第79話 アイちゃん用心棒


「えー、つまりは『チャコを恋人役として実家へ連れて行き、両親を黙らせたい』と」

「はい」


 話が話だっただけに僕ひとりの判断では決めることができず、セレーナさんを家に招いたのがほんの30分前くらいのことだ。


 テーブルを挟んで向かえ合わせに座るセレーナさんとシエナさん。

 僕は客人であるセレーナさんと家主であるシエナさんにお茶を出すべく給仕を引き受けていたのだが、向かい合って座る二人に漂う雰囲気はまさに進路相談をする先生と生徒のようだ。


「何度も『嫌だ』と両親に伝えているのに二人とも私の意見も聞かずに何度も手紙を送ってきては『恋人できたか? 今度は隣町のワイン製造所の跡取りなんだがお前に会いたいと言ってきているんだ』とか『最近赴任してきた学校の先生はとても感じの良さそうな人なんだが会ってみる気はないか?』とかそんな内容のばっかりで、もう私うんざりなんです!」

「まぁ、魔王がいた時は何が起こるかわからない時代だったからな。ご両親の気持ちもわからなくもないが…」

「でももう魔王はいません! 両親が心配してくれる気持ちは嬉しいですけど私はまだ学生ですし、卒業もしないといけないですし、夢だってあります! それなのにもう」

「…まぁ、家庭家庭で事情があるからな、立ち入った話をするつもりはないがそれはお前さんがちゃんと『本気度』を示すことで解決するんじゃないか?」


 すると隣に控えていた僕にしかくらい聞き取れないくらいの声で「だからチャコさんに協力してもらいたいのに…」とセレーナさんはつぶやいた。



 この話をセレーナさんから聞かされた時はとても驚いた。


   『私の恋人になっていただけませんか!』


 そう言われた時は直感的にソニアちゃんの顔が浮かんだ。

 

 でも今回は状況も心境もまるで違っていたので冷静にセレーナさんの話を聞くことが出来た。


 それによるとセレーナはご両親から事あるごとにのお見合い話を手紙で持ちかけられていて、いい加減うんざりしているとのことだった。

 そこでセレーナさんは先日思い切って『もうこっちで恋人ができたから』という趣旨の手紙を送り返したところ、『ならその恋人を連れてこい』と再び手紙が届いたそうだ。(その気配はないけれど、一応セレーナさんに恋人の有無を確認してみたところ鼻で笑われました)

 

 残念ながら女学院に通うセレーナさんが男の人と接点を持つことは難しく、唯一職場である『空飛ぶ人魚亭』がセレーナさんにとっての異性交友の場になるのだがそれもセレーナさんが情熱を傾ける『服飾の道』の妨げになるためその機会も生かしていないそうだ。


 そこで困ったセレーナさんがとった行動が僕にすがってきたというわけだ。



「だがお前さんも知っているとは思うがチャコは見ての通り『』だぞ」


 妙にニヤニヤとこっちを見ながらシエナさんはセレーナさんにそう言った。


「わかっています。でもチャコさんは女の子にしては背も高めですし、こんなこと女の子に言うのはどうかと思うんですけど、どことなく中性的な雰囲気があって、ちょっと変装すればきっとあざむけると思うんです」


 う~ん。セレーナさんにしてはずいぶんとトリッキーな作戦を立てたものだなと思った。

 でもそれくらいセレーナさんも追い込まれているということの裏返しだと思うとどうにかしてあげたいという気持ちにさせられる(心情としてはちょっと複雑だけど…)


「ふぅむ、なるほどなるほどなぁ~」


 だからニヤニヤするのやめてくださいシエナさん。


「だが声はどうするんだ? いくらチャコが男っぽくてもこの声ではすぐに女だとバレてしまうぞ?」

「そこでこれです!」


 そう言ってセレーナさんがテーブルの上に置いたのはもうお馴染みもお馴染みの『ヘリウの実』様だ。(いつもお世話になっています)


「これは『ヘリウの実』といって高い声の人が食べると低い声に、低い声の人が食べると高い声になるという性質を持った木の実です」


 知ってます。


「ほう、なかなか考えたものだな」


 白々し過ぎですよシエナさん。


「あとは…」


 そう言いながらセレーナさんは持ってきた荷物を開けると中から出てきたのは真新しい男性用の衣類だった。


「これに着替えてもらえれば完璧です! サイズは以前チャコさんの体を採寸させていただいたことがあるのでサイズはぴったりなはずです」


 まるで敏腕セールスマンのように自信に満ち満ちた表情で自らのプランと服をプレゼンするセレーナさんはなぜかいつもより輝いて見える。


「ですのでどうかチャコさんと実家に帰ることを許可して頂けないでしょうか?」


 そして今度は深々と頭を下げるセレーナさん。その姿にはもはや情熱というオーラが体に纏っているのを目視できそうなほどだ。

 

「う~ん。そうだな。お前はどうなんだチャコ?」

【私はセレーナさんにはいつもお世話になっていますし、遠足の時にはセレーナさんのおかげで命拾いをしているので力になってあげたいと思っています】

「…そうか、でも本当に大丈夫なのか?」


 これはシエナさんなりの優しさなのがすぐにわかった。

 ここできっと僕が少しでも渋るような返答をすればシエナさんは何かと理由を付けて僕をセレーナさんの実家へは行かせない算段をとってくれるつもりなんだろう。


 でも今回の件に関してはいくら男だとバレてしまうリスクがあったとしてもセレーナさんの力になりたいという強い気持ちがあった。

 だってもうセレーナさんからはそれだけのものをずっと施してもらっているから躊躇いなんて微塵もなかった。


【はい。問題ありません】


 僕は自信をもってそう告げた。

 そんな僕の覚悟を察してくれたのかシエナさんは少し口角をあげたあと、


「でもダメだ」

【え⁉ 何でですか⁉ 今の流れは『よし、行ってこい』っていう言う流れでしょ⁉】

「お前が留守の間、誰が私の食事を作る? 誰が家を掃除する? 誰が洗濯をするんだ?」

【もういい歳した大人なんですからそんなの自分でやってください】

「嫌だ」


 そしてシエナさんは年甲斐もなく駄々っ子のようにそっぽを向く。


【…なら私からルリィさんに事情を説明してシエナさんの面倒見てもらうように頼みますから…】

「嫌だ。お前の場合なんだかんだで最終的にはやってくれるが、ルリィの場合はへそを曲げてやってくれないことがある。だから、い・や・だ!」


 この人ほんとに…。


【たった数日の辛抱じゃないですか?】

「どうだか。そもそもチャコ、お前その娘の実家がどこなのか知っているのか?」


 あぁ、そういえば聞いていなかった。と、言っても『○○です』と言われてもそれがどこなのかこの世界の地理を詳しくない僕には聞いたところで皆目見当をつかないけど…。


「『パストレ村』です」


 するとセレーナさんが合いの手を入れるとシエナさんはそれを聞いて「はぁ~」とため息を漏らした。


「ほら見ろドローミ高原じゃないか。どんなに頑張っても馬車で片道2日はかか…」


 そこまで言いかけてシエナさんは突然黙り込んでしまった。  


【あの…シエナさん?】


 返答がいない。

 何か思うところがあったらしく顎に手を当てて考え込む仕草を見せるシエナさんを僕とセレーナさんは黙って見守っていると、しばらくしてシエナさんが、


「…まぁ、どうしてもというなら許可しないこともない」

「本当ですか⁉」


 シエナさんの言葉に前のめり気味で彼女に近づくセレーナさんを横目に僕は少し心配を覚えていた。

 だってこういう時のシエナさんって絶対に何か良からぬこと考えているから。


「あぁ。ただしいくつか条件があるがな」


 ほらね。


「何でも言ってください!」


 そんな僕思いとは裏腹に満開の桜が咲いたような笑顔でシエナさんに歩み寄るセレーナさん。


「まずは『二人だけで』のパストレ村に行くことを禁ずる。お前さんも知っての通りチャコはまったく魔法の使えないポンコツ。そしてお前さんも戦闘不向きの『光』属性少女…違うか?」


 悪かったですねポンコツで。そんなポンコツに家事全般をやってもらってるんですよあなたは。


「いいえ、合ってます」


 『光』属性は回復等の支援魔法を主に得意とする、このアテラでは比較的希少な属性であることは学院で習った。そしてその反面攻撃面においてはあまり戦力にはならないとも。

 おそらくシエナさんはセレーナさんが『光』属性であることは知らなかったはず。それを見事に言い当ててしまうということはシエナさんとは根本的に違うものを感じ取っているのかもしれない。(さすが『闇』属性のシエナさん)


「そんな二人を二人だけで長旅に行かせられるわけない。道中モンスターに襲われたりでもしたら一巻の終わりだからな」

【うぅ、それは確かに…】


 いくらシエナさんがくれた魔力吸収ブレスレットでの特訓の成果が出始めているといってもまだまだ耐久力不足で2,3回魔法を吸収しただけで足がよろめいてしまうし、そもそも相手の攻撃手段が『魔法』だけとは限らない。相手が武器を持っていたら? 牙を生やしていたら? きっと僕は無力だ。そしてそんな僕と反撃能力の乏しいセレーナさんの二人だけでは旅の道中が心配なのは当然。


【…ならルリィさんに護衛をお願いするというのは…】

「おまえな…そんなことしたら誰が私の世話をする? それに恋人役として行くのに旅の道連れに女もいたとなれば相手の両親が変に心配してしまうだろ?」

【それは浮気的な意味合いで言っているんですか? そんなの考え過ぎですよ、普通にセレーナさんの学院での友人だと思うだけですって】

「そんな会ったこともない人間のことなんてわからないじゃないか? もし父親が疑り深い性格をしてたらどうする? 母親が懐疑的な性格だったら?」


 よくもまぁセレーナさんを目の前にしてそんなこと言えるなぁこの人…ってあれ? セレーナさん?


「う~ん、母はともかく、父は結構その気はありますかね…」


 セレーナさんは苦笑しながら自分の頬を指でポリポリと掻いていた。


【なら誰を連れて行けと?】


 するとシエナさんはおもむろに手をパンパンと叩くと、


「…もういいの?」


 シエナさんがいつもくるまって寝ている毛布からゆっくりとアイちゃんが姿を現した。


【アイちゃん⁉ 今までずっとそこにいたの⁉】


 朝から姿を見せないと思っていたら僕に見つからないようシエナさんに隠れているよう指示されていたのか。それはそうと…。


「いやいやいや。あのですねシエナさん。アイちゃんもれっきとした『』ですよ?」

「チチチ。分かっていないなチャコは。アイは『女』である前に『精霊』なんだぞ?」


 いやいや。そこは『精霊』である前に『女の子』だと思うんですよ。


「お前ようなポンコツが彼氏役として相手さん方を欺くには箔をつけるのが一番手っ取り早い」

【どういう意味ですか?】


 するとシエナさんは悪い顔つきで微笑みながらアイちゃんを自分の脇へと置き、四つの目が僕のことをじっと捉えていた。


「つまり、本来この世界では希少な『精霊使い』という名の肩書をアイを連れて行くことでいとも簡単に使えるんだからそれを利用しない手はないだろ、という話だ」

【なるほど…、一理ありますね】


 僕がアイちゃんを従えている体をかもし出せばセレーナさんのご両親も安心してセレーナさんのことを見守ってくれるだろうということか。おまけにアイちゃんを連れて行くことで護衛にもなってくれる一石二鳥の作戦というわけか。


 何せアイちゃんの実力はあのアラクネをも怖気づかせたというくらいだ。これほど頼もしいボディーガードは他にはいない。

 でも…、


【アイちゃんはいいの? 少し長旅に付き合わせちゃうことになっちゃうけど?】


 すると相変わらずの何を思っているか読めにくい表情がニュートラルの状態のアイちゃんはただ小さく『コクコク』と頷いた。


「よし、これで決まりだな」


 こうして曲がりなりにもシエナさんから許可を得た僕たちは明朝セレーナさんの実家であるパストレ村へと向かうことになった。


「あ! そうだチャコさん、せっかくだから私が持ってきたこのヘリウの実、今食べてみない? ちゃんと声が変わるか知っておきたいからさ」

【それはダメーーー!】


 だって今食べてももうすでにヘリウの飴舐めちゃってるからこれ以上変わりようがないんだもん。


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