第83話 再会


「ここだよ、チャコさん」


 パストレ村に到着した翌日。

 僕らはあるミッションを遂行するためセレーナさんに案内してもらってやってきたのは村唯一の商店だった。


「おー、セレちゃん帰ってたのか! どうだいアビシュリでの生活はだいぶ慣れたのかい?」


 中に入るといかにも陽気なそうな中年の男性がなんとも気さくにセレーナさんに話しかけてきた。


「あ、おじさんご無沙汰です。もう向こうの人は結構せっかちな人が多くて合わせるのが大変だよ」

「ハハハ! そりゃ大変だ。ま、こっちの人間はオヤジさんを除いてのんびり屋が多いからなぁ。そればっかりは慣れるしかねぇんじゃねーかね」


 さすが狭い村というだけあって全員が顔見知り、全員が知り合い、そんなような関係性なんだろうということは二人に様子を見れば容易に想像できた。


「で、そっちの可愛らしい子は同じ学院に通うお友達さんかい?」


 あれ? 僕、今女装してないよね?


 ニカッと黄ばんだ歯を出しながらからかうように僕らのことを交互に見る店主さんに僕はどう反応していいか一瞬躊躇してしまうとセレーナさんが間髪入れずに自慢のバディーを僕にグッと押し付けながら、


「違うよ、おじさん! 私の彼氏さんで〜す!」


 役得といえば役得なのだけれど、あんまり体を密着されると僕のみすぼらしい胸板とか筋肉の付き方の違いとかで性別がバレてしまいそうな気がするので過度なスキンシップはやめてほしいなぁ…。(普段のセレーナさんならこんなことしないのに…今日はどうしちゃったんだろうか?)


「なんだ彼氏さんかい。くぅ~~! 見せつけてくれちゃって。若いっていいなぁ」


 そんな僕らの様子をまるで太陽でも見ているかのように目を細めながら祝福してくれる店主さんに顔をほんのりと赤く染めて閑話休題をばかりにセレーナさんは一度咳払いをする。


「コホン。それでねおじさん、『トリューフゥン』と『フィオール結晶』って今お店にありますか?」


 そうそう。本題はそこ。

 それが僕らがここに来た理由で、そして、この村に来られた理由なんだから。



――――――――――



【『トリューフゥン』と『フィオール結晶』ですか?】


 当初、僕がパストレ村に行くことを反対していたシエナさんがゴーサインを出してくれたのにはある条件があったからだ。

  一つは、護衛にアイちゃんを連れて行くこと。そしてもう一つが…、


「あぁ。それらを極力、持ち帰ることが条件だ」


 シエナさんは僕らの前で自慢(?)の黒の前髪をサッとあげる仕草を見せたみせた後、居住いずまいを正すと、


「それらはドローミ高原の地域でのみ採取されたことが確認できていない素材で、この界隈かいわいで金を出して手に入れようとしたなら結構な額を積まないと入手できん希少な代物なんだ」


 いつになく真剣なシエナさんの表情に自然とこちらまで生つばを飲むを飲んでしまった。


【あの、それって一体どういうものなんですか?】

「そんなの口で説明するのは簡単だが、それではつまらない。実際に行ってお前の目で確かめて来い。ただ一言言えるのは『それらはお前が元の世界に帰るのに重要な代物だ』ということだ」

【!!!】


 僕が日本に帰るのに必要なアイテムを揃えるのが条件。

 そんなもの『条件』なんて言わない。僕に課せられた『義務』だ。だから全力で挑まないはずがない!



――――――――――



 僕は店主さんに熱視線を向けて店主さんの言葉を待った。


「あぁー、もうボチボチそんな時期だな。トリューフゥンはちょうどあと何日かで収穫の解禁日だからワーウルフんとこ行けば手に入れられなくはないんじゃねぇかな?」


 ワーウルフ…。そういえばセレーナさんは以前自分の故郷は人とワーウルフが仲が良いみたいな話をしていたような気がする。それってつまりこの近くにオリオリちゃんの地元があるってことなのかな?(そういえばオリオリちゃん、今頃はセレーナさんの空いたシフトの穴を必死で埋めているのかな? 帰ったらお土産持って行こう)


「今年はどうですかね?」

「さぁな。天候を比較的良かったしそこそこの量はあるんじゃないか」


 どうやらセレーナさんと店主さんの話を聞く限り『トリューフゥン』とは鮎だとかアサリだとかそういう類の素材のようだ。


 とりあえずトリューフゥンに関してはワーウルフ族のところに行けば手掛かりがつかめそうなのはわかった。


「あの、それでフィオール結晶の方は!」


 なので僕はセレーナさんたちが和やかに話しをしているにも関わらず、ついことを急いてつい食い気味に店主さんに詰め寄ってしまった。


「お、おぉ…フィオール結晶か、あるにはあるんだがひと昔前と比べると今はすげー値が上がっちまってるけど大丈夫かい?」

「お、おいくらなんですか?」

「ん~、セレちゃんのよしみでどんなに頑張っても300ラブが限界だな」

「300ラブ⁉」「300ラブ⁉」


 僕らはつい声が被ってしまった。

 だって300ラブっていったらアビシュリで毎日外食したって数ヶ月間は生活していける金額だ。


「どうしてそんなにたかくなっちゃってるんですか? 私がまだここにいた頃は高かったですけど、100ラブくらいで買えてましたよ」


 そんなセレーナさんの質問に少し驚いた様子をみせる店主さん。


「もしかしてセレーナちゃん、オヤジさんから何も聞いてないかい? 『ヌメロの洞窟』のこと?」


 ヌメロの洞窟?


「いいえ、何も。何かあったんですか?」

「それが最近、あの洞窟に巨大モンスターが住み着いちまったらしいんだよ」

「巨大モンスターですか!?」


 いまいち状況をわかっていない僕のために店主さんはヌメロの洞窟について教えてくれた。


「あぁ。あそこは世界的にも珍しい鉱石と岩塩が採れる採掘場のデパートみたいなところなんだが最近そこにモンスターが住み着いちまったせいで村の収入源である鉱石と村の特産品であるチーズに甚大な被害がでちまっているんだ」


 店主さんのおかげで状況がなんとなく理解出来てきた。

 つまり洞窟を占拠されて鉱石が採れなくて困っていると、でもそれとチーズに一体どういう関係があるというのだろうか? 


 そんな疑問が頭に浮かんでいると今度はセレーナさんが僕の疑問に答えてくれた。


「チーズを作るためには良質なムッカのミルクが必要で、良いミルクをムッカに出してもらうにはムッカの健康状態がとても重要になってくるんです」


 なるほど。察しの悪い友人で本当にごめんねセレーナさん。それとありがとうねセレーナさん言いたいことがなんとなく理解できたよ。


「つまりそのムッカの栄養管理には岩塩が必要ってこと?」

「うん。岩塩には体に必要なミネラルなんかが多く含まれているんだけど、何よりマナが豊富に含まれていてムッカだけでなく村のみんなにとってもなくてはならないものなの」


 そういえば今朝、朝食に出されたチーズの味が少し薄くなったってセレーナさん嘆いてたっけ。


「ただもう村長が街のギルドに手配してくれたから来月頭あたりに凄腕のハンターたちがここにやってくるらしいって話だぞ。だからそれまでは絶対にヌメロの洞窟には近づくんじゃねぇぞセレちゃん」 

「はーい」「はーい」


――――――――――


 そんなわけで僕らは一旦お店を離れ、とりあえず期待値の高そうなトリューフゥンを求めてパストレ村のすぐ隣にあるというワーウルフの里へと向かいがてら今後のことを話し合うことにした。


 あ、そういえばせっかくお店にあったんならフィオール結晶が一体どういうものなのか見せてもらえばよかったな。

 そんなことを考えながら雲がそよぐ高原の一本道を難しい顔をしているセレーナさんと歩く。

 

「フィオール結晶どうしようか?」

「う~ん、どうしようね?」


 けれどそんなセレーナさんとは対照的に僕は少し能天気な表情をしながら生返事をする有り様。

 だってこんなに天気も良くて空気がおいしくて景色も良いところを歩いているんだから自然と気持ちも楽観的なものとなってしまっても致し方ないというものだ。


「モンスターが討伐されるのを待つしかないのかな?」

「う~ん、それしかないんじゃない? 僕らにできることなんて何にもないだろうし、タイミング見計らってまたパストレ村ここに戻ってきてくるしかないんじゃないかな? もちろんそれまでにお金は貯めておいてさ」


 むしろ選択肢はそれしかないと思う。

 フィオール結晶を買うにしても今は高すぎて買えないし、まして僕らで巨大モンスターを討伐することなんて絶対にできっこないわけだし、今僕らにできることはせめてトリューフゥンだけでも手に入れておくことだ。


「私たちで討伐できないかな?」


 不意に飛び出たセレーナさんのとんでもな発言に漂う雲のような僕の心境が一気に張りつめたものとなった。


「ダメダメ危険すぎるよ。もし大ケガでもしたら元の世界に帰るどころの騒ぎじゃなくなっちゃうよ」

「う~ん。でも…」


 そう言って今度は僕らのすぐ後ろを歩いていたアイちゃんの方を未練がましく振り返るセレーナさん。

 向けられた僕らの視線に「なんのことか?」とばかりにアイちゃんの頭の上に『?』が浮かんでいた。


「ダメダメ! いくらアイちゃんがすごい精霊さんだからってそんな危険を冒してまで手に入れる必要はありません! もしセレーナさんやアイちゃんに何かあったら僕、自分が自分を許せなくなっちゃうもん。地道にお金を貯めて買っちゃうのが一番の安全策なの!」

「でも~」


 ほんと今日のセレーナさんはいつもと違って何に対しても積極的な気がする…。

 一体どうしてしまったというのだろうか? 地元に帰ってきて少し浮かれているのかな?


「私、チャコさんの力になりたい」

「セレーナさんにはいつも力になってもらってるよ」

「私もっともっとチャコさんの力になりたいの!」

「お気持ちだけ受け取っておきます」

「ぶ~! せっかくチャコさんを想って言ってるのに!」


 僕もです。


 唇を尖らせるセレーナさん。

 仕草では少しふざけた様子をみせるセレーナさんだったけれど、その目の奥には言い知れぬ熱量みたいなものが感じ取れる。

 

 気持ちは本当に嬉しいけどどうにか考え直してもらわないと。ただ今ここでこれ以上何か言ってこれ以上へそを曲げられても困るしなぁ。(あとでちゃんと話し合おう)


「ところでさ、チャコさん…」

「はい」

「チャコさんはいつヘリウの実って食べてるの?」

「!!!」


 とんでもないタイミングでとんでもない質問が飛んできた。


 もしかしたら僕、疑われてる⁉ そう思って少し身構えてしまった。

 なにせソニアちゃんのこともあるし、もうこれ以上身内に人にボロが出ないよう慎重に状況を精査しないとな、と思ったのだが、


「ん? どうしたの?」


 セレーナさんの表情を窺うに本当に純粋な疑問だったようで僕はひとまず警戒レベルを少し下げることにした。

 

「た、た、食べてる…よ。セレーナさんが見てないタイミングで…」

「えー、なんで私が見てないときに食べちゃうの〜?」


 「それは食べたら声が高くなって男だと一発でバレてしまうからですよ」…なんて言えるはずもなく…。


「え〜と、…それは僕なりの演出といいましょうか…」


 う~ん、我ながら苦しい言い訳だ。でもそれ以上良い言い訳が思い浮かばない…。

 それならいっそのこと…、

 

「でもなんでまた急にそんなことを?」


 質問に質問で返してみたのだがこれが意外にも効果あって、今度はセレーナさんの方が困った顔を見せた。


「それは…その……そろそろチャコさんの本当の声を聞いとかないと勘違いしちゃいそうだから…」


 勘違い?

 しりつぼみにセレーナさんの声が小さくなっていくなか、かろうじて聞き取れた『勘違い』という言葉は一体どういうことなのか聞き返そうとしたのだが…、


 

   「見つけたぁぁぁぁああああ!」



 突如ものすごい速さの灰色の物体が僕らの背後から迫ってきたかと思ったらいきなりそれにタックルされ、僕は高原の一本道で倒されてしまった。(あぁ、空高い、空青い、そして腹痛い)


 僕のお腹の上に馬乗りで跨るを見て僕とセレーナさんは一斉に声をあげてしまった。


「オリオリちゃん⁉」「オリオリっ⁉」


 彼女は僕のお腹の上で灰色の耳(オオカミ耳?)をピンと突き立て、ご自慢であろうの灰色のしっぽをゆさゆさと揺らしながら嬉しそうに僕のことを見下ろしていた。


「シシシ! ようやく追いついたぞ」

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