第84話 ずるっ!!


「オリオリ、どうしてここに⁉ 『空飛ぶ人魚亭お店』はどうしたの⁉」

「店長にお願いして休暇をもらったんだぞ」


 セレーナさんの質問にあどけない笑顔を向けながら答えるオリオリちゃん。(僕のお腹の上で)


「お祭りが控えてるから、あれほど『あとのことをお願いね』って頼んでたのに…」

「大丈夫だってば! 『帰ったらお祭り期間は毎日働くから』って言ったら『そんなに言うなら行っていいよ』って言ってくれたぞ店長」


 そして満面の笑みでサムズアップするオリオリちゃん。(僕のお腹の上で)


「と、とにかくオリオリ。早くチャコさんのお腹の上からどいてあげて」

「おぉ、そうだったな!」


 ありがとうセレーナさん。おかげでまた足で重力を感じられるよ。(よいしょ)


「悪かったなチャコ」

「いえいえ、お気になさらず」

「!!! チャコ、お前の声ってほんとう……、良い声してるな」


 ほんとうはそんな声なんだな、的なことを口走りそうになったんだね、オリオリちゃん…。

 内心ちょっと焦ったけど、咄嗟に軌道修正してくれたオリオリちゃんの心遣いに感謝すべくセレーナさんには分からないように小さく頭を下げた。 


 嬉しそうにしっぽを振るオリオリちゃんとは対照的に眉をひそめて不満そうな表情を見せるセレーナさん。


「もう…みんなを困らせて…」

「だってセレーナとはいつも一緒だったし。アビシュリ行く時も、里帰りする時も、いつだって一緒だったぞ…」


 あんだけリズミカルに触れていたオリオリちゃんのしっぽが急に垂れ下がる。

 

 あぁ、これはよくないな。


「まぁまぁ二人とも。僕も帰ったらできる限りお店の手伝いしに行くから、ね。今はせっかくの里帰りなんだし、笑顔笑顔」


 そう言って僕は最大限の笑顔を振りまいた。

 するとその甲斐あってか二人の表情も徐々に緩やかなものへと変化していき、


「まぁ、来ちゃったものは仕方ないよね。一緒に族長さんのところにあいさつしに行こうオリオリ」

「おぉともさ!」


 そして4人になった僕らはオリオリちゃんのふるさとであるワーウルフの里へと向かうべく、高原の一本道を再び歩き始めた。



――――――――――



「オリオリーーーーー!!」

「テトテトーーーーー!!」


 たどりついたワーウルフの里でまず出迎えてくれたのはオリオリちゃんと年も近しそうなワーウルフの女の子だった。

 そして二人は抱き合うとお互いの頬や首を舐め合った。(おぅ、まさに異文化)


 あとで聞いた話ではどうやら二人は幼馴染で、ワーウルフは仲の良いもの同士に限りあいさつの際にお互いを舐め合い、信頼関係を確かめ合うのだそうだ。


「元気にしてたか、テトテト?」

「もちろん! オリオリこそ元気にしてたか? アビシュリ《あっち》での生活は大丈夫なのか?」

「おぉともさ! 今度テトテトもこっちに遊びに来いよ! 走ればテトテトだって半日くらいで来れるだろ?」


 えぇ⁉ 半日⁉ 半日って言ったオリオリちゃん⁉ まさか僕らが丸2日もかかったあの道のりを半日で走って来たっていうの⁉


 ただ者ではないとは思っていたけど…ワーウルフの身体能力、恐るべし…。


「それでテトテト、弟のヘトヘトは元気か?」

「もちろんさ。始終私の後をついて回ってるよ。ただ今はお昼寝中だ」

「あはは、相変わらずだなヘトヘトは!」


 うん。なんとなく理解出来てきたぞ。

 最初にオリオリちゃんと出会った時にも感じたけど、どうやらワーウルフの皆さんは特徴的なお名前をお持ちのようだ。


 するとテトテトと呼ばれるワーウルフの女の子は僕らの存在に気づくと、声をかけてきた。


「セレも久しぶりだな!」

「テトテトも元気そうで良かった」

「で、そっちの男女おとこおんなは二人の友達か?」


 そしてその場にいた全員の視線が一斉に僕へと向けられた。


 「はチャコさん。アビシュリで出会った私の彼氏さんだよ」とセレーナさんに紹介されて僕は「初めまして」と頭を下げた。


 あぁ、こそばゆ過ぎる。

 こっちにいる間はセレーナさんに恥をかかせない立派彼氏として振る舞おうと心掛けているけど、正直セレーナさんみたいな素敵な人に「彼氏です」と誰彼構わずに紹介されるたびに心臓の躍動がすごい。(帰るまでもつかな…僕の心臓)


「おぉー、あの奥手のセレーナにもついに彼氏が出来たのか⁉ やったなセレ! なぁセレの彼氏! セレのことよろしく頼んだぞ!」


 やたらとテンションの高いオリオリちゃんの友人ととても満足そうなセレーナさん。

 正直僕とアイちゃんは置いてきぼり状態ではあったけれど、3人ともとても楽しそうなので見ていてこっちまで嬉しい気分になれた。


 お互い積もる話も山ほどありそうだったが、セレーナさんが僕の要件を優先してくれたおかげで、テトテトちゃん(失礼かな?)に族長さんの所までの案内してもらうことになった。


―――――――――


 道中ワーウルフ族の村の中を通ってみたけれど、活気こそアビシュリの比ではないものの穏やかで静かな生活環境のようで、住み心地はとても良さそうに窺えた。


 つい辺りをキョロキョロしながら歩いていると不意にツンツンと肩を突かれたので振り返る。するとそこにはセレーナさんが小さく僕に向かって手招きするしぐさをしていた。


「???」


 すぐに他の誰かに聞かれたくないことを話そうとしていることが伝わってきたので、僕はなるべく自然にセレーナさんへと近より耳を近づけた。


「(あのねチャコさん、すごく今更なことなんだけど…)」

「(うん)」

「(これから行く族長さんのところもそうなんだけど…)」

「(うん)」 

「(ワーウルフのみんなにはあまり近づかないでほしいの)」


 えっ⁉

 突然のセレーナさんから警告に背筋に電気が走ったような気がした。


 それってどういうこと?…そう聞こうとしたら、


「(チャコさんが男装していることがすぐにバレちゃうかもしれない。ワーウルフ族のみんなとっても鼻が利くから)」

「………」


 う~ん。ややこしいことになってるなぁ。バレるも何も僕は正真正銘、男なわけだし疑われる余地はまったくないので正直そこまで心配する必要もないのだけれど、事実を知らないセレーナさんが本気で僕のことを思って心配してくれているのに彼女の想いを軽視するのも失礼極まりないので…、


「(…教えてくれてありがとうねセレーナさん。注意するよ)」


 そう言うしかなかった。

 と、


「ここが族長の家だ」


 僕らがヒソヒソ話している間にどうやら目的地である族長さんの家に到着してしまっていたようだ。


 案内されたのは村の一番立派な建物だった。

 ただ「立派な」とは言ってもこの村を見て、わかったことなのだがワーウルフ族の皆さんはあまり『家』という物に対してあまり執着がないのか、建っている建物はみなすべて雨風さえしのげれば、という感じの質素な建物ばかりだった。


「族長ー! オリオリが返ってきたぞー」


 テトテトちゃんが扉を開けて一緒に家の中へとお邪魔した。

 するとそこには部屋の中央に大きな囲炉裏のようなものがあり、そこで何やら怪しげな鍋をぐつぐつと煮立たせている一人の年配ワーウルフさん鎮座していた。


「うむ、よくぞ帰ったなオリオリ」


 いかにも『人生』という名の荒波に揉まれたという感じの貫禄のあるワーウルフさんだ。

 ただいかに貫禄があるといってもきっとこの人もワーウルフ族ならではの畳語じょうごのような名前があるのかと思うと少しその貫禄も半減してしまうような気がして…


のじっちゃーん、ただいまー!」

「ずるっ!!」


 しまった!

 つい反射的に思ったことを口走ってしまった!


 いかんせん今まで出会ったワーウルフの人たちが可愛らしい名前の子ばかりなったので「きっとこういう話の流れだろう」という大方の予測していたことが裏目に出てしまった!


 初対面の、それもこの村で一番偉いワーウルフの族長さんに対していきなりこのような粗相をしてしまったとなればトリューフゥンについて教えてもらうことはおろか、この村にいさせてもらうことすら怪しくなってしまう!


 僕は慌てて頭を下げようとしたのだが、当の族長さんは「カッカッカァ!」と笑い出したかと思ったら、


「そう気にするな、確かにそう思われても仕方がない。じゃが、ワーウルフ族の掟でな。族長になった者はその群れが継承している族長の名前を襲名することになっておるんじゃ。ちなみにわしの本当の名前はテロテロじゃ」


 やっぱりかわいい名前だ。

 でもどうやら僕の粗相に対するお咎めはないようで族長さんは至って上機嫌そうだ。(これならいきなりこの村からつまみ出される心配はなさそうだ。ふ~)


「それで、お主は一体何者じゃ?」

「僕は…」

「この人は! 私がお付き合いをしているチャコさんです!」


 まるで身を呈して僕を守ってくれるように僕と族長さんの間に立つセレーナさん。

 ただお気持ちはとても嬉しいんだけど、なんか段々自分が情けなさ加減に涙が出てきそうな気がするなぁ。


「おぅセレーナか、久しいのぅ。向こうではいつもオリオリの奴が世話をかけとるな、一族を代表して礼を言うぞ」

「そんなそんな。オリオリはいつも頑張っています。私の方こそお世話になりっぱなしで」


 さすがセレーナさん友人をこれでもかと言うほどに立てている。

 いや、事実オリオリちゃんはお店ではとても頑張り屋さんだ。僕も時々ではあるけどお店の手伝いをしているからよく理解している。


「はっはっはっは! そんなわけなかろう!」

「じっちゃんひどいぞ!」

「はっは、すまんすまん」


 そして、族長さんのオリオリちゃんに対する評価が低すぎる…。


「ふむ…チャコと言ったの?」

「はい!」

「なんというか、少し女々しそうな気もするが、お主を客人として歓迎するぞ」

「あ、ありがとうございます…」

 

 どうやら一応は歓迎してくれたので喜ばしいことなんだろうけど、普通にしてて女々しそうと言われては男としてすぐには立ち直れなさそうです…。

 ただ、セレーナさん的にはうまくごまかせたと思っているらしく満足そうな表情をしていたので、今の僕にはそれだけがせめてもの救いだ。



 その後、オリオリちゃんのアビシュリでの生活模様や逆にこの村での出来事などお互い積もる話をじっくりと話し合い、あっという間に1時間は経過したであろう頃。


「あの、それでラグナスさん」


 会話の合間を見てセレーナさんが神妙な面持ちで話を切り出した。


「ん? なんじゃ?」

「そろそろ今年もトリューフゥンの収穫時期だと聞きましたが」

「おぉ、そうじゃな。パストレ村の連中に頼まれたのぅ」

「少し分けてもらうことはできませんか?」

「少しと言わずに好きなだけ持って行け。いつもオリオリが世話になっておるんじゃから遠慮なんていらんぞ。そうじゃな、明日、オリオリを連れて例の森に行くといい」

 

 「ありがとうございます」と深々と頭を下げるセレーナさん。


「それと…」

「ふむ。他になにか?」

「ヌメロの洞窟について何か知っていることがあれば教えてほしいのですが…」


 セレーナさんのフィオール結晶への情熱は全然治まってはいないようだ。

 僕はよっぽど「セレーナさん!」と呼び止めようとも思った。だってこの話はもう終わったもので決して危険を冒してまで採りに行く必要なんてないのだから。


 ただ、あくまでここは一つの情報としてヌメロの洞窟について知るだけであればと思い、セレーナさんを制止したい気持ちをグッと押し堪えて見守ることにした。


「ん? なんだ? セレはヌメロの洞窟に行きたいのか?」


 向けられる僕とオリオリちゃんの視線を無視するようにセレーナさんはラグナス族長のことを一点に見つめていた。


「ヌメロの洞窟か、最近おぞましい何かが住み着いたようじゃの」

「ラグナスさんはその何かをご存知なのですか?」

「さぁの。姿を見たわけではないが臭いでわかる。あれはおいそれと近づいていい類のものではないぞ。パストレ村のもんはあれを退治しようとしているようじゃが、おそらくは相当の手練れでない限り退治するなんてまず無理じゃろうな」 


 うん。これで一安心だ。

 ワーウルフ族の長がそこまで言っているのだからさすがのセレーナさんも諦めてくれるだろうとホッと胸を撫でおろしていると、


「じゃが、たとえば大精霊様の力でも借りることが出来ればあるいは…」


 あぁ…そんな言い方したら…、


 そして僕らの視線(セレーナさんだけは期待の眼差し)が一斉にアイちゃんへと注がれたのだが、


「ん?」


 当の本人はまったくもってどこ吹く風状態なのだった。

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