第65話 ソニアちゃんの場合!? (下)


 上機嫌な店主にお見送りされて店を出る頃には空がほんのりオレンジ色に染まりかかっていた。

 そろそろ『帰宅』なんて言葉が頭をよぎる頃合いだ。でもこのデート(仮)が終わってしまう前に僕はどうしてもソニアちゃんに聞きたいことがあった。


【ソニアちゃん】

「はい。なんでしょうか?」

【ダガーありがとうね。大切に使わせてもらうよ】

「そうですよ~。先輩ただでさえ魔法が使えないんですからダガーくらい持ってないと身を守れないですよぉ」


 向けられた素朴な笑顔に対して僕は笑顔で返すことが出来なかった。


【それでねソニアちゃん】

「はい?」

【どうしてそこまで私にしてくれるの?】


 それは僕が今日ずっと抱いていた疑問だった。


 だってどう考えてもおかしい。同じクラスでもない、出会って間もない同級生にここまで施してくれるなんて…。

 しかも今日は罪滅ぼしのデート(仮)という名目なのに支払いはすべてソニアちゃんがしてくれている。こんなの変に勘ぐってしまうのは当然のことだ。


「う~ん、そうですね~」


 そんな僕の問いかけに歩んでいた足を止め、子犬のように人懐っこさがにじみ出ていたはずのソニアちゃんが今は妖艶めいた表情に変わり、纏わりつくような視線を僕に向けられた。


「知りたいですか?」


 僕はその雰囲気に気圧され一瞬返事をするのに躊躇してしまったが、僕は臆せず頷いた。


「…ならちょっとついて来てください」


 そう言われて手招きするソニアちゃんについて行くと案内されたのは武器屋から5分ほど離れたところにあった小さな広場だった。


【ここって?】

「フツーの広場ですよ。特に深い意味はありません。以前近くを通った際にここを見つけて、人があまり集まらそうな静かな雰囲気の場所だったのでちょうどいいから来ようと思っただけです」

 

 ってことはあまり人に聞かれたくないことをこれから話すってことなのかもしれない。そう考えると自然と警戒心と緊張感が高まっていく。


「で、なんで私が『そこまで先輩を気にかけているか?』って話ですよね?」

【う、うん。そういうことなんだけど…】

「理由は色々とあるんですけど、一番は……」


 そこまで言うと今日一日中見せてくれていた楽しげな表情とはまるで違う、それどころか今まで一度だって見たことのないような疑いのこもった冷たい視線が注がれた。


「先輩。…あなた本当に女性ですか?」

【!!!】


 心臓を鷲掴みにされたようなグッとこみ上げてくる緊張感と全身の毛穴から蒸気のごとく熱が噴き出し、僕は一瞬でパニック状態へと陥った。


【な、な、なにを言ってるのさソニアちゃん…わ、わたしは女だよ】


 咄嗟につくろった反論の文言に一体どれほどの効果があるのだろうかと思えるほどソニアちゃんはまったく真に受けてくれる様子が感じられなかった。


「最初におかしいなと思ったのは生徒会で報告を受けた時です。先輩が男装をして闇オークションに参加したと聞きました」

【……】

「先輩が誰かに頼まれたにせよ自主的に参加したにせよどうしてあの闇オークションに参加するのに『男装』する意味があったのかと考えました。あの闇オークションは参加者全員ローブで体を覆い、身元がバレないようにする人がほとんどだそうです。なのになんでわざわざ先輩は男装する必要があったんでしょうか?」

【それは身元がバレないようにしっかりと変装しようと思っただけで…】

「はい。だから普段の私はならそこまで気にならなかったと思います。ただ聞いた話によると先輩は実習の授業がある度に更衣室で着替えずにトイレで実習着に着替えているそうじゃないですか?」

【……それは私が人に肌を見せるのが苦手なだけで…】

「なら今日のことはどうですか? 今日のデートの時、先輩女性ものの服とか雑貨、スイーツなど女の子なら何かしら好反応を示すようなところもすべて素っ気ない反応ばかりでした。にも関わらず武器屋での反応の良さはまるで少年のようでしたよ」


 まるでサスペンスドラマのように犯人を外堀から埋めて追い詰めていく作戦のようだ。


【そ、それは人それぞれ趣味や嗜好というものがあるのだから必ずしも女の子が服好きかというとそうではないと思うよ】

「ま、それに関しては同意してあげます。ただ何より私が先輩のことを女性だと疑いを強めたのが先輩がガルーミダの森から帰還して入院をした際に看病した看護師の証言です。なんでもその看護師はケガをした先輩の肩を見て明らかに女性のものとは筋肉の付き方が違うと報告を受けました」

 

 まさか僕が入院していた病院とも繋がりのあるとは…。恐るべし生徒会。


「けれどこれらはあくまで憶測に過ぎず、『先輩が男性である』という確固たる根拠なんてものはひとつもありません」

【私は女です】


 けれど反論のために出した言葉は自分でも自覚できるくらいに小さく、ソニアちゃんに増々疑いを深めてしまった気がした。


「はい。私もそう信じています。まさか男性が女学院に潜入していたなんてこと生徒会が看過できるわけありませんからね」


 夕暮れに染まる広場。位置的にソニアちゃんは夕日に背を向けているせいで顔全体が逆光となり一体どういう表情で僕のことを見ているのかわからないけれど、その淡々と放たれる言葉に僕は後ずさりしたくなったが、それをグッと堪えた。

 

「なので確かめさせてください」

【た、確かめるって何を?】

「お股です」


 まさかソニアちゃんからそんな卑猥な単語が出てくるとは思わなかった。

 けれど彼女の声のトーンなどで彼女が冗談でそんな単語を言っているのではないことはすぐに察することができた。


【だ、ダメ! 絶対!】


 僕は断固として拒否するも彼女は一歩、また一歩と僕に近づいてくる。

 さすがにそれに対しては後ずさりしまいと思っていた僕の心も簡単に改心した。


 ソニアちゃんがどんどんと僕に近づいてくるものだから僕も足を後退させようと思ったのだが、僕のかかとに何かが当たる感触がして後ろを振り向くとそこには今までなかった土の壁が僕の背後にそびえ立っていた。(これってライサさんがアラクネの針を防いでた時に使ってた…⁉)


【!!!】


 どうやら僕が気づかないうちに地の魔法で逃走ルート塞いでしまったようだ。(ということはソニアちゃんは『地』の属性ってことなのかな?)

 そして僕の間合いに入ってきたソニアちゃんの手は確実に僕のアソコへと近づいてくる。


「どうしてですか先輩? 別に良いじゃないですか女の子同士なら。なんなら私のも触って良いですから確かめさせてくださいよ先輩」


 僕が思い描いていた天真爛漫な後輩は実は正義感溢れる策略家かもしくは痴女だったのかもしれない⁉


【そういう問題じゃ…ほら、私たちは誉れ高きファビーリャ女学院の生徒なんだからそういう悪ふざけはやめよう】

「ふざけてないですよ私。それに誉れ高いって言ってもけっこうそういう関係の子たちうちの学院にもいるんですよ、先輩」


 さすが女性の花園。

 風の噂では聞いたことはあったけど、噂は本当だったんですね…。


「というわけなので」

【何が『というわけ』なの⁉】

「スリスリさせてください」


 そして奇怪に蠢くソニアちゃんの手の指僕の下半身へと伸びてくる。

 

 ど、どうしよう…! ソニアちゃんはどうやら本気で僕の性別を探るつもりだ!

 かくなる上はこのままソニアちゃんと突き飛ばして逃げるか? でもそれだとソニアちゃんにケガを負わせかねないし、そもそも逃げ出したところで魔法ですぐに捕まっちゃう未来しか見えない!


 だったらもういっその事オリオリちゃんの時みたく事情を打ち明けてみては? いや、それもダメだ。ソニアちゃんはファビーリャ女学院の生徒会役員。そんなソニアちゃんがこんな不審者を学院にのさぼらせてくれるはずがない! どうする?どうするチャタロウ⁉


 そんな脳内押し問答をしている間もソニアちゃんの手はどんどんと近づいてくる。

 結局良い打開策が浮かばないまま時だけが過ぎていき、僕は観念して自白をしようとした時だった。


「(先輩…)」


 ソニアちゃんが伸ばしてきた手がすんでのところで止まり、代わりに自らの体を僕にグッと密着させソニアちゃんは僕の耳に向かって艶めかしい声で囁いてきた。


「(私は他の誰に嫌われようとも先輩にだけは嫌われたないです。だから先輩に嫌われるようなこと、私はしたくありません。ですのでどうか、正直に話していただけませんか? 私先輩の力になりたいです)」


 それは『天使の導き』とも『悪魔の誘い』とも取れる提案だった。


 本音を言えばさっさと真実を話して楽になりたいというのは気持ちでいっぱいだ。

 ただ僕一人の判断で今真実を話してしまうのは今まで一緒に嘘をつき続けてきたルリィさんに申し訳が立たず、簡単には口にできなかった。


 でも真実を伝えない上、更に正体がバレたあげく、学院を追放なんてことになれば、僕のために尽くしてくれた皆さんに申し訳が立たず本末転倒になってしまう。


 なら一体僕はどうしたらいいというのだろうか…。

 ソニアちゃんは『力になりたい』と言ってくれている。その言葉を信じてしまっていいのだろうか? 


 僕としては信じてもいいと思う。こんな突然に雰囲気が豹変したソニアちゃんではあるけれど、付き合いとしてはだいぶ短く彼女のことを何一つ知らなくはあるけれども、それでもソニアちゃんは信頼に足る人物であると思っている。 

 ただやっぱり信じるとなるとどうしても最初と同じ疑問が頭に浮かぶ。


 『【どうしてそこまで私にしてくれるの?】』と。


 すると、そこへ…、


   「あなた達、そこで何してんの!!!」


 聞き覚えのある声に僕とソニアちゃんは一斉に声のする方に振り向くと、ソニアちゃんの背中越しに夕日を背負い、険しい顔でこちらを睨みつけているライサさんの姿があった。(しかも普段見ることのない私服姿の)


 普段学院でしか見ることのないライサさんを見たことに際してつい『なぜここに?』という衝撃を受けてしまったが、その衝撃に被せるように更なる衝撃発言がソニアちゃんから放たれた。


「あーら『お姉ちゃん』久しぶりだね」 

【お姉ちゃん!?】

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