第82話 『3日目・3か月目・3年目の法則』



「もー、信じられない!」

「ゆ、ユニークなお父さんだったね」


 連れて来られたのはアビシュリに行くまで使っていたというセレーナさんの部屋だった。

 さすがに部屋の主の長期不在ということで荷物らしい荷物はあまりないかったがそれでも机や椅子などの大きな家具はそのままの状態だったし、部屋の両サイドの壁沿いにはなぜだかベッドが一つずつ。(なんでも僕が来ることを見こして予めカールさんが用意してくれたらしい)



 セレーナさんとアイちゃんは各ベッドに腰を掛け、僕は机と一緒に置いてあった椅子に座らせてもらい、セレーナさんの愚痴を笑顔で聞いていた。


「普通、世の父親って娘の恋人にあんなこと聞くの? 本人を前にして?」


 どうなんだろうか? 我が家は母子家庭だったからなぁ。


「う~ん。どうだろう? でもきっとお父さんなりのコミュニケーションの取り方だったんだと思うんだ。ほら僕緊張してうまく話せてなかったから気を遣ってくれたとか?」

「だからってあんなこと聞く必要ないんじゃない?」


 普段の学院では見ることの出来ない、強い口調のセレーナさん。

 そんな家族だからこそ許す素の彼女の姿を見れただけでもここに来て良かったと思う。


 普段の彼女は勉強に、仕事に、夢に、と頑張り過ぎだ。だからせめて今だけはガス抜きの意味合いを込めて、普段表に出ることのない素の彼女がどんどんと出してほしい。


「本当お父さんって昔から…」


 ただこれ以上ガス抜きがエスカレートしては単に罵詈雑言になりかねないので僕は話題を変えることにした。(ちょうど話題を変えるのにいいネタが机の上に置かれているあったし……)


「あのところで、その机のぬいぐるみって…?」


 僕が指さした先にはこの大物家具が占める割合が極めて高いセレーナさんの部屋内においてひと際目立っていた。


 日本でも見ることの出来そうな動物からおそらくはアテラでのみ生息しているであろう見慣れない動物のデフォルメされたぬいぐるみが色とりどりの衣装を着て鎮座してあった。


「あぁ、これ? これは私が作った着せ替え人形」

「やっぱりね。着せてる衣装がとってもオシャレだったからもしかしたらって思って」


 たしか日本でもお気に入りのぬいぐるみに手作り衣装を着せてあげるみたいな『ぬい活』なる文化が流行っていると聞いたことがある。


「昔お父さんがうちで飼っているからとれたミルクで作ったチーズだとかムッカから紡いだ毛糸を街に売りに行った際、「空の荷台で帰るのはもったいないから」とか言って廃棄される寸前の服とかを回収してたんだ。それらは冬場の内職用としてうちの家でいろんな布製品にリメイクしてたんだけど、その際に出るボロ生地を使って私なりにこんなの作ってみたんだ」


 ムッカ? おそらく羊とかアルパカとか家畜の類の生き物なのだろうか?

 そういった経験の積み重ねを経て、セレーナさんの今の服飾への夢が芽生えたのだろう。でも…、


「ならどうしてセレーナさんはファビーリャ女学院に入学したの?」

「それは…ちょっと自分では言いにくいんだけど…」


 僕の問いに対して口ごもるセレーナさん。



――――――――――



「ごめんくださーい!」


 突然玄関から響き渡る大きな声にカール一家は驚いた。


 もちろん声がした事自体にも驚いたのだが、より驚いたのはその声が聞き馴染みのない女性の声だったからだ。

 ここは『ド』の付く田舎の山岳地帯。そこを訪れる女性客などほとんどいない。


 なのでカールも少しおっかなびっくりで玄関の方へ向かう。


「はーい! どちらさまでしょう……ってあなたは!?」


 そして出迎えたカールがその来客者を見て更なる衝撃を受けた。


「あ、あなたは…!」



――――――――――



「家にトリエステ学院長が来たの!?」

「うん。言わずもがなトリエステ学院長は『彗星の一団クワトルステラ』の一人で、実はあまり知られていないけどこの村に来る途中で立ち寄った『ゴンザス』の出身なの。だからお父さんもトリエステ学院長のことは良く知っていて、はじめてトリエステ学院長がこの家に来てくれた時にはお父さんの声裏返っちゃって」


 そう言って思い出し笑いをするセレーナさんだったけど、もし日本の我が家に超有名なスポーツ選手やタレントさんがやってきたら我が家は大パニックするだろうし、声だって裏返るに違いない。そう考えるとカールさんを小馬鹿にするような笑いはできなかった。


「それでトリエステ学院長はなんて?」

「『このマナ縫いをしたのはこの家の子で間違いないですか?』って」


 詳しく話を聞くとその当時、もうセレーナさんはローブなどを縫い、それらを街に卸していたらしい。そしてセレーナさんの商品はその品質・特性でかなりの評判を呼んでいたらしい。その噂を聞きつけたトリエステ学院長が直接ここにやってきたとのことだそうだ。


「トリエステ学院長も『彗星の一団クワトルステラ』の中では光魔法使いヒーラーで自分がファビーリャの女学院の学院長に就任してからできる限り多くの優秀な『光』属性の子を育てようと思ってたんだって」


 『マナ縫い』は光魔法使いの技のひとつ。

 そしてその技を駆使して縫い上げたローブを手にしたトリエステ学院長の衝撃はすごかったらしく、トリエステ学院長が即ファビーリャ女学院の入学を特別枠として推薦してくれたほどだったそうだ。


「きっと幾千の戦いを経験したトリエステ学院長にはいかに光魔法が重要なのか身に沁みて感じてたのかもね。だって闇魔法とか光魔法って他の属性魔法の人より圧倒的に少ないんでしょう?」

「うん。どういうわけかそうみたいなんだよね」


 もっとこの世の中に『闇』属性の子がたくさんいてくれればもしかしたら僕の日本への帰還ももっと早めることもできるだろうに、現実はそう甘くはないなぁ。


「じゃぁさぞお父さんお母さんも喜んだでしょ? 何せあのトリエステ学院長が直々にセレーナさんを引き抜きに来たんだからさ」

「それが…」



――――――――――



「なぜですか⁉ 我々どもは娘さんに最高の教育環境で学んでもらう機会を与えられるんですよ!」


 テーブルを挟んでカールの向かいに座ったトリエステは身を乗り出すようにカールへと詰め寄った。


「いや~、気持ちはありがたいんですけどね…」


 その勢いに気圧されながらもカールはトリエステに対してお茶を濁すような態度を示す。


「学費ならこちらでできる限り努力します! ですので娘さんの才能を伸ばす手伝いを我々にさせてください」

「まぁ、親としては娘の才能を伸ばすことに対しては全面的に協力してあげたいですし、それを担ってくれるのがトリエステさんなら全く心配はないんですが…」

「ならどうしてなんですか⁉」


 言葉のラリーするごとに熱を帯びていくトリエステとは対照的にカールは語尾はどんどんと力をなくしていく。


「まさか『働き手が…』とか言うんじゃないですよね⁉」

「いや、そうじゃなくてですね…娘には夢があるみたいなんです」

「夢?」

「はぃ。娘はどうやら服飾に携わることをしたいみたいで、学院で魔法の勉強をすることを果たして望んでいるのかなって思うんですよね…」

「でしたら、是非娘さんに聞いてみてください。こちらとしても柔軟に対応する準備があります。もしそれでダメなら私もきっぱりと諦めますから」

「わかりました。聞いてみます」



――――――――――



 結果は見ての通りというわけだ。

 ちなみにセレーナさんが奨学金をもらいながらも働いているのは主に『社会勉強』と『生地代購入』、そして少ないながらも『仕送り』のためだそうだ。


「でもちょっと以外だったかな。カールさん、トリエステ学院長にそこまで言わしめさせたのに全然学院にセレーナさんを入学させることを乗る気じゃなかったんだね」

「うん…。けっこうガサツそうに見えて私のことよく考えてくれているみたいなんだよね、うちのお父さん」


 それが親心というものなのかもなぁ。

 

「………」


 不意に頭に浮かぶ母親の笑顔


 僕の母親も僕ら兄弟のために昼夜関係なしに必死で働いてくれている。

 それは僕が失踪してからもきっとずっと…。僕のことを捜索をしながらも残された弟・妹たちのために懸命に働いてくれている。


 そんなことを考えてしまうと心が張り裂けそうになり…止まらなかった。


 この世界に来てもう何度も何度も押し寄せては引いていく波のように望郷の念に駆られることがある。僕はそのたびに意味のない励ましを自分自身にかけながらずっと誤魔化してきた。 

 簡単に言ってしまえばホームシックだが、そんな一言で片づけられる言葉とは裏腹に僕の心はもう何度も崖っぷちまで追いやられている。

 以前誰かが言っていた『ホームシックとは3日目・3か月目・3年目にやってくるものだ』と。


 でも僕の場合は違う。毎夜だ。

 大小はあるものの毎夜家族を想い、故郷を想っては折れそうな気持をなんとか堪えながら歯を食いしばっている。


 でも今はもうダメだ…。

 せっかく久々に実家に帰ってきて和やかな気持ちでいるセレーナさんに水を差しちゃいけないのに…、


「チャコ…さん?」


 僕は一生懸命笑顔を取り繕おうとするがどうしても顔が歪んでいってしまう。


「ぅ…くうぅぅぅ」


 ダメだとはわかっているのに久々に見る『家族』というものの温もりに当てられてしまったせいで理性で抑えていたものがとめどなく溢れ出してしまった。

  

「チ、チャコさんどうしたの大丈夫⁉」

「…ぅ、ううん、な、なんでも……なんでもないから」


 これ以上ここにいては心配をかけるのは迷惑だと思い、僕は部屋を出るため座っていた椅子から立とうとしたのだが、それが出来なかった。


「大丈夫だから!」


 突如として遮られる視界。そしてそれと同時に訪れる頭全体を覆う柔らかい感触。

 すぐにわかった。僕は今セレーナさんに抱きしめられている、と。


「⁉」


 普段の僕なら気が動転してしまいそうになるシチュエーションでも今はなぜかその柔らかさがとても心地よく、伝わってくる温かい温もりに身をゆだねてしまった。


「大丈夫、大丈夫だから。私がついてるから」


 セレーナさんからしてみれば訳も分からず突然泣き出す僕に動揺した素振りなど一切見せずにただひたすら僕の頭を撫でながら「大丈夫だから」と優しく声をかけ続けてくれた。



 

 そして十数分セレーナさんの胸で泣かせてもらったのち、僕の感情が『望郷の念』から『羞恥心』へとシフトチェンジしていったことで僕はセレーナさんに「もう大丈夫だから」と告げることが出来た。


「本当に大丈夫チャコさん?」

「…うん。突然にごめんね。ちょっと家族のことを思い出しちゃって。アイちゃんもごめんね」


 不出来ながらも笑顔でアイちゃんにも謝罪すると普段ニュートラルな表情の多いアイちゃんが珍しく心配そうな表情を浮かべながら無言で小さく横にフリフリと首を振った。


「謝らないで。誰だって残してきた家族のことは心配になるものだよね。私もわかるよその気持ち。なのに私ったらチャコさんのことも考えず家族のことばっかり話して」

「そんなことないって! 僕がちゃんと割り切れてなかったせいだよ」

「そうじゃないってば!」

「いや、そうなんだよ…」

「……ふ」

「……ふふ」


 そうして自然と僕らは笑顔となった。


「でもこれだけはちゃんと言わせてね。ありがとうセレーナさん。セレーナさんのおかげでなんかスッキリした」

「そんなお礼なんて。…私、今チャコさんの恋人だもん」

「!!!」


 言われて思い出したけど、僕ら今、恋人(仮)の関係なんだった。

 セレーナさんは僕のことを女性だと思っているからそんな冗談風に言えるのかもしれないけど、今の僕の心情としては『チャコモード』ではなく『茶太郎モード』であって、しかも心がこうも弱っている時に優しくしてもらった効果のせいで冗談が冗談として聞こえなくなってしまっている。


 いけないいけない!

 このままではもしチャコに戻った時にいろいろな感情に翻弄されて、性別バレしてしまう恐れが出てきそうだ。


「ちょ、ちょっと顔洗って来る」


 そう言って僕は逃げるようにセレーナさんの部屋を後にした。


「……チャコ…さん」


 けれどこの時セレーナもチャコと似たような、もしくはそれ以上に膨らむ感情を抱いていることをまだチャコは気づいていなかった。


 


 

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