第77話 姉妹のその後
【はぁ】
そうため息を漏らした直後に僕は「やっちゃった」と後悔した。
「またため息? あの日以来一日に何度も何度もしてるけど? そんなに『
朝のホームルーム前
遠足でアラクネに負わされた右肩のケガが完治するまでと言っていたこの席順だったのだが完治して以降もずっと僕の隣の席で居続けているライサさんがギロッとこちらに視線を向けてきた。
【あ、いや、そうではなくてですね…!】
「私たちはちゃんと条件を呑んだ上であの勝負に臨んだのだからあの子だって覚悟は出来ていたはずよ。それを未練がましくも何度も何度もため息をついて」
【いや、でも、何もほんとに退学させることなかったと思うんですけど…】
あの料理対決から早1週間。
勝利をライサさんに譲ったにも関わらず僕ら敗残者はなぜかきっちりと罰を与えられた。
ソニアちゃんには予め決められていた『強制帰郷』を。そして僕はというと…、
「ほらまた使った。敬語、ちゃんとやめなさいよね」
敬語禁止令。それが僕に課せられた罰だ。
どうもソニアちゃんとは普通に話していて、自分とは未だに敬語で話していた僕にずっと不満を募らせていたらしい。
【あははは…】
こういう時は笑ってごまかすのが一番だ。
「何度も言うようだけど、これで良かったのよ。ここにいるよりも王都の学校に通った方が間違いなくあの子のためになる。もちろん『
【それはもちろん理解できまs…るよ。でもライサさんを慕ってこっちに来てくれたのにそれを追い返すなんて可哀そうだなって】
「へぇー、私に対してずいぶん言うようになってくれたわね。やっぱり『恋』は人を変えてしまうのかしら?」
恋……なのかな?
なりゆきでソニアちゃんとお付き合いして、終始振り回されて、『私たち付き合ってます!』って感覚はあまりなかった。
でもこうしてソニアちゃんがいなくなり、恋人解消となってみて有り体な言い方になってしまうが『ポッカリと心に穴が開いてしまったよう』そんな感じになってしまった。
この状態が果たして恋からくるものなのか、寂しさからくるものなのかは恋の経験値が皆無な僕にとってはまだわからない。
そしてきっとこのモヤモヤの正体はわからないままだと思う。
だって
だから僕はソニアちゃんの王都での新たな門出を心から祝福しつつ、気を取り直して、目下自分の目的である『日本帰還計画』に注力することに改めて強く決心した。
【なんだかその言い方、エスティさんみたいだね】
「な、なんですって!」「なんですって!」
僕の言葉に反応したのはライサさんだけではなかった。
これまたあのアラクネの一件以来僕のもう片側の隣の席で居座り続けているお嬢様まで反応させてしまった。
「聞き捨てなりませんわチャコ! 私はそんな『自分に対して偉そうな』みたいな横柄な物言いはしませんわよ!」
まさに至宝のような赤茶色の髪が今日もきれいなエスティさんが怪訝そうな表情で僕のことを睨んでいる。(やっぱりばっちり聞いてましたかエスティさん…)
【い、いい意味で、良い意味でですよ】
「私には全然そういう風には聞き取れませんでしたわよ!」
【あははは…】
こういう時は笑ってごまかすのが一番ってことで。
「ところでライサ、本当にあなたの妹は王都に帰りましたの?」
「えぇ。今頃は編入手続きを終えて、向こうの学校でよろしくやっているはずよ」
「…そうですの」
エスティさんにしては珍しく覇気のないあいづち。
【どうかしましたかエスティさん? もしかして寂しいとか?】
「ち、違いますわ! ただあいさつもなしに突然いなくなられるのはなんだか釈然としないだけですわ」
そう。
勝負が決まってからのソニアちゃんの行動は早かった。
もうその日のうちに学院に退学届けを出して、その翌日にはアビシュリから出て行ってしまった。
僕もライサさんも見送りには行ったのだけれど、別れ際のソニアちゃんもとてもサバサバしていて「それでは二人ともお達者で」と一言言い残しただけで振り返ってもくれなかった。
一応、元『恋人』としては別れるとなるといろいろとこみ上げてくるものはあったけど、そうは言ってもビジネスパートナー的な関係性が強かったからソニアちゃんにとってはあまり僕にも、そしてこの街にも未練はなかったようだ。
「『休みの日はたまにはこっちに顔出しなさいよ』とは言ってあるからこっちに来たらエスティの家に寄るよう言っておく」
「別に構いませんわ。ただ単に騒がしくなるだけですもの」
と、口では言っていてもまんざらではなさそうなエスティさんなのであった。
「おーい! ホームルームはじめっぞ~!」
と、予鈴と共に教室にやってきたのは担任のパルナ先生だった。
僕らは強制的に会話を終了させ、いつもの日常が始まる………はずだったし、そう思っていた。けれど…、
「え~、ホームルーム始める前にこのクラスに転校生を来ることになったのでみんなに紹介する」
転校生? それはなんとも唐突……ん?
「おーい、てんこうせー、中に入れ~」
そう言って廊下の方を向いて声をかけると、廊下から現れたの僕らのよく知るあの子だった。
「王都から参りましたソニア・ランフォードと申します。皆さん仲良くしてくださいね」
突然の出来事に僕を含めたクラス中がざわついた。
みんなが一様に目を丸くしてソニアちゃんを注視していた。もちろん僕の友人たちもクラスメイトたちとまったく同じ反応だった。ただ一人ライサさんだけはまるでこうなることが分かっていたかのように呆れ気味に息を漏らした。
「えー、まぁ、みんなもソニアのことは知ってるだろから改めて紹介する必要はないとは思うが、まぁ、諸事情によりこのクラスに編入することになったんだそうだ。理由は私も聞かされていない。というより私も今日初めて学院長の方から聞かされた。まぁ、生徒が一人増えようが二人増えようが一緒なのであまり気にならんかったが…」
いやパルナ先生! そこもっと深掘りしようよ!
「というわけでこのまま授業を始めたいとは思うんだが…」
いや本当に自由だなあなた!
「えー、席は…」
そう言いながらパルナ先生は教室を見渡し適当な場所を誘致しようとするとなんとも晴れやかな表情でソニアちゃんが「先生、私あそこがいいです!」と言って力強く指さしたのは予想通り僕らの席のほうだった。
「ん? あー、まぁいいか。適当に座れ…って座席がないか。仕方ねぇなぁ。今からちょっと空き教室行ってイスと机持って来るから、それまでお前ら静かにしとけよ」
そう言ってパルナ先生は教室から出て行ってしまった。
そうなると残された生徒らの話題はすべてソニアちゃん一色となった。みんな「なんで?」とか「どうして?」とか一斉にソニアちゃんに質問攻めしていたがそれらを笑顔でかわしやってきたのはもちろん僕らのもとだった。
なのですべての生徒の代表として僕がソニアちゃんに聞くことにした。
【ソニアちゃんどうしてここに?】
僕の質問に照れながらも笑顔でソニアちゃんは答えた。
「先輩のことが忘れられなくてまた戻ってきちゃいました(テヘ)」
その一言が教室中に黄色い歓声と、大輪の白い花を咲かせた。
けれどそんな浮かれた教室内でただ一人彼女だけは静寂だった。
「あなたそれルール違反だからね」
はにかむソニアちゃんとは対照的になんとも冷徹な視線向けるライサさん。
「別にいいでしょ? 私ちゃんとこの学院を退学したし、先輩とはきっぱりとお別れしたんだから」
「『だから再入学しようと復縁しようとかまわないでしょう?』ってことかしら?」
「そう!」
「…はぁ。想定はしていたけどね」
深いため息のあとで苦言を呈するようにライサさんは言った。
けれどその表情はまったく嫌そうではなく、むしろ安堵の表情に近かった。
そこに僕は本来あるべき姉妹の絆の片鱗を感じとることができた。
きっと何年もの間止まってしまっていた姉妹の時間が動き出しているようだ。そう思うと多少ぎこちなくとも尊いこの瞬間に居合わせていたことを嬉しく思えた。
「ただですねー、復縁に関しては私、思うところがありましてねぇ」
そう言うとソニアちゃんは楽し気な表情で僕のことを、そして僕の席を囲むように陣取っている僕の友人たちの顔をぐるりと見渡し、
「先輩を好きになると色々とリスクを犯さないといけないようなので、好きになるのは当面控えておこうかなって思っているのですよー。私まだ死にたくないので」
【なにをわけのわか…】
そう僕が言い終えるよりも前に僕の周辺の空気が何だか波紋のように微かな振動となって僕の皮膚をかすめたような気がした。
あれ? これってなんだか危険な予感がする…。
僕はゆっくりと周りを様子を窺うとみんな不気味なくらいの笑顔で僕のことを見ていた。
こういう時こそ笑っていよう。それが世渡り名人に秘訣だ。
【は、ははh……、で、でもよく退学して、すぐに再入学出来たね】
「えぇ、それもこれも『シエナさんの口添え』のおかげです」
【シエナさんの?】
「はい。退学届けを出した私をシエナさんが直接学院長を説得してくれたんです。『若い奴には若い奴なりに事情があるんだから大人はそれをくみ取って学びの機会を提供するのが役目だろ』って」
なんかもっともらしいこと言っているけど、一度提出した退学届けを出した生徒を再びすぐ再入学させるのってそう簡単にいかない気がする。それを無理やり押し通らさせられたトリエステ学院長…お気持ちお察しします。それにしても…、
【以外だなぁ。あの『利己主義の塊』みたいな人が誰かのために率先して自ら動くなんて。正直信じられないよ】
「あぁ、そのことなら、王都でも有名な酒蔵のお酒をおみやげに持って行きましたので」
なるほど、そういうことか。というよりなんと末恐ろしい子だ。あのシエナさんをもう巧みに操っているとは…。(ん? ってことは僕もちょっと良いお酒を贈呈すれば日本に少しは早く帰れるようになる……わけないか)
そんなことを考えているとさきほど教室から出て行ったパルナ先生が机とイスを抱えて戻ってきたことにより、話は尻切れトンボになってしまった。
「おーいソニア、机持って来てやったぞ。ほらさっさと適当なところで座れ。授業を始めるぞ」
「はーい」
そして僕の斜め後ろに座席を設置したことにより僕の席を囲う『強力』な布陣は今日から『鉄壁』の布陣へとさらなるグレードアップをしたのであった。
「(先輩先輩!)」
そして授業が始まろうとするその寸前にソニアちゃんから小声で話しかけられた。
【ん? どうしたの?】
するとソニアちゃんは以前と変わらない小悪魔的笑顔浮かべながら、
「(先輩の後ろ姿、とても様になってますよ)」
【ちょっと!】
僕の性別を知る学院内では唯一の部外者であるソニアちゃん。
彼女は僕に『協力する』と言ってくれた。
僕が日本に帰るのにどうしても必要不可欠なライサの妹さんの力を借りられるなんてこれほど心強い協力者は他にはいないと思う。
…ただ、その代償は『日々のイジられ』というなかなかにしんどそうなオプションが付いてきてしまうけれど、ソニアちゃんの笑顔を見ていたらそれはそれで充実した学院生活がおくれそうで全然苦に思えなかった。
「おーいチャコー。授業始まるぞー、静かにしろー」
う〜ん。やっぱり多少の苦労は多めかなぁ。
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