第68話 デート(本気)


 天気良し! 

 服装良し! 

 コンディション良し!

  

【それじゃぁ、行ってきます。夕飯までには帰るつもりですけど、もし帰らなければ適当にあるものを食べててください】


 僕は未だベッドから出てこない塊に声をかけた。

 するとモゾモゾと蠢く毛布からまるで生まれたてのネズミのようにまだ目の開き切っていないシエナさんがちょこんと顔だけ出した。


「なぁ、チャタロウ。お前そんな顔で逢引に行くのか? 表情がまるで戦地に赴く新兵みたいに固いぞ」

【え? そんなですか?】

「あぁ、もうガッチガチだぞ」

 

 ある意味その例えもあながち間違いじゃないけど、彼女(仮?)とデートに行くのにそんな表情では相手を委縮させかねない。

 僕は両手で両頬をグニグニともみほぐした後、


【笑顔良し! それじゃぁ、行ってきます!】


 そう言って僕は強い意気込みを抱きつつ家を後にした。



――――――――――



 待ち合わせ場所はアビシュリの街の正門。

 時間はいつもの登校時間と同じ時間。


 いつもならルリィさんとアイちゃんとで和気あいあいと歩くこの通学路も今日にいたっては格闘家がリングに向って歩く際に通る花道を歩くような気分だ。(たぶん)

 だって今日は僕にとっての天王山だから。

 

 現状、おそらくは僕の性別のことを知っているであろうソニアちゃんをどう説得するかがカギになるわけで。僕がこのまま学院に通えるかそれとも辞めさせられるか、ひいては日本に帰るか帰れないか。すべては今日のデートにかかっているのだ。だからどうしたって口の中だって渇くし鼻息は荒くなる。


 僕の勝利条件は現状維持。

 今まで通り学院に通わせてもらって、ライサさんから僕が日本に帰れる分の闇のマナを分けてもらうまで学院にいさせてもらうこと。あわよくば妹さんであるソニアちゃんからライサさんに闇のマナを分けてもらうよう口添えなんてしてもらえれば、大、大、大勝利なんだけど…。(虫が良すぎるか)


 そして敗北条件はもちろん学院に通えなくなることだ。

 立場上どうしても僕のことを看過できないとかの理由で学院を追い出されれば僕の詰みだ。(まぁ普通に考えれば見逃してくれるなんて考えの方が甘いとは思うけどさ…)


【でもどうしてソニアちゃんは私のことを泳がしてくれるんだろう?】 

「先輩泳ぎたいんですか?」

【わぁぁ!! ソニアちゃんどうしてここに⁉】


 そして突如視界に現れたソニアちゃんの姿。


「どうしてって、ここが待ち合わせ場所じゃないですか?」


 よくよく見るといつの間にか僕は待ち合わせの場所であるアビシュリの正門の前まで来ていた。どうやら考え事に集中し過ぎて周りのことが見えていなかったようだ。


【お、おは、おはようソニアちゃん】

「おはようございます先輩。今日のデートは川で水泳でもするんですか? でもあいにく水着は今日持って来ていないんですよね。 あ! もしかして一緒に水着選びをするっていうコンセプトのデートなんですか?」


 制服姿のソニアちゃん。きっと前回のデートの時僕が制服で来たものだから気を使ってソニアちゃんも今日は制服で来てくれたのかもしれない。


【ちがーう! 今日はそんな予定組まれていません!】

「なーんだ。それはそれで楽しそうだったのに」


 そう言って不敵に微笑むソニアちゃん。

 その笑みからは僕がどういう水着を着るのか想像し、楽しんでいるような表情だ。(くっ、小悪魔め)


【今日は私が完璧にスケジュール調整した完璧なデートコースだから期待しててね】

「なるほど。つまり『完璧完璧』なデートコースを私のために考えてくれたと、楽しみです」

【ならさっそくついて来てソニアちゃん】


 そう言って僕は勇み足気味にソニアちゃんを先導しようと歩き出すと、


「先輩。手繋いで行きませんか? その、私たち付き合ってるわけですし、今日はその…デートですし」


 普段どちらかというと飄々としていることの多いソニアちゃんだが、こうして僕に手を差し出しながら頬を染めている姿を見ているとこちらもいつも以上にドキドキして顔が熱くなってしまった。(経験値が、こういう時に冷静でいられるだけの経験値が僕には足りなすぎる…)


【う、うん。繋いで、いこっか】

「やった」


 そう言いて嬉しそうに手を繋ぐソニアちゃんに対して僕はというと身もだえたい気持ちと握りしめた手の汗が過多にならないよう抑えるのに必死だった。



――――――――――



【ここだよ!】


 まず訪れたのが前々から気になっていたガラス工房だった。

 そこはアビシュリのメイン通りから少し離れた職人街と呼ばれるエリアの中にあり、お客自らが職人さんの手解きのもとで様々なアクセサリー類やコップなどの日常品まで手作りできる工房…らしい。


「ここって…」

【生徒会のソニアちゃんなら知ってるかも知れないけど、少し前にこの工房のこと学院で話してる人がいてさ、一度来てみたいなって思ってたんだ】

「あー、知ってます知ってます! 世界で一つだけのオリジナルアクセサリーが作れるっていう工房ですよね? 私も興味ありました」

【そうなの? それは良かった!】


 よし! 掴みはバッチリ!

 この世界アテラには映画館もなければゲームセンターもないし、本屋とかはあるけど僕が行ってもまだまだ読めない言葉だらけで全然楽しめない。だからこういった体験型の工房ならお互いに楽しめるって算段なのだ。(さすが僕!)


「でも先輩…」

【ん?】

「今日ここ臨時休業みたいですよ」

【え? うそ⁉】


 言われて見れば工房の中は活気がないし、入り口の扉にはアテラ語で書かれた木札がぶら下がっている。(読めないけど、おそらく意味していることはなんとなくわかった)


 結局、通りすがりの地元民らしきトカゲの獣人さんリザードマンさんに話を聞いたところ店主がケガをしたらしく、しばらく臨時休業していることがわかった。


「どうするんですか先輩?」


 不安そうに綺麗な顔をのぞき込ませるソニアちゃんに対して心配をかけまいと僕はあくまで頼れるホストとして平然を装い言った。


【…だ、大丈夫! 次行くところもちゃんとあるから予定を前倒すだけだよ】

「さっすが先輩! じゃぁ、さっそく行きまし……ん?」


 そして不意に僕の後方を気にするソニアちゃん。


【どうかしたのソニアちゃん?】


 僕もつられて振り返り後ろを振り向くがそこには普通に閑散としたアビシュリの街の風景があるだけだった。


「……なんでもありません。さ、次行きましょう」

【???】


 ソニアちゃんの表情の機微きびを感じるもソニアちゃんが僕の背中を押してくるものだから、その真意を確かめることが出来ないまま次なる目的地を目指すこととなった。



――――――――――



【まかさ……ここでも⁉】

「なんでも昨日ここに泥棒が入ったそうですよ。展示品を何点か持って行かれたとかで今、アビシュリの警備隊の人たちが現場検証しているそうです」

【……タイミング悪ぅ】


 次に来たのは絵画のギャラリーだった。

 この日を迎えるにあたって事前にエスティさんに【何かおもしろい作品展とかないかな?】と相談した結果このギャラリーを紹介されたのだが、まさか臨時休業とは…。


「どうします先輩? なんなら私がお金出しますからこの街のカジノとか行ってみますか?」


 それはそれで面白そうだけど…、


【ダメだよソニアちゃん。そんな歳でギャンブルなんて覚えたら! お金はもっと有意義に使わないと】


 そう。日本にいた時の友人たちがソーシャルゲームでガチャがどうのと言って結構な金額をつぎ込み、頭を抱える姿を僕はよく目にしていた。

 そんな姿を見ては『自分はスマホを持っていなくて良かった』と何度も言い聞かせたもんだ。(負け惜しみ)


「ならこのあとどうするんですか?」

【…だ、大丈夫! 次行くところもちゃんとあるから予定を前倒すだけだって!】


 あれ? これさっきも同じこと言ってなかったっけ?


「そうですね。気を取り直して次行きま…ん?」


 そしてまたも先程同様に僕らの後方を気にするソニアちゃん。


【どうかしたのソニアちゃん?】


 僕も振り返り確認するもやはり変わったところはない。


「…なんでもありません。行きましょう」

【???】



――――――――――



「申し訳ございません。本日は急遽団体様が来店することになり席がご用意できません」


 ……ば、バカな。今日はそういう日なのか⁉ (予約入れなかった僕も悪いけどさ)


 街外れにあるレストラン『野良ネコ亭』。

 先日もソニアちゃんの最初のデートに日につれていってもらったあのレストランほど高級な店構えではないにしても、ここもオシャレな内装と美味しい料理、そして親切な接客で人気のあるお店だとセレーナさんからあらかじめ聞いてここに来たのだが……イケメン店員に門前払いされてしまった。


「仕方がないですよ。別のところを探しましょう」


 そうソニアちゃんに諭され、野良ネコ亭を立ち去ろうとしたのだが、


「おや、あなたは…」


 声をかけてきたのは一人のおばあちゃんだった。


【あ、ニコライさんお元気でしたか?】

「えぇ、おかげさまで。チャコちゃんは…今日はデートかしら?」


 そう言うと彼女は僕らの繋がれた手元を眺めてからその年輪を重ねたがゆえに出せる穏やかで温かい笑顔を惜しげもなく披露してくれた。


「あの先輩、こちらのご婦人は?」

【あぁ、紹介するね。こちらニコライさん。以前酒屋の場所を道案内したのをきっかけに何度か街中でお会いするようになって、それからのお付き合いなんだ】{第35話参照}

「はじめまして。あなたもチャコさんに負けず劣らずの可憐な少女レディね」

「ありがとうございます」


 そういうとソニアちゃんは僕の手を離れいつぞやか見せたカーテシーの姿勢をとる。その姿はさすが良家のお嬢様と言わんばかりに様になっていて気品に満ち満ちていた。


【ところでニコライさん今日はこのお店に用があるんですか? でも残念ですけどこのお店、今はもう満員で入れないみたいですよ】

「おやおやそれは。もしかしてチャコさんたちもここ目当てで来たんですか?」

【はい。でも諦めて別のところを探そうとしてまして…】


 するとニコライさんは「ならちょっと待っててね」と言い残し、『野良ネコ亭』へと入って行ってしまった。


【???】

「???」


 そしてしばらくして店からニコライさんが出てきたかと思ったら、


「店内は厳しいみたいだけど中庭なら開いてる席があるからそこで良ければ簡単なものなら出せるそうだよ」


 困惑する僕ら。


 聞けばなんとニコライさん、この『野良ネコ亭』のオーナー様兼元料理長様とのこと。なので多少の融通は通すことが出来てしまうそうだ。


「さぁ、ようこそ我が野良ネコ亭へ」


 僕らはニコライさんのご厚意に甘えはからずも『野良ネコ亭』にお邪魔することが出来た。



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