第134話 小市民なグループ


「ね、ねねね迷いの森ネネツの森から来ましたルリィ・つつつツィツィアーナでふ!」


 僕の一つ前の番のルリィさんはろれつが回らないほど緊張している様子だった。


「あの、ずいぶん緊張してるみたいッスけど、平気ッスよ。落ち着いてくださいッス。みんなあなたの味方ッスから」

「はひぃ!」


 この場面だけ見た人ならルリィさんが先輩だなんて思われないだろう。それくらいまでにノルちゃんの司会ぶりは洗練されてきていたし、逆にルリィさんは弱弱しく見える。


「それで、大変心苦しいんスけど、自己アピールなんてものをしてもらえると…」

「はひぃ! わ、私はハーフエルフでして、母がエルフ族、父が人間族の生まれで…」


 あーぁ。せっかく聖女らしくケープ姿で耳もしっかりと隠せているのに自分からハーフエルフであることを言っちゃうなんて…。


 普段なら絶対に言わないようなことも極度の緊張のせいで見事に大衆の前で暴露しているルリィさんの姿を見て僕はとても心苦しくなってしまった。


 たしかに僕たちはセレーナさんのためにこの美少女コンテストに参加している。でもそれは『友情出演』というよりもルル様の悪乗りに付き合わされている部分が大きい。

 つまり小市民な僕らがルル様が決めたことに異を唱えることもできないまま今こうして参加しているということになる。


 にも関わらずそれでも必死な思いをしてステージに立つルリィさんを僕は助けたいと思った。(というよりいつも助けてもらってるんだからこういう時こそ助けろよ! って話だ)


【…っ!】


 途中ソニアちゃんに「まだ先輩の番じゃないですよ」と声をかけられてしまったけどそれをサムズアップで応え、テンパっての奇行ではないことをアピール。そのままルリィさんたちのいるステージへと向かった。


【どうも~~! エントリーナンバー⑧番、2年の柳町やなぎまちチャコで~……す】


 が、そんな僕のちっぽけな男気がいかに勇み足だったかをすぐに味わうことになった。


【(…噓でしょ)】


 だって舞台袖から見ていただけではわからなかったけど、ステージに立ってみたら思いのほか…というよりも引くほど観客が多く、群衆の圧に負けそうになり足がすくみかけた。


 今までみんなあんな平然とここで自己紹介してたってこと? 


 僕もサントロスの芝居で人前に立つことへの耐性は付いたと思っていた。でもそれは甘い考えだった。『美少女コンテスト』というキャッチ―なイベントというものはそれだけ人々の関心が高いということなのだろう。僕らが後で講堂で行う予定の『サントロス』の想定している動員数を倍以上の観客が一斉に僕らのことを見ている。


 おまけに僕は今、乱入してきた形で参加してしまった以上悪目立ちしてしまった。加えてこの格好白ドレス姿。(…それにたしかアテラの人たちって黒髪の人間を忌み嫌う傾向にあったよね?)


 それでも一人、ルリィさんだけはそんなひより切った僕のことを目を潤ませながら歓迎してくれた。


「…チャコさん」「あ、あれ? 師匠…まだ師匠の番じゃ……」


 ええい! こうなりゃヤケだ!


【…じ、実は私異世界から来ていま~す! これほんとの話なんですよ~。不思議ちゃんじゃないですよ~】


…………

………

……


 そして地獄のような沈黙。(まぁ、突然現れて「私は異世界人だ』なんて言われたらそりゃあ無理もありませんよね…)


 あぁーどうしよう、この空気…。流れが完全にルル様やエスティさんと同じ流れだ…。


 けれど、そんな地獄のような空気を何とかしようと司会のノルちゃんが声を張った。


「そ、そうなんスよね! 師…チャコさんは正真正銘、あの彗星の一団クワトルステラの一人であるシエナ様によって招かれた本物の異世界人なんスよ!」なんて言うノルちゃんのフォローも虚しく、会場の空気はどんどんと…と思ったのだが、以外にも会場からは別の反応が…。


「じゃぁあの子が以前ルル様を助けたとかいう―――」とか、

「あの子、マナがないのにファビーリャ女学院で首席なんだって」とか、

「俺ドローミ高原にダチがいんだけど、そいつから聞いた話だとあの子、パストレ村に現れたっていうドラゴンを自分の精霊で八つ裂きにしちまったんだってよ」とか、とんでもない噂が横行していた。(めちゃくちゃ尾びれ付いてるぅぅぅ!!)


 ただ、当初の目的である『ルリィさんをかばう』という意味では多少なりとも効果はあったみたいなので良しとしておこう。


「いや~、今回の美少女コンテストは本当に皆さん素敵な方ばかりで甲乙つけられないッスね~!」


 僕の登場によりなんだか雰囲気がおかしくなりつつある会場の雰囲気を必死に軌道修正しようとしてくれているノルちゃん。(本当にごめんねノルちゃん)


「ところでその衣装はもしかして…」

【はい。服飾部の衣装です】

「なるほど皆さん連携してるッスね~。それにしても師…じゃなくてチャコさん、とってもお似合いッスよ。そのウエディングド――」

【白ドレスです!】

「え……そう…なんスか?」


 えぇ。わかってますとも言いたいことは。でもそれを僕が、男である僕が認めるわけにはいかない! だから周りに何と言われようと僕は最後まで声を大にして訴えてよう【これはだ】と。 


「では時間が押しるみたいッスから最後にお一人ずつ、その衣装にちなんだパフォーマンスなんかがあれば見せてほしいんスけど…」


 僕とルリィさんは互いに顔を合わせ眉をひそめ合ってしまった。


 きっとノルちゃんなりの気配りだったんだろうけど、この衣装でするパフォーマンスっていったら…。


 ただ実際問題このあとに控えている劇の準備だってあるわけだし、心構えの時間だっている。だからここであまり時間を使うわけにもいかない。それはルリィさんも承知しているらしく、最初こそ戸惑っていたルリィさんではあったが覚悟を決めたように自ら率先してステージの中央へ立ち、おもむろに両手を合わせると――、


「今日、ここで皆さんと出会えたことを神に感謝いたします」


 まるで本物の聖女ばりに神秘的な何かの後押しを受けているかのように妙な包容力が会場を包み込んでいるような気がした。(完全に目の錯覚だけど後光がさしているように見えるし…)


 そしてルリィさんの祈りタイムが終わると当たり前だが次は僕の番なわけで…。


「ルリィさん、本当にありがとうございましたッスーー!! ではお次はチャコさんの番スね! ではどうぞッス!!」


 「どうぞッス」って言われてもこの白ドレスでできるパフォーマンスといったら僕に浮かぶのはしかないんですけど…。


【えっと……】


 やるのかチャコ? 本当にをやらなくちゃいけないのか僕は…?


 思考を重ねれば重ねるほど、それだけ沈黙の時間が増えていき、より皆さんから注目が集まってゆく。


 仕方がない。…やろう。

 僕は今一度初めてスカートを穿いた時のことを思い出し、ルリィさんが今まで立っていたステージの中央に立った。


【………】


 そして小さく息を吸い、整えてからそれを一気に放出した。



【ど、どなたか私をもらっていただけませんかーーー!!】



 …言ってしもうた。

 後悔はある。というより後悔しかない。でもこれもお世話になっているセレーナさんのためだと言い聞かせ、なんとか足を踏ん張り羞恥に耐えた。


…………

………

……


 で、でもさすがにあんなに賑わっていた会場を二度も無音にするというのは『焦り』を通り越して『恐怖』ですらあった。


 しかしながら驚いたことに会場からは僕の問いかけに対して会場のあちらこちらから「OK」の返事が頂けました。(でもごめんなさい。自分で言っておいて大変に申し訳ないんですが、僕男なんです)


 嬉しさや虚しさ、切なさが入り混じる感情の中で一際恥ずかしさが溢れて顔面表面温度がそろそろ限界に達してしまいそうになった僕はノルちゃんの〆のあいさつも待たないまま逃げるように舞台袖へと避難してしまった。


「あ、あれ!? し、師匠!? おトイレッスか?」


 けれどそこはノルちゃんの手腕により僕の逃走劇は角の立たないようフォローしてもらい事なきを得ることができた。(ほんと、頼りない師匠で申し訳ない)



 その後3名の出場者の紹介も行われ、美少女コンテストはついに審査タイムへと移ったのだった。

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