第67話 しゅ…修羅場だ


 あれから数日

 どうしてソニアちゃんが僕なんかと「付き合ってる」なんて言ったのか未だ理由が分からないままソニアちゃんの恋人(仮?)をしている。



「はい、先輩。今日のお弁当はお肉増し増しのスタミナ弁当ですよ~」


 うぅ。今日も男子が好みそうな男弁当…。これは本格的に性別バレしている可能性が…。


【…あ、ありがとうねソニアちゃん】


 昼休み

 普段ならいつもルリィさんたちと裏庭のベンチで昼食をとるのが僕らのルーティンだったのだが、ソニアちゃんと付き合いだしてからは学生が多く集まる学食で食べるようになった。理由は特にない。成り行きでそうなった感じだ。


「いえいえ、お気になさらず。誰かとお付き合いしたらこういうことしたいってずっと思っていましたので先輩のおかげで夢が叶いましたよ」


 ごめんね。そんな大事な夢の相手がこんな女装男子で…。


「はい、これは私からですチャコさん。たんと召し上がってください、ね」

【…あ、ありがとうねルリィさん。いつもいつも】


 そして僕の右隣に座るソニアちゃんと反対側の僕の左隣のルリィさんから馴染みのあるお弁当箱が差し出される。


「今日は夕べ捕った角ウサギトッドをメインに森の採れたキノコや山菜を使った森の恵み弁当ですよチャコさん」


 普段温厚なルリィさんからただならぬ雰囲気がヒシヒシと伝わってくる。それは差し出されたお弁当のメニューを見ても感じられるほどで、普段本人があまり好みでないという理由でなかなかお弁当に入らないお肉料理が見るからにてんこ盛りに入れられているあたり、相当に常軌を逸していることが窺える。(ほんと、お手数おかけして申し訳ないです)


「ちょっとルリィ先輩、先輩の彼女は私なんですからルリィ先輩はお弁当持ってこなくていいって言ったじゃないですか」

「私はあの『彗星の一団クワトルステラ』の一員である英雄のシエナ様から直々にチャコさんのお世話をするように言い使ったんです。ですのでこればかりは辞められません」


 しゅ…修羅場だ。


「そういうことならそれでもいいですけど、でもそれなら朝のうちにお弁当渡すだけでいいじゃないですか? なんでわざわざ恋人同士仲睦まじくお昼を食べようとしているのに一緒にお昼食べるんですか⁉」

「チャコさんのために作った完璧な栄養バランスのお弁当を誰かさんに食べられてしまうかもしれませんからね。ですのでここで見張っているんです」

「しませんよ! ていうより『完璧』って、ルリィ先輩のお弁当肉多くないですか⁉」

「どうかしらね。あなたはあの陰気な生徒会の一人、全然まったくこれっぽっちも信用できませんわ」

「生徒会は関係ないでしょ! っていうかなんでエスティちゃんまでいるんですか⁉」

「『エスティちゃん』言うな!」


 そしてルリィさんの隣にはなぜだかエスティさんの姿も…っていうか僕らの周りには僕を取り囲むようにいつものメンバーが勢ぞろいで昼食を食べている。そして驚くことにその中にはソニアちゃんと付き合いだしてからまともに口を利いていないライサさんの姿までもある。


「いいじゃないですかご飯はみんなで食べた方がおいしいですし」


 そう言って僕の正面に座るセレーナさんの笑顔のまぁ怖いこと。

 唯一、アイちゃんだけが変わらず満足そうに黙々とルリィさんの用意したお弁当を美味しそうに食べる姿だけが僕のこころのオアシスなわけで…。


【じゃ、じゃぁ、いただきましょうか】


 それがモテ経験のない僕にできる精一杯の言葉だった。


 こんな感じで僕がソニアちゃんとお付き合いをするようになって以降、僕の学院での時間は授業、休み時間問わず常に針のむしろのフィーバータイムが続いている。


―――――――――― 


 なんとかこの日もランチタイムを無事切り抜け、お昼休み開けの『実習』の授業に備えて僕はいち早く実習着を持っていつも通り人気の少ないトイレで着替えを済まそうと着替えを持って教室を出たところでソニアちゃんに捕まった。


「あ、いたいた先輩!」

【どうしたのソニアちゃん私に何か用?】

「先輩、次『実習』ですよね?」

【うん。そうだけど…よく知ってるね?】

「恋人なら相手の授業割くらい把握して当然ですよ先輩」


 ソニアちゃんと付き合いだしてもう数日経過しているというのに未だにこんな可愛らしい子から面と向かって『恋人』なんてワードが言われると胸がキュッとして身悶えそうになる。


【そ、そういうものかな?】

「そういうものですよ先輩。なので先輩ちょっと私について来てください」

【つ、ついて行くってどこに?】

「いいからいいから」


 言われるがままに休み時間で賑わう廊下を突っ切りはソニアちゃんの後について行くとそこ以前呼び出された生徒会室にたどりついた。

 ソニアちゃんは手慣れた感じで生徒会室の扉の鍵を開けて「どうぞ、入ってください」と誘われた。


【お邪魔しまーす】


 僕が入室するのを確認するや後ろ手で扉を閉めると、


「先輩、人に肌をあまり晒したくないからいつもトイレで着替えるんですよね? だったら生徒会室ここ使ってください」


 おそらくその理由を察しているであろうソニアちゃんではあったが、不快や警戒といった感情をおくびにも出さずに笑顔で応対してくれる彼女の気遣いが僕に底知れない恐怖を与えてくる。


「ここなら広いですし内側から鍵もかけられて安全ですよ。大丈夫です、のぞき穴なんてありませんし、向かいに高い建物とかありませんから窓から見られる心配はありません。はい、これここの鍵です。授業が終わったら私の所に返しに来てくれればいいですから。あっ、それじゃごゆっくり」


 まくし立てるようにしゃべったあと、生徒会室の鍵を僕に渡し、そそくさと退室しようとするソニアちゃんを僕は慌てて止めた。


【待ってソニアちゃん】

「はい?」


 原点回帰。

 僕は初デート(仮)の時に聞いた疑問を改めてソニアちゃんにぶつけてみることにした。


【どうしてここまでしてくれるの?】


 この質問をするのはとても怖かった。

 「だって先輩、男だってバレたらマズいでしょ?」ってストレートに返答される可能性も十分にあり得たから。でもそれ以上に今のこの異様な関係を根源を知りたいという思いが勝り、僕はこの質問をすることを決意した。


「そりゃ先輩は私の恋人ですから」


 でもそんな僕に決意の質問はものの見事にはぐらかされてしまった。


 もう僕の正体(性別)なんて頭の良いソニアちゃんにはバレバレなんだろうけど、決して僕に引導渡さないソニアちゃんの行動が返って僕の中の恐怖心をどんどんと大きくしていく。

 

 ならもうここは思い切って進むしかない…。

 たとえ僕の学院生活がここで終了となろうとも。(やけっぱち)


【ならどうして私と恋人関係になろうって思ったの?】

「なら先輩はどうして魔力もないのにこの学院に入学してきたんですか? どうしてお姉ちゃんに付きまとうんですか?」


 間髪入れずに返ってきた質問返し。

 その表情はまるで『モナ・リザ』のような見る人によって表情が違って見えるような無表情とも真顔とも怒っているともとれるような顔つきでじっとこちらを見つめていた。


【それは…】


 その理由は一言で済ますことが出来る。

 『あなたのお姉さんからマナを分けてもらわないと僕が元の世界に帰れないから』


 ただその事実を親族、しかも妹さんに伝えるのは勇気がいる。(しかもライサさん本人にすら伝えていないのに…) 

 

「私、先輩のこと分からないことだらけです。だからそれが理由なのかもしれません」


 それが僕と付き合おうと思ったわけ。

 でもそういうきっかけで誰かとお付き合おうとするのって本当にあるのだろうか? 僕は今まで誰かとお付き合いしたことないからよくわからないけど、もしかしたら恋愛上級者はそういう些細なきっかけでも誰かとお付き合いをすることもあるのかもしれない。


【私もソニアちゃんのことわからないことだらけだよ】

「フフ、おかしいですね恋人同士なのに」


 それは初めて見せるソニアちゃんの自然な笑顔だった気がした。

 天真爛漫に見えて実はまったくつかみどころがなく、何か使命感のようなもので動いているソニアちゃんが見せたたった一瞬の本当の笑顔。その笑顔を見た時僕ははじめてソニアちゃんが年相応の女の子に見えた。


「というわけなので」

【え?】


 と思ったの束の間。

 このフレーズの切り出し方は以前のデート(仮)の際に「股を触らせろ」のくだりで使われた時のものとまったく同じものだ。なので内心ガチガチに身構えながらも次に発せられるソニアちゃんの言葉に備えてしまった。


「デートしましょう?」

【………で、デート?】

「そーです。デートしましょう先輩?」


 飛び出たソニア砲は僕が思っていたものよりも遥かに殺傷能力のないものだった。


「私たち正式にお付き合いしてからまだ一度もおデートしてないじゃないですか?」


 正式なのかな? 半ば強制的に恋人にしたてあげられた気が否めないんですが…。


【でもこの間デートしたじゃない?】

「先輩それ本気で言ってるんですか? この間のは友達同士のお遊びみたいなものだったじゃないですか! でも今回は私たちれっきとした恋人同士なんですからね? 全然別物ですよ? それにお互い積もる話もたくさんあるでしょうし」

【………】


 妖艶な眼差し。

 それはもしその眼差しがソニアちゃん特有のものでなく、女性なら皆誰しもが使えるテクニックだとしたならば、僕は一生女の人には勝てないと断言できる。それほど強力なパワーを秘めていた。


【…わかった。じゃぁ今度の休日にデートしよう。前回はソニアちゃんにリードしてもらったから今回は私がソニアちゃんをエスコートするね】

「フフフ、楽しみです」


 一体ソニアちゃんがどこまで本気で、何を抱えているのかまったく推し量れないけど、僕もそれなりの覚悟を持って今度の休日を迎える必要がありそうだ。



 なんてことしている間に次の授業のチャイムが鳴り、僕は案の定『実習』の授業を遅刻し、先生から罰として『グランドプラス3周の刑』に処されてしまった。

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