第129話 そして始まるみんなの宴 (3)
まず僕らが向かったのは服飾部の部室だった。
【……すごい。この間ここに来たときはこんなに衣装を展示するなんて感じ全然させてなかったのに…】
「衣装は普段隣の準備室に置いてあるから」
僕らがいざ
だってまさかクラスでの出し物があるのに部活でも
【でもまさか『サントロス』の衣装づくりとは別に服飾部の衣装展示までするなんて思わなかったよ。これ全部セレーナさんが作ったの?】
「まさか! ここにある衣装のほとんどは卒業生の作品だよ。だからマネキンに衣装を着せる手間はあったけど実際はそれほど大変ではなかったかな」
前回ここで『サントロス』の衣装合わせをしたときにはなかったマネキンたち。その数、十数体。それ以外にも部室前の廊下には客寄せのためと思われるマネキンが数体。そのそれぞれに服飾部で製作したという渾身の衣装を着せられ、この華やかなお祭りを更に盛り立てているようだ。
「ねぇセレーナ。隣の準備室にはまだ衣装もマネキンもあるようですけど、それらは展示いたしませんの?」
今までみんなと一緒に衣装を見て回っていたエスティさんがいつの間にか隣にあるという準備室のドアを勝手に開けて中を覗いている。
「時間の関係上、さすがにこの数で限界でした。でも特に気に入っているものばかりを選んだつもりですのでまぁいいかな、と」
【どれどれ…】
興味が湧いたので僕もエスティさんに続いて準備室の中を覗かせてもらう。
中はまさに服屋…というよりも撮影スタジオの衣裳部屋のような煌びやかで質のいいドレスを中心に数多くの服飾関連の物が並べられていた。
【え⁉ これ全部日の目を見ないの? もったいない】
すると、
「うわ! そっちの展示されているのもすごかったけど、こっちのもクオリティ高いね! さすがアビシュリにある女学院って感じだ!
そしていつの間にか準備室の中に入り、ハンガーにかかっていた衣装を一着を手に取るルル様。
あとで聞いた話になるが、アビシュリは大戦前はその立地から貿易の拠点として大変栄えていたらしく、特に『綿』の取り扱いに長けていたという。となると事前とアビシュリは織物産業が盛んとなり、それで町は繁栄したという。
ただ、魔王軍との大戦のせいで地形が変化してしまい、物流ルートのいくつかが閉ざされてしまったせいで今では以前ほどの繁栄はなくなってしまったとか…。(っていうか『地形が変わる』ってどんだけすごい争いだったの⁉)
「これを全部出す時間がありませんでしたので…」
「セレーナ以外に他の部員はいませんの?」
「えぇ、残念ながら」
「そうですの…。歴代の服飾部の先輩方の想いのこもった服ですのに…」
美術というものに関心の高いエスティさんにとっては『服』も立派な芸術作品ととらえているのかもしれない。並べられた衣装を眺めては少し寂しそうな表情を浮かべている。
でもエスティさんの言いたいことはよくわかる。エスティさんが好きな美術品と違って『服』は着て、はじめてその役目を果たす。ただ飾ってあってもまるで意味がない。
なんとなくしんみりとしたムードになってしまったがそれを打破するようにあの子は声をあげた。
「なら、これを着て
…ソニアちゃん。その提案はつまりこの煌びやかなドレスを僕も着ろっていう意味だよね?
見れば『サントロス』の配役を決めた時みたく彼女はまたしてもあの悪い笑顔を浮かべてながらこちらを見ていた。(……鬼畜)
で、
「超絶似合ってますよ先輩!」
【………】
着ましたよ。純白のドレス。
「おぉ! さすがはスタイル良し、顔良しのチャコだ。この姿を見ちゃうと単なる私のお世話係をさせるのがもったいないレベルの別品さんだぁ!」
【……ありがとうございます】
それにしてもこのドレス…足こそ露出が少ないものの、肩から胸元まで結構パッカリ開いちゃってるんですけど!
【あの…このドレス肩とか胸がスース―するんですが…】
「大丈夫ですよ先輩! ちゃんとぺったんこ仕様の胸元に刺繍の施してあるドレスを選びましたからそこまで目立つことはありませんよ!」
いやいや、問題はそこじゃなくて! というよりも…、
【私もその衣装の方が良かった!】
「私だってサイズが合えばそういうドレスが着たかったですよ!」
「まぁまぁ、よしなよお二人さん」
そう言って僕らを止めに入ったルル様の姿もまた僕の望むような
【私もルル様やソニアちゃんが着ているような仮装みたいな衣装が良かったです! なんでこんな素敵なドレスなんですか!】
「おかしなことを言うねチャコは。女の子なら普通そういうドレスを着たがりそうなものだけど…」
だって私がチャキチャキの男の子ですから。
「だって仕方ないよ。姫の私がドレスって当たり前すぎて面白くないじゃん」
【だったらせめて私も違う衣装を選びたかったです!】
「みんなの見立てではその衣装がチャコには一番似合ってたから。それにそういうの着てればきっとこのお祭りに来た殿方様たちからも声かけられまくりだよ!」
ここで【それが嫌なんです!】なんて言うとまだ「じゃぁチャコはどういう人が好み?」とか聞かれそうだったのであえて何も言わないでいると…、
「チャコはまだいいじゃありませんの! 私なんて『悪魔』ですわよ!」
着替え終わり、僕らのもとにやってきたエスティさんは開口一番文句たらたらだった。
でもさすがにエスティさん言い分もわかる。エスティさんの衣装は僕ですら同情するレベルの露出度だ。
「そりゃそうさ。エスティが人前でドレスを着ても珍しくも何ともないからね。だったらこういう変わり種なのを着た方がみんなの目に留まるじゃん! 私たちはこれから服飾部の宣伝のためにこれを着て
「えぇ! ちょっと待ってください! この格好で校内を歩くんですか⁉」
そしてエスティさんの悪魔コスとは対抗馬にあたる清廉潔白な『聖女』の恰好をさせられてたルリィさんが慌ててルル様に問い詰める。
「そうだよ。部員不足の友人のために一肌脱いであげようじゃないか」
「でも私が聖女様なんて…」
「似合ってるって。着てる衣装はみんなのイメージを反映して選んだものから…」
「ちょっとルル! それは一体どういう意味ですの⁉ それではまるで私が悪魔のような人間みたいじゃありませんの!」
各々言いたいことはあるようだけれど、こうして傍から見ている分には大変面白い光景だ。(なるほど。これは確かに宣伝効果あるな)
「皆さん本当にすみません私のために…」
そう言って申し訳なさそうに僕らに頭を下げたのは胸元の破壊力が桁違いな武闘家姿のセレーナさんだった。(まさかこんな衣装まで作るなんて一体どういう組織なんですか服飾部…)
「セレーナもその恰好で学院内を回れば学院に来た男子に大うけだろうね」
いやいや、それだと全然意味ないですよね? ターゲットは在学生なのによその男子を喜ばせても服飾部に入部できないんですから…。
「いえ、私はここで展示している衣装の説明をしなくてはいけませんから」
「そっか。ならセレーナの分も私たちがしっかりと勧誘してきてあげるから楽しみに待っててね」
一体ルル様がどこまで本気なのかはわからないけど、彼女は猪突猛進型の姫様だからなぁ。とことんやり遂げるんだろうなあ。
「では皆の衆! この
彼女の持つ王族の資質というやつなのだろうか。あまり乗る気でなかった僕らも彼女の鶴の一声にはなぜだか逆らえず、渋々服飾部の部室からぞろぞろとカルガモの親子のように連なって退室する。と、
【…あれ? ライサさん、行かないの?】
ふと振り返るとまるで英国紳士調のダンディー男装姿のライサさんが
「私はここに残る。セレーナに悪い虫がつかないように目を見張っとく必要がありそうだから」
そう言ってセレーナさんの方を一瞥するライサさん。
なるほど言いたいことはわかった。たしかに
【だね。じゃぁここはよろしくねライサさん】
「あなたもくれぐれも厄介ごとには巻き込まれないようにね。あなたは歩くトラブルメーカーなんだから」
くぎを刺されてしまった。
でも自分でも少しだけ自覚があるから強くも否定できず…、
【だ、大丈夫っ! 私にはアイちゃんがいるしね】
そう言って僕はアイちゃんの方を見る。
するとアイちゃんも僕のことを見つめ返してくる。
アイちゃんの瞳は相変わらず綺麗な藍色で僕の姿がはっきりと映り込んでいる。まるで神秘の泉のようだ。(ちなみにアイちゃんには衣装はない。彼女に合うサイズの衣装がなかったため免除となったのだ。うらやましい…)
「お~いチャコさ~ん! 行くよ~!」
そこでルル様の声がかかり僕らはセレーナさん、ライサさんに見送られながら急いで部室をあとにしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます