第137話 するの?しないの?どっちなの? (後)
そのあまりの美しさに僕はすぐに言葉を出すことが出来ず、数秒間ただただ彼女のことを上から下までキョロキョロ見ることしかできなかった。
淡い黄色のドレス。
ピカピカに磨かれたシューズ。
そして、普段見ることのないバッチリと決まったお化粧。
まるで童話や映画で出てくるプリンセスが突然飛び出してきたかのようにライサさんは輝いていた。
【……きれい】
ようやくで出せた言葉はあまりにもシンプルなものだったが、それでも今ばかりはその言葉が出せただけでも自分を褒めてあげたい。
こんな薄暗く、埃っぽい舞台裏には決して似つかわしくない、それこそルイ何世とかが催す社交界の場にいたって、一人勝ちしてしまうくらい異彩を放っている彼女を前にして自分の意見を述べられたんだから。
「あ、ありがとう…」
でも彼女、攻撃力は半端なくても防御力はてんでダメみたいで頬を朱に染めている…。
「お姉ちゃんめっちゃ似合ってるよ!」
あれ? ソニアちゃん、僕が誰に投票するってくだりはもういいのかな?
まるで僕から興味がなくなったらしくソニアちゃんはライサさんの周りとピョンピョン跳ね回ってる。(でも無理もないか。リハーサルですらメイクと衣装の完全体でお芝居をしたことなかったもんなぁ)
するとライサさんの後ろから制服姿に戻ったセレーナさん(そりゃ、いつまでもあんな露出高めの服きれませんよね…)が現れた。どうやらセレーナさんはライサさんのメイクと衣装を担当していたらしい。
「私もそう思います。ほんと素敵ですよライサさん」
「ありがとう。セレーナのおかげで今更だけどミウレ姫役に対するやる気とか意気込みがぐんぐん増してきてる」
ライサさんにしては珍しいすごく前向きな言葉が聞けた気がする。
つまりこれが本来のライサさんの姿なんだ…。
以前何かで『髪型ひとつで歩き方が変わる』という言葉を耳にしたことがある。
僕は今まさにその言葉の意味をしみじみと感じ取っていた。
さっき女の子はどうしてそこまでしてお化粧に情熱を注げるのかという疑問抱いたけど、今ならその意味もわかる気がする
……きっとみんな輝きたいんだ。そしてその情熱がみんなをきれいにしているんだ。
本番直前にしてみんなとの意気込みの差に打ちひしがれそうになったが、改めてメイクに衣装を着飾った自分の姿を化粧台の鏡で確かめる。
【………】
僕には日本に帰りたいという情熱しかないかもしれない…。
でもみんなと作り上げてきたこの舞台にかける情熱だって充分かけてきたという自負はある。それにことサントロス役に関しては誰にも負けない自信だってある。今それだけでいいじゃないか!
まるで自己催眠のように自己啓発をし、そして誰にも気づかれないように強く握りこぶしをしめた。
「あぁ、皆さんここにいましたのね。これから舞台の最終確認を行いますので全員に来てくださいまし」
そう言って現れたのはエスティさんだった。
うぅ~~~。なんだろう今更だけどエスティさんの顔を見たら一気に緊張してきちゃった。
「はーい」「はーい」「はーい」
そして舞台裏で各々の時間を過ごしていたクラスメイトの面々はエスティさんの号令に従い、三々五々集合してきた。
【さてと…】
僕もみんなに習うように化粧台の椅子から立ち上がり、集合しようとしたのだが、
「チャコ」
見るといつの間にか僕の隣までエスティさんがやってきていた。
【はい。なんですか?】
「覚悟は決まりましたの?」
それが一体何を意味するか、僕には痛いほどわかった。
【…いえ、まだ…】
「結局リハーサルでも一度もキスしませんでしたわよね?」
【…はい】
今しがた『サントロス役に関しては誰にも負けない自信がある』とか思っていたけど、すみません。単なる虚勢でした…。
「ただ、今更こんなことを言うのもなんですけど私個人の意見としてはチャコのしてきたフリでももう充分いけると思っていますの」
【本当ですか⁉】
「えぇ。幸か不幸か、あなたのフリはもうそれこそ役者の演技を通り越してペテン師の域のように見事にそれっぽく再現できていますわ」
ペテン師の域て…。
ただものすごく意外だった。てっきりエスティさんからは「お前いい加減にしろよ?」とお叱りの言葉を受けるものとばかり思っていたからまさか「フリ」でGOサインが出るなんて思いも寄らなかった。
【じゃぁ――】
「ただ!」
はい。やっぱり条件があるんですね…。
「この世界において、サントロスがミウレ姫にキスをして命を落とすというのは誰もが知る普遍的な事実ですの。それもちゃんと理解してくださいねチャコ」
それはいわゆる『ロミオとジュリエット』でロミオを追って命を落とすジュリエットのようなものですかね?
そう考えると、ジュリエットが怖気づいて後追いしないというのは確かにお話として頓挫しているような気がする…。
「それはライサも充分承知しているはずですわ。だからもう彼女もとっくに覚悟は決まっている思いますわよ」
【………】
「そんな彼女の覚悟を無下にするもの私は違うと思っていますの」
【………はい。そう…ですね】
「最終判断はあなたに一任いたしますわ。その際に起こる如何なることも責任はすべて私が引き受けますのであなたは存分に『サントロス』を楽しんできてくださいな」
そう言ってエスティさんは僕の背中を少し強めに叩くと、すでに集まっているクラスメイト達のもとへ先に行ってしまった。
【かくご…せきにん…】
結局やんわり諭されてしまったような感じになってしまった。
それでもエスティさんの言葉に何の抵抗も感じやっぱりエスティさんの人柄の賜物なんだと思う。
ただそんなエスティさんの言葉であったとしてもやっぱり僕の中ではライサさんとのキスシーンへの消極性はまだまだ健在だった。
だって僕はライサさんに自分の性別を偽っているんだから。
こんな嘘をつき続けている僕のために協力してくれているライサさんにこれ以上の不義理を働くわけにはいかないと、そう僕の心が命じている。
だからと言って真実を打ち明ければ済むという問題でもない。
真実を明かし、許しを請うにしたってタイミングというものがある。もし今このタイミングで僕がライサさんに真実を明かせばキスシーン云々どころの騒ぎじゃなくなる。お芝居そのものの実行も危ぶまれ、最悪、僕の日本帰還計画だって頓挫する恐れもある。
となるとキスシーンを執り行うにはチャコのままで臨むことになるが、果たしてそこまでしてキスシーンにこだわる必要があるのだろうか?
仮にもし今日僕がライサさんとキスをしてしまったなら、きっと後ろめたさに耐えられず僕はチャコのままチャコとして日本に帰ることになるだろう。その場合、僕がいなくなったあとの世界で事後報告のように僕の性別を知らされたライサさんの気持ちは察するに余りある。だからせめて日本帰る際にはちゃんと僕の口から真実を告げなくちゃいけないんだけど…。(一発二発は殴られる覚悟を決めないといけないよね…)
【う〜ん…】
キスシーンに臨んでも明るい未来図が見えてこない…。
唯一キスシーンに臨んで良い点はライサさんの覚悟に報いることができることと、観客が喜ぶくらいだけど、見返りがなぁ。
そんな葛藤に頭を悩まされていると、
「チャーーコ! 何してますのーー! みんな集まりましたわよ! 早くあなたも来なさいな!」
今の今まで僕と話していたエスティさんはいつの間にかもうクラスメイトが集まる輪の中心で僕のことを手招きしていた。
【は、はーい! すぐ行きまーす!】
本番前だというのにこの体たらく…、自分でも嫌になる。
クラスメイトの笑顔が一身に注がれる。
けれどそんな笑顔が今の僕には抱いている迷いや戸惑いを増々浮彫りにしていくようで妙につらい。それでもみんなに心配をかけてはならないという思いから僕は心に蓋をし、笑顔で光の輪の中へと身を投じたのだった。
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