第81話 ごあいさつ
「お父さん、お母さん、改めましてこちら手紙でも紹介した恋人のチャコさん」
「はじめまして、チャコです」
「………」「………」
な、なんか…空気が重い。
セレーナさんに『恋人』なんて言われたのもドキドキしちゃうけど、セレーナさんのご両親の視線が一身に浴びるのもドキドキする。そのドキドキときたら僕は初めて女装をしてファビーリャ女学院に編入した初日を彷彿とさせる。(あぁ、自然に微笑んでいられるか心配だ)
――――――――――
結局僕らがセレーナさんの家にたどり着いたのは辺りが暗くなり始めた頃になってしまった。
家の扉をノックして僕らのこと出迎えてくれたセレーナさんのご両親はとても温かく迎え入れてくれた。
でもそんな和やかな時間なんてほんの一瞬ですぐにリビングらしき部屋に通された際のご両親が向ける僕への視線ときたらまるで何かの種目の審査員のようだった。
そんな二人の視線を遮るようにセレーナさんのいつもよりも声色を二割程度高くしながら、
「ね! 私だってちゃんと人並程度には向こうでやっていけてるんだからもう余計な心配しなくていいからね、お父さん、お母さん」
こうしてこの旅の最大の目的である欺きミッションが始まった。
――――――――――
「セレーナさんとはとてもよいお付き合いをさせていただいています」
ひぃ~~! まさか異世界で本当にこんなごあいさつをすることになるなんて思わなかったッスよ~!
けれどそんな僕のあいさつはまるで空中を彷徨っているかと思えるくらいにご両親からの言葉は返って来なかった。
でもそれも当然か…。だって娘を持つ親ならどこの馬の骨とも知らない奴に対して「おぉそうか」なんておいそれと気軽に返答できるものでもないだろう。
ご両親からの返答がない間も視線だけは注がれている。(うぅ〜)
お父さんは一見、やさ男風な風貌をしている。髪色もセレーナさんと同じブラウン色の髪なのでどうしても気を抜いて接してしまいそうになるが、その眼光は過酷な山での生活の賜物というべきなのだろうかかなり鋭く、少しの粗相も見逃さなそうな感じがする。(油断したらすぐに偽彼氏だってバレてしまいそうだ…)
そしてお母さんは見るからに温和そうな人だ。セレーナさんが優しいのはきっとこのお母さんの影響が強いのだろうと勝手に想像してしまうほど平和オーラが漂っている。(あと、セレーナさんの胸の大きさはやっぱり遺伝なn……いかんいかん、集中だ、集中!)
「………」「………」
続く沈黙と向けらる熱視線にいよいよ僕の心臓がもたないかもと思えてきたそんな矢先、あまりに返答がないことに業を煮やしてかセレーナさんはまるで話題作りの一環とばかりに、
「それでチャコさんの隣にいるのはチャコさんを守る精霊のアイさん」
「………」
「………」「………」
そしてセレーナさんのご両親の視線はそのまま僕からアイちゃんへと移ったのだが、あの熱視線を浴びても眉一つ動かさないで二人のことを見つめ返すアイちゃんの度胸に僕は素直に尊敬の念を抱いてしまった。(でもねアイちゃん、そういう時にニコッと笑って会釈の一つもするのが喜ばれるんだよ)
するとついにずっと黙っていたセレーナさんのお父さんが僕の方を見ながら、
「チャコ君と言ったね?」
「は、はい!」
「ひとつ尋ねてもいいかな?」
「はい。なんなりと」
「こんなことを本人を目の前にして聞くのは非常に申し訳ないんだけど、チャコ君、君本当に男の子かい?」
僕の人生経験上、女の子と間違われたことは数知れないけど、面と向かって男であることを疑われたことはなかった。…なので正直ショックです。
「あぁ、いや、気に障ったんならすまない。ただ
うぅ…さすがお父さん。ほぼほぼ正解です。
「それにチャコ君がとってもおしとやかそうな顔つきしてるから女の子じゃないかなって思っちゃったのよ」とセレーナさんのお父さんに合いの手を打つようにお母さんまで僕のことを本物の女の子だと思っているらしい。
「ハハ…ハハハ、よく間違われます」
僕は顔で笑って心で泣いた。
ただ今回の場合に限り、たとえ性別がバレようとも差ほど問題ない気もする。
だって実際に僕は男なわけだし「セレーナさんとお付き合いしてます!(ドヤ)」と胸を張って言える。ただその際は今度はセレーナさんに対して合わせる顔がなくなっちゃうけど…。
でもセレーナさんならきっときちんと理由を説明すればファビーリャ女学院に通うことも黙認してくれそうな気がする。(ただそうなった場合、もし学院に僕の性別がバレた際には『共犯』というレッテルがセレーナさんに貼れてしまう可能性もある訳なのでやっぱり知られたらダメかな…)
「そ、そんなわけないじゃないお父さん、お母さん。チャコさんとはお勤め先で出会ったって手紙にも書いたでしょ?」
「だがなセレーナ、父さんたちは未だにお前が見合い話を断るために用意した人物としか思えないんだ」
「そ、そんなこと…ないよ」
セレーナさん。そこで口ごもったら嘘だってバレバレになっちゃいますからそこは頑張って断固否定してください。
「ふむ。ならセレーナ、チャコ君の一体どういうところに惹かれてお付き合いしているんだ?」
「全部。みんなに対して優しいところとか頑張り屋さんなところとか、チャコさんは私にないものいっぱい持っている尊敬できる人なの」
「え~と」や「う~んと」などのない、まさに
そんなまっすぐ過ぎるセレーナの言葉に僕は前を向くことが出来ないほど顔が赤くなってしまった。(おそらく予め決めていた
そんなセレーナさんの言葉を受け、セレーナさんのお父さんはしばらく彼女の様子を窺うようにじっと見つめた後、自身の顎に手を当てながら、
「なら今度はチャコ君に聞こうかな。チャコ君はセレーナのどういうところに惹かれているんだい? オッ〇イかな?」
「そうですねオッ〇…って、はい⁉」
危なくそのまま生返事をするところだった。(そしてセレーナさんの胸部に目をやるところだったよ!)
「ちょっとお父さん! 何言ってるのよ!」
赤面する僕らを見て、ここに来て初めてご両親が歯を出して笑ってくれた。
「ハハハ、冗談だ。お前たちあまりに緊張している感じだから少し肩の力を抜かせたくなったんだよ」
そう言うと今までの少しお堅そうな態度がどこへやらといった感じにセレーナさんのお父さんはニカッと微笑みながら僕に手を差し出してきた。
「改めてになるが私は名前はカールだ。そしてこっちが妻のビオラだ。わざわざ娘のために遠路はるばるこんな辺ぴなところまで来てくれてありがとうなチャコ君」
急なキャラ変に戸惑いつつも差し出された手を握らない訳にもいかず、僕は手を伸ばし、しっかりと握手を交わした。
「ふむ。本当は君たちの向うでの生活とか出会った経緯とか色々と聞きたいことがあるんだが、長旅で疲れているだろうから今日はもう休むと良い。部屋の用意してあるんだが…」
それでもたとえ眼光が鋭かろうが、キャラがいまいち掴めなかろうが、気さくな感じで僕らを気遣ってくれるセレーナさんのお父さんに僕は最初に設けていた警戒心を下げることに決めた。
「ただひとつだけ教えてくれないか?」
「はい。何でしょうか?」
「それで………君たちは一体どこまで行っている関係なのかな?」
もうお父さん…。
そんなカールさんのセクハラ発言にいよいよ耳まで真っ赤に染めた茹でダコ状態のセレーナさんは僕とカールさんの繋がっていた手を引きはがし、「バッカじゃないの!」と言い放ち、そのまま僕の手を握って家の奥へ。
その際チラッとカールさんとビオラさんの方を見てみるとカールさんはただこちらを見ながらニヤニヤしてたし、ビオラさんは微笑ましそう表情を浮かべながら「今日はゆっくり休んでね」と、手を振ってくれていた。
若干、思い描いていた両親像とは違っていたけれど、セレーナさんのお父さんもお母さんもとても良い人そうで良かった。
まだ正式に納得してもらったわけではないけれど、この感じならきっと在学中はセレーナさんにお見合い話はこないだろうな、そんなことを考えながら(時期尚早かな?)僕はセレーナさんの成すがまま家の奥へ奥へと連れられていった。
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