第147話 姫様が~家に~くる~



 そして迎えた休日


【部屋よし! お茶よし! お茶菓子よし! あとはえーと、えーと…】


 僕はひとつひとつ指でさし、不備がないかをチェックした。


 ルル様がここに来ると決まった日から僕の大掃除の日々が始まった。

 片付け、掃除、洗濯…。普段の家事の本気度を『5』とするならば間違いなくここ数日の家事レベルは『10』だった。とりわけシエナさんの実験道具(ガラクタ)を片付けることには注力し、その結果、何とか人を招けるくらいの家模様にはなれたと自負している。


「おいおい何をそんなにおどおどしている? たかが一国の姫ちゃんだろ? どーんと構えていろ」

【僕はそんな図太い神経の持ち主じゃないんですよ。 こんなあばら家に姫様を招く身にもなってくださいよ。もう恐れ多くて気が気じゃないんですから】

「いや、お前の方こそ大概だぞ? まったく、人の家を何だと思っているんだ?」


 汚部屋、質の悪い子供部屋、ゴミ屋敷…言いようはいくらでもありそうだけど、居候させてもらっている身なので責任の半分は僕にあるからあまり大きな声では攻められないけど…。


 すると


     『ドンドンドン』


 かなり力強く扉をノックする音が家中に響き渡った。


 来た! 僕が思い描いていたノックの音量とは少し違ったけど、待たせてはいけないと慌てて扉を開けようとしたのだが、それよりも先にシエナさんが「開いてるぞ」と扉に向かって声かけたため向こうさんの方から扉を開いてもらう形となった。


「姫様のお成ーりー! なんつってな。ガハハハハ!」


 現れたのはいつも陽気なラマリカス王室近衛隊隊長のアルバさんだった。

 表情の基本形が『不細工な笑顔』のアルバさんは今日ももちろん例にもれずに隊長さんらしからぬ笑顔をみせてくれているけど、勝利祭で僕がルル様を守ろうとして負傷し、病院で入院した時に見せてくれたあの顔はまさに『ラマリカス王室近衛隊隊長としての顔』でとても格好良かった。(あれぞまさにギャップ萌えってやつだ)


 そしてそんなオンオフがはっきりとしているアルバさんの後ろでまるで一輪の花のようにルル様が凛と佇んでいらっしゃった。


「今日は私のために時間を割いていただきありがとうございます」


 一国のお姫様とも町娘とも違う、畏まり過ぎずカジュアル過ぎない絶妙にコーディネートされた私服姿のルル様はまるでマナーの教科書に載っているくらいキレイな一礼を僕たちに披露してくれた。


【とんでもありません。こちらこそこんなへんぴな所までご足労していただきありがとうございます。どうぞ入ってください】


 僕は二人を招き入れて部屋の中央に置かれたテーブルへ座るよう促した。

 アルバさんが椅子を引き、そこへルル様が座るとルル様が「例の物を」とアルバさんに伝えた。

 

 言われた通りアルバさんはおもむろに紙袋を取り出すと中からはいかにも高級そうな箱と小さな麻の袋を取り出しテーブルと上へと置いた。


「これは姫様からのささやかなお礼の品です」


 箱の方は見るからにお茶菓子だけど、この麻の袋ってもしかして…、


「少し遅くなってしまいましたけど、私とアデオン家からの感謝のしるしです」


 僕の視線がその麻の袋に集中してしまっていたらしく、アルバさんが補足するように言った。


「茶菓子と500ラブだ」

【500ラブ⁉】


 500ラブって、僕がセレーナさんのところでそれなりに働いてもらえる月給が20ラブくらいだから…25か月分の給料ってこと⁉ (まぁヘルプ程度だけど)


「おー悪いな、プリンセス


 そんな大金をさも『ポッキーを一本もらうぞ』的なノリで手を出すシエナさんの手を僕はペシンと叩いた。


「痛ッ! 何をする居候!」

【そんな大金受け取れるわけないでしょうが!】

「いいんだよチャコ受け取って」

「ほらプリンセスもこう言っているだろ? こういう場合受け取ってやった方が喜ばれることもあるんだよ―――痛ッ!」


 再び伸びるシエナさんの魔の手を僕はまたしても迎撃してみせた。


【ダメったらダメです! 私の故郷では『例え友達であってもお金のやり取りは良くないことだ』っていう共通意識みたいなものがあります】

「いやいや、お前ら主従関係だろ? たしか専属の使用人になったって話じゃなかったか?」

【そんなことになってたらここに僕はいないでしょ? 普通に友達です!】


 それはそれですごい話だと思うけども!


「とはいえ、出した側としては受け取ってもらわないことには引っ込められないだろ? プリンセスの気持ちも考えてやれ」

【でも、それは…】

「いいから受け取ってってばチャコ。あなたはあの時体を張って私を助けてくれたのだからシエナさんの言う通り受け取ってもらった方がこちらとしても嬉しいの」


 いや、結果的に助けたのはランフォード姉妹であって僕じゃないんですけど…。


 それに僕としては『ケガをしてまで姫様を守ろうとした自分カッコいい!』と思わせてもらっただけで満足なのに…ってそんなこと言ってもきっと納得してくれないだろうからなぁ。


 悩んだ挙句僕が出した結論は、


【でしたら…】


 僕は麻の袋を開いて中から一枚の金貨を取り出した。(って、金貨ですか? こんなきれいな硬貨初めて見た…)


【お気持ちとして一枚だけいただきます。それでどうかご容赦くださいルル様】

「なっ! お前…」


 もの言いたげなシエナさんをしり目にルル様は困惑した表情を見せる。

 そんな二人のことをルル様の隣に待機していたアルバさんの楽し気に眺めていたのだが、


「ガハハッ、欲がねぇな嬢ちゃん。姫、彼女はこうも強く意思を示されているのです。その思いをくみ取るのも姫の務めだぜ」

「すっきりしないなぁ」


 アルバさんからの助言を受け、最初は渋る表情をしていたルル様だったけれど最終的には納得してもらえたようで、行儀悪く背もたれに寄り掛かりながら「まぁ変なところが頑固なのもチャコらしいか」と、すぐに気を取り直してくれた。


 その姿を見てアルバさんは手早くテーブルに置かれた麻の袋を回収するとその様子を恨めしそうにみつけるシエナさんなのだった。


「ところでルリィ?」

【ルリィさんはもう少し家の片づけをしてから来るって言ってました】

「そうなの? 私が行くなんて言っちゃったばっかりに何だか申し訳ないな。私はただお礼を言ったらすぐ帰ろうと思ってただけなのに」


 一国のお姫様がこんなへんぴな森の中まで会いに来てくださるのにこんちはさよならはできませんよ。ルル様…。


【あ、いけない。今お茶淹れますね】


 あまりの大金を出されてしまい動揺したせいで客人にお茶を出すのを忘れてしまっていた。すぐに用意しないと…。


「アルバは酒の方がいいんじゃないか?」


 大金のことを諦められたのかシエナさんが旧友に向かってあざ笑うかのように言った。


「おっ、いいね。出されりゃ遠慮なくいただくぜ」


 しかしそんなものものともしないとばかりにニカっと口角をあげて答えるアルバさんに対しルル様がため息をついた。


「アルバ。今日は公務じゃないから別にいいけど、でもちゃんとやることやってもらわないと困るんだからね」


 それってつまりルル様の護衛ってことだよね?

 『特別だよ』みたいに言ってますけどほろ酔い気分でボディーガードするのってまずいんじゃないんですかねルル様…。


「わかってますよ。んじゃ、姫様の許可も出たことだし…」


 そういうとどこから取り出したんだとツッコみたくなるくらいに大きなボトルを取り出し、それをテーブルにドンと置くアルバさん。(いやいやいや! 許可は出してないから! 黙認レベルですから!)



 で。結局二人で飲み始めてしまった。

 最初はそんな二人に付き合うだけ付き合っていた僕とルル様だったけれど、さすがにシエアルコンビの酔いが回り始めてしまい、僕らでは手に負えなくなってきたので僕とルル様、そしてアイちゃんの3人で逃げるようにシエナさんの家から退避した。(というより楽しそうに昔話を語り合う二人の水を差したくないという意味合いもあった)



「追い出されちゃったね」

【ですね。でももうそろそろルリィも家の片づけが終わるころでしょうから急かすみたいで申し訳ないですけどそっちに行ってみますか?】

「そうだね。森の中じゃ他に行くあてもないし」


 そんなわけで僕らはルリィさんの家に向こうことにしたのだった。 


 

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