家、ついて行くんですか?
第78話 セレーナさんのお願い
「おい、チャタロウ! お前いつまで寝ているんだ? そろそろ学院に行く時間だろう?」
それは世にも珍しい大珍事だった。
魔王との死闘で名誉の傷(呪い)を負いながらも見事勝利し、戦争を終わらせた『英雄』の一人。
彼女に憧れて一人前の魔法使いを目指す若者があとを絶たないことは僕がファビーリャ女学院に通うことになって身に沁みて理解した。
ただみんなはそんな表面上のシエナさんしか知らないから憧れたり目指したりしてしまうんだ。実際のシエナさん私生活を知ったら一体どれほどの人が今のままの尊敬度を保っていられるだろうか?
家事もろくにせず、一日中お酒を飲むか寝るかに時間を費やす怠惰っぷり。おまけに部屋を片付けてもご飯を作ってあげてもろくに感謝の言葉も言わない薄情者。(まぁ困った時はちゃんと手を差し伸べてくれるけど…)
そんな僕的尊敬度一桁台の彼女に僕は初めて起床をするよう促された。
「!!!」
慌てて飛び起き、窓の外を見てみればいつもの変わらないくらいの朝の明るさが広がっていた。
けれど普段僕よりも早く起きたことのないシエナさんがそう言うのだからただ事ではないと思い、僕は慌てて学院に行く準備を整えた。
【ルリィさんはもう行っちゃったんですか?】
概ね登校する準備ができ、僕は家にアイちゃんがいないことに気がついた。
「あぁ、なにやら用があるそうで、アイと一緒に先に登校したぞ」
そんなことって…。
それならそうと声をかけてくれれば一緒に登校できたのに…。(もしかしたら気持ち良さそうに寝ていた僕を起こしてはいけないというルリィさんなりの気遣いだったのかもしれない)
追い付くかどうかはわからなかったけど、急いでルリィさんたちを追いかけるなくちゃ。
そう思って僕は朝食も食べずにドアノブに手をかけ、【起こしてくれてありがとうございます。いってきます】と声をかけると、なぜだか不敵に微笑みながらシエナさんが「あぁ、気を付けて行ってこいよ」と返事してくれた。
――――――――――
いつもより速足で森を抜け、丘をおりてアビシュリの街がもう間近まで迫った頃、僕はアビシュリの街がいつもと違うことに気が付いた。
【ん? なんだか賑やか?】
毎日ひと里離れた森から来る僕にとってはアビシュリという街はいつも賑やかに感じるが、今日は街を囲う塀の外側からでも人の声や何かを組み立てる物音が聞こえてくる。
街のメイン通りに続く大門をくぐり、街の中に入ってみて気が付いた。
【うわぁ~】
一言でいえばお祭りだ。とは言ってもお祭りのための準備に人々があくせくと動いているといった感じだが。
屋台を作り、出し物らしきで使うらしき動物の模型を作り、仮設の舞台まで組み立てている。それも街全体で。
【なんなのこれ?】
僕は街の突然の変化にお上りさん状態で辺りをキョロキョロしていると、街の外を目指して走っていた馬車が僕の真横で突如止まり、中から誰かに声をかけられた。
「先輩!」
そう呼称する人物に心当たりは一人しかいないのですぐに声の主が誰かわかった。
【ソニアちゃん?】
馬車の扉が開き、中から姿を見せたのは私服姿のソニアちゃんと少し恥ずかしそうに馬車の隅で縮こまるライサさんの姿だった。
「先輩、制服…それにカバンなんて持って、どこ行くんですか?」
【それはこっちのセリフだよ。二人とも今日は学院休むの?】
するとソニアちゃんとライサさんは二人で顔を合わせて二人して笑い出した。
「何言ってるのよチャコ、今日から学院は休みでしょ?」
???
【いや、だって…ルリィさんたちはもう登校したってシエナさん…が………………】
「やられちゃいましたね先輩」
あの黒魔女…!
どうりでおかしいと思ったんだよ! 普段僕よりも早く起きることのない人間が今日に限って人を起こすなんて! (まぁ、今日が休日なのを知らなかった僕も悪いけどさ)
これはあとで聞いた話だがルリィさんはそもそも家に来なかったし、アイちゃんは家の裏手で待機させられていたらしい。(ほんとあの人…)
そんな行き場のない苛立ちが鼻息となって現れてしまうとソニアちゃんから「先輩、あなたはレディなんですからそんな顔しちゃダメですよ」と突っ込まれてしまった。
【ところで二人はこれからどこかにお出かけかしら?】(レディ感出してみました)
「はい。実家に帰る予定です」
【実家って王都?】
「はい。お姉ちゃんこっちに来てから全然実家に顔を出さないから『久々に帰ろう』って無理やり誘ったんです。ね、お姉ちゃん?」
するとバツの悪そうな顔つきで生返事をするライサさん。
そんな二人の姿からはずっとわだかまりがあったとは思えないほどにどこからどう見ても仲良し姉妹だ。
ソニアちゃんの話を聞く限り、ソニアちゃんもライサさんもあまりご両親とはうまくいっていない印象を持っていたが、今の二人ならきっとそんなものどうとでもなるような気がする。
だって…、
【もしかしてそのスカート、二人ともお揃い?】
「えへへへ」
そういうとソニアちゃんは馬車の中から僕に向かってカーテシーを披露してくれた。
地味過ぎず派手過ぎず、なんとも上品なフレアスカート。二人とも型は同じでも色の違うものを穿いていたので以前の僕ならそのまま見過ごしてしまうところだったが、こんな生活を続けているせいか脳が女性脳になってきているかもしれない。(はっ! っていかんいかん! 染まるな僕! 僕は男! 僕は男!)
かたやライサさんはというと穿いていたスカートに手を置き、なるべく見られないよう抵抗してみせている。
まぁ気持ちは分からないでもない。つい先日までのことを思えばこの急激なまでの姉妹関係性の変化に世間の目が気がかりだとは思う。でもそれはとても素敵な変化なのだから恥ずかしがることないのにとも思うわけで…。
なのでライサさんになるべく刺激を与えないよう僕は伝えたい想いをありのまま伝えることにした。
【二人とも、よく似合ってるよ】
でもやっぱり羞恥には勝てなかったみたいでライサさんは顔を赤く染めて咳ばらいをしたあと、
「ほら、ソニア。そろそろ行かないと遅くなっちゃうよ」
「はーい、はいはい」
ライサさんに急かされソニアちゃんは御者の人に「あの、そろそろお願いします」と声をかけた。
「それじゃぁ先輩おみやげ買ってきますから楽しみにしてくださいね」
【そんなものいいから。道中気を付けてね】
「王女様がくる日までには帰ってくる予定だから」
王女様がくる日?
一体なのことか分からずライサさんに聞き返そうとしたのだがライサさんたちを乗せた馬車はもうすでに動き始めていたので僕にはただ二人を見送ることしか出来なかった。
【王女がくる日? 何のことだろう?】
ま、その辺の今度誰かに聞こう。
【……さて、どうしようか】
あの黒魔女にはあとできちんと物申さなくてはならないが、それはあくまで『あとで』の話。急遽生まれたこの空き時間を一体どう過ごしたものか?
活気ある街のど真ん中で取り残された僕は今日の時間の潰し方を考えてみる。
で、出した結論は、
【とりあえず街中をぶらついてみるか】
せっかくの機会だから初めて見る街の変わりようをしっかりとこの目で確かめてみようと僕はアビシュリの街を散策することにした。
――――――――――
【おー、すっごい】
きっとそれなりに知名度のあるお祭りなのだろう。
いつもお世話になっている八百屋に肉屋、雑貨屋、酒屋など、さまざまなお店というお店が一応通常営業しているようだが、それとは別に店先の道路ではその店の店員さんたちらしき人たちが何やらド派手な看板やら飾りやら制作している。
それに空を見上げれば様々な形・色をしたぼんぼりらしき灯りがまるで万国旗のようにぶら下がっている。
さすがにここまでの規模となるとどうしてお祭りの存在を僕は知らなかったのだろうか、と思えてくる…。
なんで誰も前もって教えてくれなかったんだろう…。
そんなことを考えながら歩いていると、
「チャコさん?」
【!】
またも誰かから声をかけられ、振り向くとそこには制服姿でも、ウエイトレス姿でもない私服姿のセレーナさんが何やら重そうな荷物を持ちながら佇んでいた。
「ちょうど良かった。これからチャコさんに会いに行こうと迷いの森に行くところだったの」
僕に会いに? それは一体どういうことなのかと思ったのだが、それよりも僕の興味を別のところへと向いていた。
【セレーナさん、それ!】
第一声はあいさつでも、偶然出会えたことを驚き合いでも、その大きな荷物の謎を追求するでもなく、僕はまずセレーナさんの着ている服を称えてしまった。
【もしかして新作の服?】
この街では少し浮くくらいにおしゃれで、それでいて嫌味のない上等な服。まさにセレーナさんのためにあるかのようなだ。
「う、うん。昨日完成したばかりなんだ」
けれど服作りをこよなく愛するセレーナさんが自ら仕立てた服にまるで関心がないというかどこか上の空というか、意識が違う方へと向いているみたいだ。
【どうかしたのセレーナさん?】
「えっと、その…」
【???】
明らか様子のおかしい。僕の質問にまるで答えるか否か悩んでいる様子だ。
彼女は「僕に会いに行く」と言った。つまり僕に用があるということだ。それも今の様子から察するに打ち明けにくいことを。
なら僕にできることは変に急かすのではなく、辛抱強く笑みを絶やさないように彼女からの言葉を待ち続けるしかない。そう思い僕はなるべくいつも通りの自然体でいることを意識して待ち続けた。
するとどうにか決心がついたらしく、ようやく彼女の重そうな口がゆっくりと開いた。
「あの! チャコさん!」
何気ない質問のはずなのに彼女の熱量はものすごく、おまけに力強い視線が僕へとリターンされ…、
【は、はい?】
彼女から放たれた一言は僕を動揺させるには十分すぎるほど威力を伴っていた。
「私の恋人になっていただけませんか!」
おぅ…なんと…。
僕の平穏は時間は『束の間』のうちに終わってしまった…。
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