第69話 思い出ばなし
通されたのは緑にあふれる中庭だった。
「はいこれ。この庭で採れた木苺で作った自家製ジャムを乗せたクッキーと紅茶」
【おぉ~!】「おいしそうです」
僕らはその庭の中央に設置された木製のテーブルセットでニコライさんお手製クッキーと紅茶をご馳走になることとなった。
【すみません。お忙しいのに無理を言っちゃって】
「いいのよ。私はもう引退した身。いくら店が忙しかろうと私個人が友人を庭に招いてお茶するのにお店の状況なんて何の関係もないもの。さぁ若者はそんな些細なことなんて気にしないで出されたものを食べるのが仕事」
【はい。ありがとうございます。いただきます】
そして出されたクッキーをひと口。
【あ~…ん。 …ん! おいしいですニコライさん!】
僕と一緒にクッキーを口にしたソニアちゃんも顔をほころばせながら、
「本当においしいです。こんなおいしいクッキーは王都でもなかなか出してるお店ないですよ」
「お口に合ってよかったわ」
僕らの感想が聞けて満足したのかニコライさんはゆっくりと席を立ち、
「それじゃぁ、私これで失礼するわね。もし紅茶のお代わりが必要になったら店の人間を適当に呼べば持ってこさせるようにしておくわね」
【でもそれだとやっぱりお店の人に迷惑かけちゃうんじゃ…】
するとニコライさんは言葉ではなくその笑顔で『心配はいらない』と答えてくれているようだった。
さすがは年の功と言うのだろうかニコライさんの微笑みには不思議と包容力があり、抱いていた不安や罪悪感が溶けていくような感じがした。
そしてニコライさんはただ一言「では、ごゆっくり」と言い残して静かに店の中へと姿を消してしまった。
【………】
さて。
少し遠回りしちゃったけど、これで一応落ち着いてソニアちゃんと話し合える環境は整ったとは思うんだけど……どう切り出したものか。そんなことばかりが頭を巡ってしまった。
「素敵なお庭ですね」
【!!!】
打算的な考えを頭が占めているなか、不意にそんなことをソニアちゃんに言われて、僕は慌てて庭を見回す。
【あー、う、うん。そうだね。きっとニコライさんのお手入れがいいからだよ】
うん。言われてみてもやっぱり素敵な空間だと思う。四方を建物で囲まれているのに様々な植物が植えられているおかげで不思議と全然圧迫感がなく居心地が良い。
ただ残念なことは今はちょっと邪心が心にくすぶっているせいで純粋な気持ちでこの庭の与えてくれるものを楽しめていない。(今度改めて心が穏やかな時にまた来よう)
「ようやく今日の先輩の運勢が上がってきたって感じですね」
悪戯っぽく笑うソニアちゃんを真向いにして座っていると今更ながら気恥しさを感じてきてしまった。
だってこんな可愛い女の子と曲がりなりにもお付き合っている状態なんだから男子なら誰だって照れてしまっても致し方ないというものだ。
ただそんな余韻に浸っていられるのもほんの束の間だった。
「さーて、それで先輩。今日は私に色々と聞きたいことがあるんじゃないですか?」
来た。
今日僕らがこうしている理由。それを果たすときが来たようだ。
ソニアちゃんは僕の正体を知っているのだろうになぜか何も言ってこない。そして何故かそんな得体の知れない僕なんかと「付き合っている」なんてみんなの前で広言してしまう奇行ぶりを見せた。
その理由をついに聞くときがやって来たのだ。
でもそれは同時に僕が自分の正体をソニアちゃんにちゃんと話すということなんだけど…ええい! もうここまで来たら当たって砕けろだ!
僕は改めて腹をくくりソニアちゃんに問いかけることにした。
「でもね先輩。まずは私の話から聞いてください」
【へ?】
「その方が先輩の理解も深まると思いますので、ね? お願いします」
【はぁ、そうおっしゃるのなら…】
肩透かしではあったが、「お願い」と言われては僕にそれを断る理由はなかった。
するとソニアはまるで貴族然としながら紅茶をひと口飲むと静かに語り出した。
――――――――――
私は王都でも指折りの魔導士の名門、ランフォード家の次女として生まれた。
さすが名門というだけあって家は裕福だったし、それゆえに両親の教育対する姿勢はとても熱心で私たち姉妹は恵まれた環境の下でさまざまなことを学ばせてもらった。とりわけ『魔法』に関しては手厚く、熱い指導をしてもらったんですが…、
「どうしてそんな魔法も使えないんだ!」
「そうよソニア。もっとお姉ちゃんを見習って努力なさい。でないとランフォード家の沽券にかかわります。この程度の魔法も出来ないような子には夕食など与えられません」
「ごめんなさいごめんなさい」
名門一家の中にあって私はお姉ちゃんのように魔法に秀でた才能はなく、幼少期より優秀なお姉ちゃんと比べられては劣等感を味わい、毎夜自室で涙を流す日々を送り続けました。
「うぅぅ…うぅぅ……」
そんな偉大な姉がいるせいで私はご飯を食べられないことがしばしば。(この頃のことがあるから私の胸は人よりも成長が控えめなどだと未だに信じている)
でもそんな私をいつも慰めてくれたのは他ならぬお姉ちゃんだった。
『コンコン』
夜の静寂の中控えめになる扉。それが彼女が訪れた合図だ。
「ソニア大丈夫?」
静かに、最小限に開いた扉から姉、ライサが心配そうに部屋へと入ってくる。
「…お姉ちゃん」
「ほら、昼間焼いたクッキー持ってきたから一緒に食べよ」
『一緒に食べよ』なんて言っても一度だって一緒に食べてくれたことはなく、持ってきてくれたクッキーはいつもすべて私に譲ってくれるのがお姉ちゃんだった。
最初は『あんたのせいでこんなことに』という気持ちもあったけれど、結局は悪いのは全部私なわけで…。それに私のところに訪れるお姉ちゃんの表情はいつも心苦しそうでまるで自分も罰を受けているかのようだった。
そんなお姉ちゃんの姿に私は幼いながらに気を使われていると感じ、毒を吐くなんてとても出来なかった。(それにいつもクッキー持って来てくれるしね)
「うん。…ありがとうお姉ちゃん」
私たちはベットの上でクッキーを食べながら行儀悪くあぐらをかいて過ごすのが私たちの日課となっていた。
「でね、お母さまったらひどいんだよ。『この魔法はあなたくらいの年齢でお姉ちゃんはちゃんと出来てたわよ』って! ボリボリ」
「人には人それぞれペースってものがあるのにね。そういう母さんはどうだったんだって言いたいよね?」
「そう! そうなの! なのに自分のことは無視して私にだけ強く当たってさ! ボリボリ」
私は愚痴に対して姉は聞き役となり日ごろの鬱憤を姉へとぶつける日々。
けれどお姉ちゃんはいやな顔を少しも見せず、むしろ楽しそうに私の話を聞いてくれた。
「でもねソニア、お父さんもお母さんもソニアのためを思って言ってくれてるんだと思うんだ。いつかこの戦争で私たちがかり出された時無事でいられるようにって」
「それはわかってるけどさ…。あーあ、早く魔王倒されないかな。そうしたら魔法なんて勉強しなくてもいいのに。ボリボリ」
「そうだね。そうしたら二人でいろんなところ行きたいね。買い物とか、スイーツ食べめぐりとか」
「うん! 絶対行こうねお姉ちゃん!」
姉は私にとって理想であり、ほぼ完璧な姉だった。
ただひとつだけ残念なことは、お姉ちゃんの作ってきてくれるお菓子の味はだいたい壊滅的においしくなかったいうその一点だ。
そんなつらくも楽しい日々を過ごしていたある時、それは突如としてやって来た。
魔王がもたらした最後の災厄、
たしかに世界は平和にはなった。でもその代償は私たちにとってあまりにも大きなものとなった。
家の名誉や品格を
「ライサ。お前は今日から家を出ることを禁ずる」
「…はい」
それから両親の私に対する態度も変わった。
名門ランフォード家の威信を一身に受けることとなった私に対する教育の熱がより強くなった。(もう魔王は倒されたというのに…)
私もその期待に応えようとそれこそ血ヘドが出るほどの努力を強いられた。けれどその代わりいくら両親の望む高い目標設定を多少なりとも超えられなくとも食べ物にありつけないなんて事態には陥らなくなった。
ただ、姉のライサはというと
もちろん私はお姉ちゃんにしてもらったように何度も姉の部屋に行き食べ物を持って行ったりもしたのだが…、
『コンコン』
「お姉ちゃん、私ソニア。ここを開けて。食べ物を持ってきたよ」
……………。
…………。
………。
何度も何度も、暑い日も寒い日も雨の日も何度も何度も、私はお姉ちゃんの部屋を訪ねたがその扉が開くことは一度たりともなかった。
そして更に月日は流れてお姉ちゃんがファビーリャ女学院に入れる年齢になると両親はまるで厄介払いをするかのように姉を王都から遠く離れた地方都市アビシュリにあるファビーリャ女学院へと追いやった。
私は心底ムカついた。
勝手に期待して、勝手に絶望して、家柄だの品意だのとそんなくだらないものを守るためなら平気で自分の娘をほっぽり出す両親のその身勝手さに。
だから私も勝手にさせてもらうことにした。
通っていた王都の中等学校の学長の推薦をもらい、勝手に両親から目指させられていた王立の魔導学園から姉を追ってファビーリャ女学院に飛び級入学させてもらうことにした。
もちろん両親には大反対された。ただもうその頃には自分の意思をしっかりと両親に伝えるだけの心構えも覚悟も備わっていたので、半ばなし崩し的に両親の協力をこぎつかせ、私は姉を追って少し遅れてファビーリャ女学院に編入学した。
と、ここまでは良かったのだが、
「私に関わらないで! 迷惑だから」
編入初日に姉からそんな言葉を浴びせられた。
「久しぶり」でも「来てくれたんだ」でもなく、ただその一言だけ。理由もなし。
姉はだいぶ変わってしまっていた。
実家にいた頃もろくに顔を合わせなかったけど、少なくとも私にそんなことを言うような人じゃなかったのに…。両親から見放され、王都から連れて来られたこのアビシュリに、ファビーリャ女学院に身を投じたことで昔優しかったお姉ちゃんの面影は完膚なきまでに壊されてしまったのだ。
理由はすぐに察しがついた。
そのせいで学院内はおろか街全体からも「厄介者が来た」と忌み嫌われ、ない者扱いされてしまったのだ。
つらかった。心底。
私の大好きだったお姉ちゃんが知らない街でもそんな扱いをされるなんて。
だから私はせめて学院内だけでもそんな風潮を打破しようと生徒会に入って『学院を変えてやる』って思ってたのに、日々の業務追われ、いつの間にかそんな野心も薄れていった。
そんなある時だった。その子が現れたのは。
最初は噂を聞いた程度だった。なんでもその子は異世界から来て、魔法も使えないのにこのファビーリャ女学院に転入してきたというとんでもな人物だというじゃないか。
けれど多少の興味はあったけど、私にとってはお姉ちゃんが最優先事項だったので頭の片隅に留めておく程度の存在だったのに…、
そのとんでもな子はなんとお姉ちゃんに接近し、勉強会を始めたというではないか。
心がざわめいた。
私のお姉ちゃんが、私にさえ心を閉ざしたあのお姉ちゃんが異世界の、しかも魔法も使えないどこぞの子と一緒勉強会をするなんて…。
純粋に興味が湧いた。
だから会ってみることにした。その子に。
「おーい先輩。先輩ってば。異世界の先輩!」
【!!!】
それが先輩との初めての出会いだった。
第一印象としてはなんとも『儚い』という印象だった。
別に病弱だとか線が細いとかではなく、とてもきれい人なのにまったく自信がなさげなところとか、同姓ならではのシンパシーというべきものなのか、波長みたいなものがまったく感じられなかったところとか。そういった意味で先輩からは儚さみたいなものがヒシヒシと感じられた。
もしかしたらその儚さにお姉ちゃんは気を許してしまったのかもしれない。
だから私は先輩のことを調べることにしたんだけど、先輩から感じた『儚さ』とは裏腹に先輩を取り巻く状況はどんどんと変化していって…。
クラスから除け者にされ、教室にさえ顔を出さずにいたあのお姉ちゃんを授業に復帰させてしまったというではないか。
正直…悔しかった。
私が出来ないことをいとも容易く成し遂げてしまった先輩に、そしてあんなに苦労してファビーリャ女学院に編入学して生徒会まで入って変えてやろうと意気込んだにも関わらず何も成し遂げられないまま『私の役割』をすべて奪い取っていった先輩に大いに嫉妬した。
でも、それ以上に………嬉しかった。
もう何年も見ることの出来なかったお姉ちゃんのあんな表情を見せられて…。
最初はお姉ちゃんに近づく怪しげな人物として警戒してただけの人物だったのに…。段々と私も先輩に興味が湧いって…。
――――――――――
そこでソニアちゃんの話しは一旦終わった。
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