第75話 結果はっぴょー!
「……3……2……1。 はーい。各選手そこまでー!!」
シエナさんの号令で僕らの手はピタリと止まった。
ど、どうにか慌てて作ったお吸い物も制限時間内に間に合った。
僕は安堵から【ふぅ~】と息を漏らしてしまった。それはライサさんもソニアちゃんも同じで二人ともこの勝負をやる前よりも少し老けた気がする。(なんて言ったら怒られちゃうかな)
「では各選手、順番に審査員席に料理を持ってくるように!」
と言われましても…。
そんなこと言われれば当然のように浮かぶ疑問をライサさんは僕らの誰よりも早く口にした。
「それで順番は誰からですか?」
「ん? 誰からでもいいぞ。背の小さい順でも、かわいい順でもそっちで勝手に決めてくれ」
『背の順』ならともかく、『かわいい順』って…。基準があいまいで決められないんですけど…。
ただひとつ言えることは『背の順』でも『かわいい順』でも僕が一番最後ってことだ。(そもそも僕のことを『男子』と知りながらも「かわいい順で決めろ」というシエナさんには悪意しか感じない)
「『かわいい順』なら先輩が一番ですね!」
そしてソニアちゃんも悪意で満ち満ちている。
【いや、私は一番最後でいいから】
謙遜でもなんでもなく、ただ男としてのプライドがトップバッターを意地でもいくまいと身を引いたのだが、機嫌の悪そうにライサさんが「いいから、料理がどんどんと冷めちゃうでしょ」と言われて促されたため誠に不本意ながら僕がトップバッターを務めることとなった。
【はい。こちら『キノコの炊き込みご飯』と『お吸い物』でございます】
僕は審査員であるシエナさん、アイちゃん、セレーナさんの前に作った料理を並べた。
「おぉ!」「…」「わー」
各々リアクションは違えど一様に好感触であることは伝わってきた。そしてとりわけ反応がなまめかしかったシエナさんを見て僕は遅ればせながらやっと理解した。
なぜこれほど面倒くさそうなイベント事にシエナさんがあれほど乗る気だったのか。つまりはおいしいものをお腹いっぱい食べたかったということだったんですねシエナさん……。
僕は僕の作った料理を目の前にしてよだれを滴らせながら頬を緩ますシエナさんを見て猛烈な『してやられた感』に
とはいってももうここまで来てしまったのならやりきる以外の選択肢は残されていない訳なので、どうせやるなら全力で楽しもうと決めた。
「それじゃぁ、いただきますチャコさん」
【どうぞ召し上がったください】
そう言ってセレーナさんの言葉を皮切りにアイちゃん、シエナさんと次いで僕の炊き込みご飯を口に運んでくれた。
「おいひい!」
目を少し見開きながら笑顔で僕の作った炊き込みご飯をふた口、み口と食べてくれるセレーナさん。そしてセレーナさんの隣の席のアイちゃんも表情こそ変えないものの黙々と炊き込みご飯を頬張るまで口に運んでくれていた。
「ちゃんとお米の芯までキノコから出ただしがしみ込んできてとってもおいしいです。ヘンに飾らない素材の味を生かした感じが私の故郷の郷土料理にも通じるところがあってとってもおいしいです」
【ありがとうございます!】
セレーナさんにはかなりのお気に召してもらえたようだ。幸先好調。
けれどそんなセレーナさんの言葉を受けてまるで異を唱えるかのようにシエナさんが…、
「う~ん。まぁ『素材の味を生かしている』と言えば聞こえがいいが純粋に味が薄くないか? それにところどころ米が芯まで火が通っていないところがあったぞ? 炊き足りないんじゃないか? 火力不足か?」
ガチのダメだしじゃないですか…。
味の薄いのは個人的な好みの味なので仕方がないとは思うけど、炊き時間、火力不足なのは否めない。なにせ魔法が使えないせいで火力が思うようにいかなかったから…。
期待を込めてアイちゃんが何かフォローしてくれないかと彼女の方を見たのだがさすが『氷の精霊』というだけあってその表情が解けることはなく、ただ僕のことをじっと見つめているにとどまった。
そして流れはそのまま採点へと向かった。
聞けば採点方法は審査員が10点満点で食べた料理を評価するというごくシンプルなものだそうだ。審査員はセレーナさん、アイちゃん、シエナさんの3人なので最大30点となるわけだ。
もちろん森に採点用のフリップやボードや点数の書いてある札があるわけではないので、審査員は自らの指の立てて点数を示すスタイルだそうだ。
「それでは御三方よろしいですか?」
「あぁ、いつでもいいぞ」
少し緊張した面持ちではあったがルリィさん「では、一斉にどうぞ!」とシエナさんたち審査員に声掛けを行い、シエナさんたちの指が一斉に空に向いた。
セレーナさん)『9』
アイちゃん)『10』
シエナさん)『6』
合計『25点』
トップバッターとしてはまずまずの点数ではないだろうか。(よし!)
続いて審査してもらうのはソニアちゃんだった。
「よろしくお願いしま~す!」
そう言ってシエナさんたちの前に出されたのはアテラ版のイタリアンパスタのような食べ物だった。
「キノコとチーズ、それに森で採れたスパイスをふんだんに使った『森のスパイシー
言われてみれば僕が料理をしている間から香辛料のような匂いが辺りに漂っていた。
「ほぉー、うまそうじゃないか」
「ありがとうございます」
僕もソニアちゃんどんな料理を作ったのかが気になり覗かせてもらったがさすが良家のお嬢様というだけあって盛り付けがまさにマエストロのようだ。
【ほんとおいしそう】
「ありがとうございます先輩。今度先輩にも作ってあげますね」
今の僕たちの関係はライバル関係だというのにソニアちゃんのしぐさや言葉にはてらいがまったく感じられず、不覚にも『かわいいな』と思ってしまった。
そして先ほどと同様にルリィさんの合図とともに3人1の試食が始まった。
「うん! 最初はインパクトのある風味がガツンと口いっぱいに広がって、最初はちょっとびっくりしましたけど慣れてくるとそれがやみつきになりそうな味ですね」とセレーナさんの寸評からはじまり、続いてシエナさんの「なんとも酒に合いそうな一品だな。この香辛料具合は好き嫌いがはっきりと分かれそうな気もするが私はこの味嫌いじゃないぞ」という高評価とともとれるコメントを残して採点となった。ちなみにアイちゃんは僕の時同様コメントをするわけでもなく、ただ黙々と出されたパスタを食べていた。
「それでは御三方、採点の方をよろしくお願いします」
そしてルリィさんの言葉に従うようにシエナさんたちの指が再びピンと上へと向いた。
セレーナさん)『7』
アイちゃん)『10』
シエナさん)『8』
合計『25点』
まさかの同点。
「先輩、同点ですね!」
【だね。でもこの場合どうなっちゃうのかな?】
「さぁ? とにかく今はお姉ちゃんの得点次第なんじゃないですか?」
確かに。
するとまだ呼ばれてもないうちから僕らのすぐそばを澄ました顔で横切り、シエナさんたちのもとへ料理を届けるライサさん。
「評価をお願いします」
「お、おぉ」
戸惑いながらも差し出されたお皿を受け取るシエナさん。
一体ライサさんはどんな料理を作ったのかと僕もシエナに手渡されたお皿を遠目から確認して驚いた。それは僕の隣にいたソニアちゃんも同様で「あれ…って」とつぶやきながらまさに目を皿のようにして驚いていた。
「これは一体…?」
シエナさんもライサさんが自主的にやってきたことではなく手渡された料理が今回の料理勝負の主旨と少しズレていたことに戸惑ったのかもしれない。
「見てわかりませんか? クッキーです」
「クッキー…か」
戸惑うシエナさんなどお構いなしとばかりに堂々とした態度でシエナさんを見据えるライサさん。
「何か問題でも?」
「あ、いや、ルール上全然問題ない」
そして各審査員にライサさんの作ったクッキーたお皿が配られた。
「それじゃぁ…さっそく…」
そんなシエナさんの言葉を合図にセレーナさんとアイちゃんもクッキーを口に運んだ。(話は逸れるけど、やっぱり炊き込みご飯よりもクッキーを食べてる女の子の姿の方が絵になるなぁ)
辺りにクッキーを食べる際に鳴り響く心地良い音が聞こえてきた。
あまりに食欲をそそるその音に、この勝負が終わったらあとで少し譲ってもらいたい、そう思いながら審査員であるシエナさんたちを眺めていると、そのシエナさんたちの表情がいまいち優れないことに気が付いた。
【???】
僕の心配をよそにそのまま採点をいう流れになり、ルリィさんの合図とともに3人のジャッジがくだった。
「それでは採点の方をよろしくお願いします!」
セレーナさん)『6』
アイちゃん)『10』
シエナさん)『4』
あれ? 合計『20』点?
僕の思ってたのとちょっと違う結果だった。(っていうかアイちゃん、あなたいつも10点なんだね…ちゃんとこの勝負の主旨わかってくれてるのかな?)
「えっと…ですね、ライサさん。 おそらく簡易的に作った窯のせいだと思うんですけどところどころ焼きムラがあってですね…」
「……………」
褒めるのが上手なセレーナさんだけど、同級生相手に料理の指摘をするのは苦手なんだね…。わかるよ。
「あ、いや、でも許容範囲と言いますか、食べていてちゃんとクッキー感はあると言いますか…」
「……………」
変に言い訳や言い逃れもしないあたりライサさんの真面目さが出ているけど…正直見ていてつらいです。
すると、今までのハイテンションはどこへやら。いつものローギア営業に戻ってしまったシエナさんが一言、
「つまりはこういう結果だ。伸びしろはある。次がんばれ」
「…はい」
正直ライサさんの顔を直視することが出来なかった。
だからライサさんが一体どんな表情をしているかわからなかったけど、ひとつ確かなことはこのままではライサさんがアビシュリからいなくなってしまうかもしれないということ。
もうこうなったらなんとしてここで僕がソニアちゃんを打ち負かして二人ともアビシュリに留まってもらうしかない、そう心に強く思った。
「えー、そういうわけで同点のチャコとソニアについてなんだが…」と、ここでこの話はおしまいとばかりにシエナさんは手の平をパンパンと叩きながら話を次の勝負の話に移そうとした時だった。
「待ってください!」
シエナさんのお皿の上に残っていたクッキーを指さしながら突然ソニアちゃんがそう叫んだのだった。
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