第148話 灯台下暗し


 『コンコン』とルリィさんの家のドアを叩くと中から甘い焼き菓子の香りとともにルリィさんが現れた。どうやら何か焼き菓子を用意してくれているようだ。


「あ、チャコさん。おはようございます。それでルル様はまだ―――なん%$#*@¥」


 少し額に汗をにじませながらも笑顔で出迎えてくれたルリィさんだったが途中で僕の隣の客人の存在に気づいた彼女は動揺のあまり途中から奇声交じりの謎言語を発した。(無理もないか。玄関開けたらお姫さまってドッキリみたいだもんね)


 ルリィさんが落ち着くようになだめてからルル様が今までの経緯を簡単に説明してくれた。


「そうだったんですね。でしたら是非中にお入りください」


 状況を理解してくれたルリィさんは扉を大きく開き、快く家の中へと招いてくれた。



「うわー、なんて言うかまさに森の中の家って感じがしてすごく落ち着く空間だね。すごくきれい整頓されているし。私も一人になれるこういう家ほしいな~」 

「あ、ありがとうございます」


 高い天井、窓から射し込む日の光、そして鳥のさえずり。

 僕もルル様みたいな『森の中の家のイメージ』はしっかりあった。でももうすっかりシエナさんの家に住み着いてしまったせいでそんな清々しいイメージは消え去ってしまった。でもだからこそルル様とまったく同じような感想を抱く。


【ですね~】

「フフフフ、チャコさんは前にも来たことがあるじゃないですか」


 ルリィさんにあざ笑れてしまった。


 たしかに僕は以前ここに来たことがある。でもあの時はたしかシエナさんからもらったこの魔力変換吸収装置うでわのせいでかなりルリィさんをご立腹させちゃっていたから家の雰囲気を味わうなんて到底できなかった。だからある意味今日が初めての友人宅訪問みたいな晴れやか気分だ。


「今お茶を淹れますので皆さんどうぞ椅子に座っていてください」


 ルリィさんに促され、僕とアイちゃんは言われた通り部屋の中央に置かれていたテーブルセットに腰を掛けたのだがルル様だけはやはりルリィさん宅が気になるようでまるで美術館内をめぐるようにゆっくりと家の中を回り歩いている。


 やっぱり初めて訪れた友人の家というのはどうしたって興味を惹かれるものだ。気持ちは大いに理解できる。ただ僕が同じことをしては僕の性別を知るルリィがあまり良い気はしないだろうから男は黙って言われたことを遂行するのみだ。


「ん?」

 

 するとあるところでルル様が歩みをピタリと止めた。あぁそういえば僕も以前この家を訪れた際に棚においてあった―――って、あれ? そういえば…、


 僕がのことを思い出したのとルル様がに気づいたのはほぼ同時だったと思う。

 

 ルル様が今まで聞いたことのないようなトーンの声が部屋に響いた。


「これってまさか…」

 

 ルル様の視線の先。棚の上に、この家にはあまりにも不釣り合いなほど豊かに装飾が施された短剣が鎮座していることを僕は思い出した。


【あの、ルル様。もしかしてルル様がずっと探されていたエクスカリバーって―――】

「お待たせしました」


 何の状況も知らないルリィさんがテーブルにお茶を運んできてくれたのだが、僕とルル様にはお礼を言える余裕などまったくなかった。どころかとんでもなく異様な空気感を漂わせてしまっている。(本当にごめんねルリィさん)

 でもそれくらいにエクスカリバーというのはアデオン王家、ひいては王都ラマリカスの未来に多大な影響を及ぼす一品なのはルル様から聞かされていたので心穏やかにはいられなかった。


「ねぇルリィ」

「は、はい。なんでしょうか?」

「この剣、見せてもらってもいい?」

「ど、どうぞ」


 何が何だか状況が理解できてないルリィさんはまるで川に流す笹船ように流れに身を任せているようだった。


 そしてルル様はゆっくりと棚に置かれていた短剣を手に取るとその短剣を静かに鞘から刃を抜いた。


【!!!】

「!!!」

「!!!」


 光。ルル様が手にした短剣の刃の部分から淡い光を放ち、さしずめ『ライ〇セイバー』に輝いている。(あなたはジェ〇イなのですかルル様⁉)


【どうして剣が光を放つんですか⁉】


 そんな僕の疑問に答えることなく、ただただじっと短剣を見つめるルル様。

 しばらく気が済むまで見つめた後で静かに短剣を鞘に納めるとルル様は真剣な表情を僕らに向けると、


「ルリィさん…いえ、皆さん。私と一緒に王都へ来ていただけませんか?」


 まるで吸い込まれるんじゃないかと思えるくらいに深く、澄んだ瞳。その向けられた眼差しは友人としてではなく、一国のルルカーシェ王女として僕らのことを見つめてきているようだった。

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