第138話 開幕


「いや~、すまないな迷惑かけて」

「別に。マナのない異世界人を無理やり学院に編入させることを思ったら座席の確保くらいまったくもってどうってことないわよ」


 講堂の最後方の端の座席にシエナとトリエステはひっそりと座っていた。


「それより本当に良かったの?」

「何がだ?」

「席。最前列だって学院長権限で確保できたのに」

「は? それではまるで私が芝居を楽しみにしていたみたいじゃないか」

「実際にそうでしょ? たまに連絡があったと思ったら『芝居の席を確保してほしい』って。どう見たって愛弟子のお芝居を楽しみにしている人にしか見えないでしょうが」

「誰が愛弟子だ! あいつは単なる居候だ! 私はただチャタロウあいつがお芝居でとちって慌てる姿を見に来ただけだ。演目は『サントロス』かもしれないが気分は喜劇を見に来ている感覚だ」

「素直じゃないんだから…」


 そんなトリエステのつぶやきを無視し、シエナは改めて講堂内の様子をぐるりと見回してみた。

 席は満員御礼状態。トリエステから聞いた話によると毎年学院祭ではこの講堂を使って多数のお芝居が行われているそうだが、ここまで人が詰めかけたことは未だかつてないという。そんな前情報があったせいか人混みを極端に嫌うシエナではあったがその表情になぜだか『苦』の要素はあまり感じられない。

 

「ねぇ、ところでどうして私までこんなもの付けなくちゃいけないのよ?」


 するとトリエステは普段かける必要のない眼鏡(伊達)を指さしながら問い詰めた。


「うるさい。私はともかく、君は日ごろから人前に立つことが多いから知名度だって未だに衰え知らずだろ? そんな人間の隣にいて誰かに声をかけられて、ついでに私にまで話しかけられたら面倒だ」

「相変わらずの人間嫌いね。そのくせ妙に面倒見が良いところもあるから質が悪い」

「誰が面倒くさい女だ! 闇魔法使いの気質なんだよ、陰キャなのは。お前みたいな陽キャには一生かけたって理解できんよ」

「いや、闇魔法使いとかは関係ないでしょ…」



 そんな話に花を咲かせせて(?)いると、場内にアナウンスが流れた。



   『皆さん、お待たせいたしました。これより2年○組による『サントロス』を開演いたします』

 


 そしてアナウンスが終わるのと同時に講堂にある窓のカーテンが一斉に閉められ室内は一気に薄暗闇へと包まれた。


「おっ、始まるぞ」


 シエナは気づいていなかったがこの時彼女の口角は普段ではありえないくらいのところまで引き上げられていた。それを横目で見ていたトリエステは少なからず驚いた。


 けれどそんなトリエステの動揺などお構いなしにステージを覆っていた幕がゆっくりと上がげられていく。


 そして現れたのは二人のよく知る人物たちが着飾り、スポットライトに照らされ、観客たちを魅了する輝かしい姿だった。



   【『では参りましょうかミウレ姫。今朝はまさに旅立つには絶きょ…絶好の日和です!』】

   「『おやめなさいサントロス。今は私とあなたの二人だけ。そのような他人行儀な呼び方ではせっかくの長旅も興が乗らないというもの』」



「おいおい。せっかくばっちりと決まった格好しているのに第一声から噛むやつがあるか」



   【『ですが私も近衛団の副団長となった今、たとえ出立前とはいえ護衛という任務を任された以上、公私の区別はつけたいと思っています』】  

   「『そんなことは望んではおりません。この旅の目的は”静養”です。心が穏やかでなければこの旅に出かける意味がないでしょう?』」



「あぁ、ここのセリフだったのか。人が気持ちよく寝てるところを何度も何度も大声で……」


 茶太郎がセリフを言う度に楽しそうにガヤをはさむシエナ。

 そんなシエナの態度に隣で座るトリエステは学園長として注意べき状況なのだが何故か彼女はシエナを注意することができなかった。


 それは何年も間ともに旅をし、魔王まで倒した仲のトリエステですら見たことがないほど楽し気な表情だったからだ。


「ん? どうした?」


 そんなトリエステの熱視線を感じ取ったシエナがトリエステの方を向いた。

 けれど、そのあまりに熱心に舞台を見つめていたシエナの視線を遮ってはいけないという思いからトリエステはすぐに「何でもないわ」と返事する。


「そうか」


 そしてシエナの視線は再び舞台へと移った。



   【『ですが私はあなた様のお父上であらせられる国王陛下様より”娘を頼む”と直々に言いつか――』】

   「『お父様が何だというのです!!』」



 

「彼女なかなかに良い演技するわね」

「彼女? あぁ、ライサのことか。まぁライサの方は家柄も良いらしいからな、お芝居に触れる機会も多かったんじゃないか?」

「それにチャコさんもなかなかに男役が様になってる」

「ハハ、そうじゃなきゃ困るだろ?」

「困る?」

「あー、いやほら、舞台に出たからにはもうあいつも一役者なんだからしっかりと役になりきれって意味だ」

 

 そう説明する、それこそ大根役者のような演技では十年来の仲であるトリエステには不信感しか伝わらなかったようで妙な目つきでシエナのことを見つめていた。(演技に関してはシエチャココンビは『青は藍より出でて藍より青し』のようだ)


「そう、なの?」

「そ、そうさ。あいつマナはないがそれなりに何でも卒なくこなせるんだ。器用貧乏って奴だな。元いた世界には『マナ』という概念がないらしいから元いた世界では優等生扱いされていたかもな」


 急にちぐはぐなことを饒舌に語るシエナを見てなお怪しむトリエステだったが、それでも茶太郎のことをまるで自分のことのように楽し気に語るシエナの姿を見てトリエステは思わず「フフフッ」笑ってしまった。


「なんだ急に? 気色悪い笑い方をして」

「いえ、ただもったいないことしたなって少し後悔してただけ」

「後悔? 何言っている? 君の人生、今に至るまで順風満帆そのものだろ。何を後悔する必要がある?」

「あなたを指導者のこの道に引き込めなかったこと」

「はぁ? 何言っているんだ? 私にそんなもんできるわけないだろ?」

「いいえ。あなたがチャコさん彼女に向ける視線や語る時の姿は他のどんな教員にも劣らないほど『愛情』が感じ取れた」

「愛情なんてもの微塵も……まぁ、小指の先くらいはあるかもしれないが、その程度のもんさ。誰かを指導できるほど私は人間出来ちゃいない。単なる節穴だ」


 そしてこの話は終わりだとばかりに再び舞台へと視線を向けるシエナ。

 


   【『では皆のもの! これより出発するぞ!』】



「ハハ。なーにが『出発するぞ』だ。そんなこと言えたたまでもないくせに」


 楽し気に笑うシエナの横顔。


 言葉にはしなかったが昔のシエナを知るトリエステからするとまるで別人のように人間味を持ったシエナのことを見て、時の流れを痛感するトリエステ。


 本人は違うと否定するだろうがそれは決して悪いことではないと伝えたかったがこれ以上彼女の舞台観覧を邪魔しては申し訳ないという思いからトリエステは一言「だったらいいけど」とつぶやいてから華やぐ舞台へと視線を向けるのだった。

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