第66話 お付き合いすることになりました



 『かわいい後輩から慕われる』なんて男子が憧れる最たるシチュエーションのひとつだと思うし、先輩冥利に尽きることだとも思う。


 かく言う僕もそんなシチュエーションに片足がどっぷりと浸かっているような状態ではあるけれど、それは決して男子が憧れる垂涎すいぜんの的というものでは決してない。

 

 だって僕は性別を偽りおまけに女学院にまで潜入しているのだからそう易々と人に接近してはいけないし、親しくなりすぎるのも良くない。まして付き合うなんてもってのほかだと思う。

 でも…、


「せ~んぱい。おはようございまーす」


 ホームルームが始まる前の仲の良いメンバーでの団欒の時間。

 そこへ後輩ギャングのソニアちゃんが現れた。


「ちょっと、もうじきホームルームが始まるのだから自分の教室に戻りなさい」

「もうエスティ先輩、朝からピリピリし過ぎですよ。そんなんじゃアルバート家の名が廃っちゃいますよ」

「大きなお世話ですわ! それに私のことを軽々しく『エスティ』なんて呼ばないでくださらない。その呼び名が親しい友人にしか許可していませんの」

「えー、だって前回は『エスティアーナ嬢先輩』って呼んだらその呼び方はやめろって注意されましたよ」

「『嬢』が余計なんですの『嬢』が! とにかくそれらの呼び方もやめなさい」

「はーい。了解しましたよ『エスティちゃん』」

「ちょっ…あなた!」


 あのクラスカースト最上位のエスティさんにあそこまでぐいぐい物申せるのってすごいな、なんて関心をしつつも、さも平然と僕のもとにやってくるソニアちゃんに僕は恐怖を感じていた。 


「どうしたんですか先輩、怖い顔しちゃって」


 だってソニアちゃんはもう十中八九僕の秘密を知ってしまっている気がする。そんな人物に恐怖を感じるのは至極当然のことである。


【う、ううん何でもないよ】

「ふ~ん。そうですか…。あ!そうだ先輩。今日のお昼ご一緒しませんか? 私、先輩のためにお弁当を作ってきたんです」

【お弁当? ソニアちゃんが?】

「はい。『にお弁当を作ってお昼を一緒に食べる』一度やってみたかったんですよ、そういうの」


 あぁ…そのワードここで口にしたら…


「恋人⁉ それは一体どういうことですの⁉」


 事情を知るライサさんと今朝事情を説明したルリィさんとアイちゃんは耐性が出来ていてくれたみたいだけど(ただ朝その話した時のルリィさんの表情は見るからにショックを受けてたな。アイちゃんは「ふ〜ん」くらいのリアクションだったけど)、何の前情報もないエスティさんとセレーナさんは動揺しまくりだった。


 きっかけは昨日の広場でのことだ。



――――――――――


【お姉ちゃん⁉ でも確かソニアちゃんは…】


 確かソニアちゃんはお姉さんは遠いところに行ってしまったと言っていた。

 でも実際はいつも顔を合わすことの出来る同じ学び舎で過ごしていて、なんならいつもで顔を合わすことだってできるのに……あれは一体何だったんだろうか?


 ソニアちゃんお得意の悪ふざけだったのだろうか? 

 でもそれにしてはあの時打ち明けてくれた際のソニアちゃんの表情はいつになく真剣な表情をしていた気がする。


「そーでーす! 私たちは姉妹でーす!」


 僕は改めてソニアちゃんとライサさんを見比べてみたものの、未だに二人が姉妹であることに納得しきれないでいた。性格だってだいぶ違うし、何より…


【でも二人とも全然髪の色が違うから…】


 ライサさんは僕と同じ漆器のような真っ黒い髪色で、対するソニアちゃんは光輝く亜麻色の髪色。こうしてじっくり見比べてみたってまさか二人が姉妹だとすぐに見破れる人はそうそういないだろう。


「チャコあなたね…」


 そうため息混じりに嘆かれて初めて僕はライサさんは特別な事情を抱えていることを思い出した。


 そうか。ライサさんは魔王の負の遺産スピランタになった影響で髪の色が黒へと変化したんだった。


 するとライサさんはものすごい剣幕でソニアちゃんのことを睨みつける。


「ソニア、私、編入して来た際に言ったよね⁉ ここでは私に関わるなって!」

「だから関わっていないじゃん。私はただチャコ先輩と仲良くしてるんだから。ねぇー先輩?」


 いや、こんなドンパチやってる時に話振られてもどう返事していいかわからないからそっとしておいてよぉ。


「チャコも! これはランフォード家うちの問題なんだから部外者は関わらないで!」


 どうやらライサさんの反応見る限りふたりは本当に姉妹であることは間違いないらしく、二人の間には『家族』ゆえの複雑な事情があるらしい。

 だったら僕は速やかに身を引くのが筋というものだが…、 


「あーあ、ひどいんだ。お姉ちゃんのことをずっと気にかけてくれた人にそんな言い方するなんて」

「黙りなさいソニア! ファビーリャ女学院ここでの私たちのこと何も知らないで知ったような口を利かないで!」

「知ってるよ。私生徒会だもん。お姉ちゃんと先輩が学院でどんな風に過ごしてきたのかも、先輩がどんな人なのかも知ってる」


 そんな風に堂々と含みのあるフレーズを豪語されてしまうと僕の正体がソニアちゃんにはバレているのかもと思えてしまう。


「チャコと何のつながりもないあなたにチャコの何を知ってるって言うのよ?」


 どうかソニアちゃん、たとえ僕の秘密がバレてたとしてもどうかどうかそのことをライサさんには黙っていて(渇望)


「あるよ。つながり。だって私たち付き合ってるんだもん」


 僕の手を強く握るソニアさんからは「いいか話を合わせろよ? でないとお前の秘密ばらすからな」という意思がヒシヒシと伝わってくる。


「は⁉」


 それは僕にとってもそうだったが、ライサさんにとっても青天の霹靂だったようだ。


「あなたたちいつからそんな関係になったのよ⁉」

「今日から」

「じょ、女性同士でそんな…」

「別にいいでしょ、恋愛の価値観なんて人それぞれなんだから。それこそお姉ちゃんにとやかく言われたくない」

「本当なのチャコ?」


 困ったような焦っているような表情で僕に真意を求めるライサさん。


【…はい】


 そして僕はまな板の鯉状態なので例え事実と異なることでもそう答えざるを得なかった。


「私に近づいてきたのもソニアとの話題作りを増やすためだったっていうの?」

【それは違う! 私は…】


 いや、違わないんだ…。だって僕がライサさんに近づいた理由はもっと利己的で自分勝手な理由だから…。

 そう思ってしまうと僕の発するはずの言葉はとても空虚に思えてしまいそれ以上言葉を紡ぐことができなかった。


「そう…わかった」


 僕の目をじっと見つめながらしばらく無言の時間が流れた後、そうつぶやきながら広場をあとにするライサさんの姿はまるで初めて僕と女子トイレで出会った時のようなどこか他人行儀でたどたどしい雰囲気に逆戻りしてしまったような気がして、こころが苦しかった。



――――――――――


 そして今日、変に誤解させてしまっているライサさんに何の弁解も出来ていないうちにこうしてソニアちゃんは僕の教室に訪れてしまったわけなのだが、当のライサさんはいつにも増して誰とも関わりたくないオーラを全開にしながら黙々と自分の席で読書に興じている。


「ちょっとあなた! ちゃんと答えなさい!」


 エスティさんのものすごい剣幕の問いかけにさすがのソニアちゃんも表情強張らせている。その光景はさながら取調室の刑事と容疑者のようだ。


「え〜、ちゃんと答えるも何も私と先輩がただお付き合いし始めたってだけの話しですよぉ? ね、先輩?」


 僕の正体を知られてしまっているかもしれない(希望的観測)ソニアちゃんに協力しなければ僕の学院での生活も危ういわけで。


【あーそのー、付き合っているような付き合ってないような…】

「付き合ってるでしょ先輩。昨日から」


 あ、圧が、見えない圧がすごいです。(それはエスティをはじめ、ルリィさんたちからもなんだけど…)


【…はい】


 もうどうとでもなってしまえの精神だった。


「チャコ! あなた私というものがありながらポッと出の女と付き合うとはどういうことですの⁉」

「そうだよチャコさん! 私たちあんなにいい感じで関係を築けていたのにそんなのってあんまりだよ!」

【えぇ! それってどういう意味⁉】


 そんな言い方されると僕が浮気性のあるダメな奴みたいな感じになっちゃうんですけど!


 って、そもそも二人とも女性同士での恋仲に対しての嫌悪感はないんですね? 

 昨日ライサさんは僕らが付き合っていると聞いて『女性同士で』と言っていたけど実はエスティさんやセレーナさんのようにこの世界では同性同士の恋愛は結構寛容な考え方が普及しているのかもしれない。


 エスティさんとセレーナさんのものすごい気迫と、ものすごい目力の籠った眼差しに見つめられた僕はさながら『蛇に睨まれた蛙』状態で、助けを求めるようにライサさんやルリィさんの方を向いたのだが、もちろんライサさんはこちらを一切向くことなく読書中だし、ルリィさんに至っては今にも泣きそうな表情を浮かべていて助けは期待できなかった。(おぉ神よ)


 そんな時、


「ほーい! ホームルーム始めるぞ! 他のクラスの奴は教室戻れー!」


 タイミングよく教室に入ってきたのは担任のパルナ先生で、ここで僕らの談話は強制終了となり、解散となった。(ありがとうパルナ先生。あなたは神だ!)


 けれどそれ以降僕は針のむしろに座らされているような感覚にさいなまれながら今日一日の授業を受け続ける羽目になってしまった。(自業自得)

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