第136話 するの?しないの?どっちなの? (前)


「それってつまり実質1位ってことじゃないですか! やりましたね先輩!」


 本番前。舞台裏で僕にメイクを施してくれながら何とも楽し気にソニアちゃんは笑った。


【いやいやいや、どうしてそうなるのさ!】

「先輩わかっていませんね。ああいうコンテストの票っていうのはみんなが自由に1票を投じるってものでもないんですよ? 『組織票』みたいなのがあって、例えば普段生徒会に予算とかで便宜を図ってもらっている部活とか同好会なんていうのは生徒会に忖度したりするんですから」


 サントロス役のためのメイク中に一つの話題として先ほどノルちゃんに聞かされた美少女コンテストでの僕の順位について話してみたら思いのほかソニアちゃんの食いつきがよく、話題を振った僕の方が少し引いてしまうほどだった。


【それってつまりあのコンテストにおいてある程度の票がアンジェリカ会長は流れたってこと?】

「はい」


 きっぱりと返事しちゃったよ、この子。

 でもたしかに全部を鵜呑みにはできないにしても、ソニアちゃんは元生徒会なわけだし妙な説得力はある。それに人間の心理としてはお世話になっている人には何らかの形で恩を返したいと思うのは普通なことだろうし。

 

 ではそれならファビーリャ女学院に来たばかりのルル様が1位になのか………いや、待てよ。顔を隠して出場したとはいえ、ルル様は一国のお姫様だ。どんな力が働いていてもおかしくはないか…。


 なんてことを言ってしまうとまるでルル様のあのパフォーマンスや情熱がまったくもって意味がなかったように言い方になってしまう。あの時、あの場所で観客のみんなを盛り上げたのは紛れもなくルル様の実力だった。だから与えられたあの感動だけはしっかりと心に刻んでここは触れないでおこう。


 そんなことを思っているといつの間にかソニアちゃんは見慣れないペンを手に持ち「先輩、失礼します」と言いながらそれを眼球に近づけてきた。


【ちょっ! ソニアちゃん何する気⁉】

「何ってアイライン引くんですよ。おめめパッチリメイクじゃないと遠くのお客さんの印象に残らないんですよ?」


 えっと…アイライナーっていうんだっけ? 一応僕もこの世界に来てルリィさんにお化粧の心得みたいなものを習いはしたけど、そもそもルリィさん自体が自然派というか、あまりそういうものをしない人なのでそんな眼球すれすれのとこのメイクなんてしたことがなかった。

 というか、そんなものを瞼に押し当ててまで美を追求をする女性方の考え方が理解できないというか、情熱がすごいというか…。


「大丈夫ですよ。先は筆状になって柔らかいですから。さぁ、安心して瞼を出しちゃってください」


 瞼を出すて…。


 でもこの期に及んでサントロス役に万全を期さないというのはここまで全力で走り抜けてきた僕自身が許せない。


 僕は渋々ソニアちゃんの言葉を受け入れ、アイラインを書いてもらうことにした。


「ではいきますよ」

【カモン】


 まずは右側から……あ、ほんとだ。全然痛くない。

 もう幾百と繰り返してきたであろうソニアちゃんの筆捌き(?)はもはや匠の技の域なのだろう。こんなことがさも平然と出来てしまうなんて、女の人って本当に僕らの知らないところで並々ならぬ努力しているんだなと感心してしまう。

 

「それでですね、話を戻しますけど何のしがらみのない先輩が美少女コンテストで3番目だったってことはそりゃーもう実質1位みたいなことなんですよ。参加していた私としてはかなり複雑な気分ですけど…」


 しかも雑談交じりでもまったく手の動きを止めたりしないあたり、もはや『感心』を通り越して『尊敬』の域ですよ…。


【いやいや、もし組織票がなかったとしてもその分の票が私のところに来るとは限らないじゃない? だから結局はどうなったかなんて今話したって意味ないよ】


 うん。でもこんな誰得な話題はさっさと終わらせるに限る。

 

 そして今度は左瞼のアイラインへと移る。


「たしかに。こんな話は不毛ですよね」

【そうそう】

「重要なのはってことですよ」

【そうそう…って、えぇ⁉】

「あ、先輩動かないでくださいよ。ズレちゃったじゃないですか」


 そういうと特殊な薬液を沁み込ませた布で僕の瞼を拭いてくれるソニアちゃん。


【あ、ありがとう】

「いえいえ。で。先輩なら誰に投票したんですか?」


 さすがはお化粧の玄人。手を止めることなく手際よくアイラインを引き直しながらも追及の手も緩めてはくれない。


【も、黙秘します】

「却下します」

【うぅ…】


 ちらりとソニアちゃんの顔色を窺うように覗き見るが、作業内容が『アイラインを引く』というだけにばっちりと目が合ってしまった。


「まさか自分に投票するなんてこと言わないですよね、あと棄権も。ね、先輩?」

【………】


 ……退路を断たれていく。


「一体誰に投票したんでしょうね先輩は。生徒会長さんか、姫様か、名家のご令嬢か、聖女の姿のハーフエルフさんか、はたまた可愛い可愛い後輩か」

【なんでルリィさんのところだけ衣装名込みなの?】

「私のとこはスルーですか……はい。終わりましたよ先輩。あと、揚げ足は取らなくていいですからね」


 ちくりと注意されてしまった。

 ただそれ以上に目の前の化粧台の鏡に映る僕の姿がいかにも本番前の役者さんって感じがして我ながら見入ってしまった。(おぉ、これが英雄サントロスか…)


「で。先輩、先輩は一体誰に投票しましたか?」


 両肩に手を置かれ逃げられないようイスに固定されてしまった。

 ソニアちゃん…本当に逃がす気ないか。さてどうしたものか…。


 この四面楚歌とも呼べる状況で僕はふと芥川龍之介の『蜘蛛の糸』のことが頭に浮かんだ。だれかこの地獄に救いの手を差し伸べてくれる人はおらんかの? と。


 するとそこへこのアテラの地に『お釈迦様』が降臨してくださった。



   「あら、『身なりは人を作る』とはいうけど様になってるじゃない。ま。私も人のことは言えないけど」



  鏡越しに声の主を確認すると、鏡の中には『お釈迦様』ではなく『女神様お姫様』が立っていた。


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