムやお酒なんかを作って交易品として出荷するんだ」


【へえ~】「そうなんですね」


 ルル様の補足情報に僕とルリィさんは同じタイミングで相槌を打つ。 


【あれ? もしかしてルリィさんも王都は初めてなの?】

「はい。というより私、アビシュリ以外の街に来るのは人生で初めてです」

【そうなの⁉】


 意外にも思えたが、でもやっぱりルリィさんがハーフエルフだということをかんがみればやっぱりその可能性もなくはないのかもしれない。もしくはただ単にルリィさんが外の街に出る必要性がなかっただけかもしれないけど…。(僕も日本にいた頃は率先して「東京に行こう!」なんて考えもしなかったもんなぁ)


「ならお二人には是非ともラマリカスを満喫していただきましょう! アルバ、に寄って」


 するとルル様は馬車に設置された小窓から御者台で手綱を握るアルバさんに声をかけた。


「またですかぁ姫」


 そしてアルバさんは盛大なため息をもらす。その反応から察するにどうやら姫様はアルバさんにはた迷惑な提案を持ちかけたようだ。


「お願いアルバ。チャコさんやルリィさんにラマリカスを好きになって帰ってもらいたいの」

「はぁ~。わーりましたよ。その代わりあまり時間をかけんでくださいよ」


 アルバさんの言葉を受け、『あなた本当に姫様なの?』と思えるほどの過剰な喜びようを見せるルル様。


「さすがアルバ! 恩に着る!」

「じゃぁ、しっかりと捕まっていてくださいよ」


 そう言うとアルバさんは手綱を引く。すると僕らを乗せた馬車は突然道を外れ、ピケネなる樹が多く植わっているエリアへと突き進んだ。


――――――――――


 連れて来られたのは樹園地の真ん中にある作業小屋だった。


【ここは?】

「ここはアデオン家が…というよりも国で執り行っている果樹園よ」


 そして小屋から現れたのは随分と線の細い老人だった。その老人は僕らの乗せた馬車を見るなり小さく手をあげ歓迎してくれた。


「これはこれはアルバ殿。相変わらずお元気そうで。はて? 今日は視察の予定など入っておりましたかな?」

「いや、それがな…」


 すると止まりかけてはいたものの、まだゆっくりと動いている馬車から勢いよく飛び出したルル様は一目さんにその老人のもとへ駆け寄った。


「お久しぶりです。バラクルさん」

「おー、姫様。ご機嫌うるわしゅう」


 そして二人は抱擁を済ますとすぐにどういう意図なのか理解したらしい老人は楽し気に笑ってみせる。


「ほっほっほ、姫様がここに来られたということは…」

「えぇ。を貸してほしいの」


 いつもの?


「ほっほっほ。かまいませぬよ。ではこちらへ」


 そう言ってその老人は見た目よりもしっかりとした足取りで作業小屋へと向かおうとする。


「みんな、こっち! ついてに来て」


 ルル様からの指示があり僕らは言われるがまま馬車から下りた。


「おやおや、今日はお連れの方もご一緒ですかな?」

「そうなの。大恩人なの」

「それはそれは。でしたら私も丁重にもてなさなくてはなりませんな」


 そう言うと老人は小屋に向かいかけていた足を止めて僕らに向かって丁寧に頭を下げる。


「初めまして。バラクルです。ここの果樹園の管理人を務めさせてもらっております。以後お見知りおきを」

【はじめまして、ルル様とは同じ学院で共に学ばせていただいています。チャコと申します】

「同じく、ルリィ・ツィツィアーナと申します」

「…アイ」


 僕らは流れるように自己紹介をしたもののシエナさんだけは流れに乗らんとばかりに口をつぐみ、ただバラクルさんに対して小さく一礼するのみだった。(まったくもう。…っていうより何だかアイちゃんの声久々に聞いた気がするな)


「ほっほっほ。皆さん姫様に似てとても可愛らしいですな」


 それを言われてしまうととても反応に困る。でも一応褒めてもらえているんだから笑顔は絶やさないようにはしないと…。


「では皆さんこちらへ」


 そう言ってバラクルさんは今度こそ作業小屋へと案内してくれた。

 

 中は名産品であるピケネなる果実がたくさん詰まった木箱がずらりと重ねて積み上げられていてなんとも圧巻だったのだが、それよりもまず目を奪われたのが……、


【荷馬車?】


 小屋の中央にはいつぞやかルリィさんと実家に行った際に乗せてもらったタイプとはまた少し違う幌付きの荷馬車がこれ見よがしに置かれていた。


「えぇ、これでラマリカスに荷物も運ぶのです」


 小屋の中には特段ほかに目につくものはないのでルル様が言っていた『いつもの』とはこのことを指しているのだろう。でも一体なぜ今まで乗っていた馬車ではなく、この荷馬車を貸してほしいって頼んだのだろうか?


 けれどその理由は今まさにせっせとローブを被るルル様とアルバさんの姿を見てなんとなく理解できた。


【もしかしてこれに乗り換えるんですか?】

「ご明察! あの馬車で行くとすぐに私だってバレて街中が歓迎ムードになっちゃうからね。こっそりラマリカスを見て回るにはそれなりの偽装工作しないとね」


 なるほど。僕らにゆっくりとラマリカス案内してくださるための準備ってことなんですね。お気持ち感謝いたします。(でもその分アルバさんに迷惑かけちゃうのが申し訳ないな)


 せっせと準備を済ますルル様とアルバさんは慣れた手つきで荷馬車に乗り込み、僕らにもその荷馬車に乗るように促す。


「それじゃぁみんなも乗って」

「でもルル様、幌付きとはいってもさすがにこれで検問を通るのは厳しいのでは…」


 検問…。なるほどルリィさんの言う通り、ここは王都なんだから街に入るための検問くらいあっても当然か。ならどうやって中に入るというのだろうか?


「検問の人間は王宮の衛兵だよ? 私やアルバが一言いえば簡単に通してくれるに決まってるじゃない」


 あぁそうか。別に街に入ることに障害があるわけじゃないんだ。ただ街の人たちにルル様がいることを悟られないようにしなければいいんだから。


「というわけで皆さん! これより王都の見学ツアーに出発ですよー!!」


 そしてこれより何とも贅沢かつ恐縮ではあるもののこの国の姫様によるツアーガイドがスタートした。


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