第76話 『姉for妹 妹for姉』


「そのクッキー私にも食べさせてください」

「お、おぅ。構わないが…」


 突然の申し出に戸惑い表情を見せるシエナさんだったがすぐにクッキーの乗ったお皿を手に取るとソニアちゃんに差し出した。


 「ありがどうございます」と言ってソニアちゃんはすぐにシエナさんからライサさんの作ったクッキーを受け取りそれをひと口で頬張った。


『ボリボリ…』


 ソニアちゃんはまるでクッキーソムリエのように口の中のクッキーを味覚と嗅覚をつかって最大限味わうように時間をかけて食した。

 そんなソニアちゃんの行動は否が応にもみんなの視線が集め、一体この後どのような言葉が紡がれるのか固唾を呑んで見守られるなか、彼女から出た最初の言葉が、


「この味…。変わらない、あの味だ」


 そう言うとソニアちゃんは目を細めて泣きそうとも感傷に浸るともとれるような表情でその場で力なく立ち尽くし、視線だけが天を仰いだ。


【あっ…】


 そんなソニアちゃんの姿を見て僕は先日ソニアちゃんが教えてくれたソニアちゃんの昔話を思い出す。

 昔ソニアちゃんが魔法がうまくいかなかった時に両親から食事を抜かれた際こっそりライサさんがソニアちゃんのためにクッキーを用意してくれていたという、あの話を。


「悪かったわね。昔から全然進歩がなくて。私料理なんてこっち来てからも全然してないのよ」

 

 感傷に浸りつつ、トーテムポールのように立ち尽くすソニアちゃんに向かってふてくされるようにライサさんはつぶやいた。


「それって自炊もできないくらいに金銭面で苦労してるってこと? 父さんたちからの仕送りがされてい…!」


 そんなライサさんのツイートに『静』のオーラを纏っていたソニアちゃんが一気に『動』のオーラへと切り替わった。


「ソニア勘ぐり過ぎ。あなた何だか勘違いしているようだから言っておくけど父さんたちからはちゃんと学院生活が不自由ないように仕送りされているし、私もちゃんと父さん、母さんに感謝してる」

「嘘! そんなのただ口先で父さんたちを庇っているだけ! 私知ってるよ、本当はお姉ちゃんは王都の学園に通うはずだったのにそれを無理やり父さんたちから反故にされて家に軟禁状態にさせられた! そして今も行きたくもなかったこんな地方の学校に飛ばされて…そんな仕打ちにあってるのに父さんたちに感謝なんて出来るはずがない!」

「だから違うってば」


 そこでようやく上がっていたソニアちゃんの眉毛と肩が角度が少し下がった。


「いい、ソニア? 私は軟禁状態にされたんじゃない。魔王の負の遺産スピランタなってしまったせいで通っていた学校に通いにくくなって、それで家に引きこもり気味な生活になっただけ。それにここでの生活だって私が望んだもの」


「嘘だよ、そんなの…」

「いくら王都では知名度のあるランフォード家でもファビーリャ女学院ならその限りじゃないと思ったから、私の意思でファビーリャ女学院ここを来たいってお父さんたちにお願いしたの」

「そんな……魔王の負の遺産スピランタであるお姉ちゃんのことを家の恥と思って、王都から遠く離れたこのアビシュリに飛ばされたんじゃ…ないの?」

「違う」


 もうどっちが正しいのかわからない。

 僕はソニアちゃんからしか話を聞いていなかったのでどことなくひどい両親のせいでライサさんが苦労させられているような映像が勝手に浮かんでしまっているけど、もしかしたらライサさんの話正しいのかもしれない。

 ライサさんの処遇に困っていた両親がライサさんの提案を受け、これは『渡りに船だ』的に捉えた両親が体裁の良い厄介払いとしてこのファビーリャ女学院に送り出した、という二人の話を加味したこの辺りが真相なのではないかと僕は勝手に想像してみる。


「ならどうしてお姉ちゃんはお姉ちゃんを追ってファビーリャ女学院に来た私にあんなこと言ったの?」



   『私に関わらないで! 迷惑だから』



「それは…」


 ソニアに言い寄れ、言葉を詰まらせるライサさん。


 ソニアちゃんの言うことももっともだ。

 今までの話を聞く限り両親のことはさて置き、ソニアちゃんがライサさんに辛辣に接せられる理由はない。なのにどうしてライサさんは自分を慕ってわざわざ王都から追ってきた妹にあんなことを言ったのだろうか?


 姉へと注がれる熱視線に根負けたかのようにライサさんは重たげな口を開いた。


「…それは姉としてソニアには私にできなかった王都での華やかな学生生活を謳歌してほしかった。それなのに私なんかを追ってファビーリャ女学院に編入してきたらソニアまで嫌な思いをする羽目になるって思って…」


 …なるほど。そういうことか。だからわざと冷たくあしらって王都に帰らせようとしたのか。

 僕で言うなら、もし僕のことを心配して僕の弟や妹がアテラこの世界に来るようなことになればきっと『どうして弟や妹まで…?』と思ってしまうし、『家族は巻き込みたくはなかった』と思ってしまうに決まっている。


 ただそれは僕やライサさんのような背負ってしまった側の意見で、残された側の立場からしたら…、


「そんな気遣い全然うれしくないよ。だって私たち家族じゃない」


 そう思ってしまうのも仕方がないことだよね。 

 ライサさんはソニアさんを想って、ソニアちゃんはライサさんを想っての行動なのにそのふたつは互いを想うがゆえに交わることはない。なんとも美しく痛々しい話だ。


 でもまだ可能性はある。

  だって二人はこうして対面して話し合うことが出来るのだから。お互いの優しさの妥協点を見つけることだって出来るはずだ。


 たとえ根本的なライサさんの魔王の負の遺産スピランタの問題の解決にならずとも二人が再び姉妹としての絆を取り戻すことができれば、きっと自ずとライサさんの魔王の負の遺産スピランタの問題も解決できるような気がする。少なくとも僕はそう信じている。


「うん。だからせめて謝らせて。あの時は言い過ぎた。ごめんねソニア。…それと、心配してくれてありがとう」


 初めて見るソニアちゃんに向けられたライサさんの優しい表情。

 その表情はまるで『キキョウ』のようで。ただ『キキョウ』とっても華やかな『トルコキキョウ』の花ではなく、慎ましやかな『桔梗』の花びらのような謙虚さと力強さが感じられた。

 

「…私の方こそ、何度もあの時私に手を差し伸べてくれてありがとうね、お姉ちゃん。だから私も何度だって手を差し伸べるから」


 そして同時に咲くふたつの笑顔。

 本来、家族と向き合う際の表情の基本形は『笑顔』だと僕は思うけど、この二人は一体どれくらいぶりに『笑顔』をさらけ出し合ったんだろうか?


 そう考えると、僕はライサさん、ソニアちゃんにとっての物凄い節目の、物凄い転換点に立ち会っているような気がする…。


 すると不意にソニアちゃんが静かに手をあげると、


「あの、シエナ審査員! 提案があります!」

「ん? どうしたソニア嬢?」

「私この試合から降ろさせていただきます」


 えぇ⁉


「それは構わないが…理由は?」

「モチベーションが保てなくなったので…」


 ソニアちゃんの突然の申し出にもまったく動じることのないシエナさんはまるで事務手続きのように、


「そうか…なら今回のこの勝負の勝者は…」


 …おっとと、そういうことなら、


【私も! 私も…辞退します!】


 今の二人なら『勝者だ敗者だ』なんてこと関係なしにきっと話が進んでいける、そう確信を得た。

 だからあとのことは二人に任せることにして僕も自らこの勝負の舞台から身を引く決心をした。


 でもそんな清々しい気持ちの僕とは裏腹に慌てふためくソニアちゃん。


「せんぱい! それとこれでは話が違…!」


 慌ただしく僕の言葉を遮ろうとするソニアちゃんだったが、その言葉をさらに遮るように今まで見たことのないくらいの悪い笑みを浮かべながらライサさんは言った。


「言ったわねチャコ!! ならこの勝負の勝者は私ってことよね⁉」


 あれ? ライサさんなんかキャラ違う…。


「ということは勝者である私の言うことは絶対に服従ってことよね⁉」


 え、え、何なの急に!?


「ダメですよ先輩! 先輩は私たちの間をちゃんと取り持ってくれないと! 私たち姉妹のどちらかに決定権を委ねたら大変なことに…!」

【えぇ!? 今の流れ見せられたらもう二人は大丈夫って思うよ普通! これ以上関わるのは野暮だって思うよ普通!】


「フフフ…。見事に私の策にハマったわね二人とも! さぁ覚悟はできているんでしょうね?」


 そして今ここに独裁者『ライサ・ランフォード』が爆誕してしまったのだった。



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